ホットスナック

藍色

第1話

「かったるい」


慢性的な気だるさと朝独特の頭の重さに襲われながら私は起き上がった。


仕方なく開けたカーテンから差し込む能天気な陽に多少の苛立ちを覚える。


朝食のシリアルを食べながら、いつも通り馬鹿みたいに溜まったLINEに返信をする。


『結と付き合ってると俺ばっかり好きな感じがする』

今付き合っている彼氏からのLINEだった。


『その通りだよ。別れよう』

私は無表情でそう返信し、彼をブロックリストに追加した。


最近束縛が激しくなった好きでもない男とおさらばできたと思うと、少しだけ気持ちが晴れやかになる。


「何で毎回好きな気持ちが持続しないんだろう」


口の中でザクザクと噛まれるシリアルは乾いたまま食道へと流し込まれていった。


過去の恋愛において、終わりを告げるのは決まって私の方だった。

一時的に盛りその気持ちは毎回一時的なもので終わる。

悲しい別れは今まで味わったことが無い。どの別れも熱を帯びていないのだ。


23歳にしてコンビニのフリーター。

特にやりたいことも見つからない私は、ダラダラとアルバイト生活を続けていた。


シリアルを食べ終わった皿を片付け、簡単に身支度を終えると、私はアルバイト先へ向かった。



日曜日のお昼時はいつも家族連れが多い。

一定期間誰かと付き合って、その人と結婚するなんて私には一生できないかもしれない。憧れと呼ぶにはくすみ過ぎた感情を押し込めて、私は淡々と接客を続けた。


「すみません、アメリカンドッグを1つ」

「畏まりました」

私はホットスナックのケースからアメリカンドッグを取り出し、素早く紙袋に入れた。

「110円になります」

「これで」

「丁度お預かりします。ありがとうございました」

母親からアメリカンドッグを受け取った子供は、嬉しそうに紙袋を持ちながら店を出て行った。



昼のピークを越えた店内は何かを失った様に穏やかだった。


夕方のピークが来る前に温度チェックでもしようか。そう思いながらチェックシートが挟まっているバインダーをレジ下から探す。


「結!」

聞き覚えのある声に反応して私は立ち上がった。そこに居たのは朝LINEをブロックした元カレだった。

「バイト先に来るのはルール違反じゃないですか」

「あんな一言だけよこして連絡を絶つなんて、俺納得できねぇよ」

「あなたのことはもう微塵も好きじゃないの」

「お前なぁ!」

「店内で大声を出すのはやめてもらえますか。他のお客様が居りますので」

彼は周囲を確認すると、ちらほら集められた冷たい視線に気付いたようだった。

「…バイト終わるまで外で待ってるから」

そう言うと彼は店を出て行った。


はぁ、かったるい。

私は店内のお客様に謝罪をして、温度チェックを始める。


「今日は69度か」

ホットスナックのケースはヒーターによって、いつもある程度の温度で保たれていた。決して熱くはないものの、温もりを感じる程の温度に。


あぁ、誰かを好きな恋心もホットスナックのケースで売られてれば良かった。


そうすれば、いつでもある程度温められた恋心を買って補充できるのに。


そんなに熱くなくて良いの。ある程度で。


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ホットスナック 藍色 @cisetsuna_aiiro

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