梅雨が明ける頃にはきっと

田土マア

梅雨が明ける頃にはきっと

 「理緒ちゃんの誕生日迎えられるかね・・・。」

病を患い病院の床に伏しているおばあちゃんー幸子さちこ

「お母さん、何言ってるんですか。よくなってもらわないと困りますよ。」

「そうよね。私がこんな病気に負けるわけないわよね。病は気から!さあ今日も頑張らないとね」

お昼過ぎに母が病院に行っておばあちゃんとそんな話をしてきたらしい。




 おばあちゃんの病気が判ったのは三月中旬だったと思う。

がん』そう告げられた家族は暗く落ち込んだ。

一番暗く落ち込んでしまったのはおばあちゃん本人だろう。

それでもおばあちゃんは家族を励まそうとする。

「笑っていれば治るでしょ?病は気から、よね?」

その発言にはおばあちゃんが長年生きてきた経験なのだろうか、

どこにも根拠がないと思っていた。

・・・がこの発言はあながち間違ってはいないようだ。

笑うと癌細胞をやっつけてくれるNK細胞が活性化するようだ。


 その日以降おばあちゃんはいつも以上に笑っていることが多くなった。

今までは少しニコッとするだけだったテレビ番組を見てても声を出して笑うようになった。

もう少しで笑い泣きするんじゃないか。と思うくらいおばあちゃんは笑っていた。


 しかしそれはおばあちゃんの強がりだったようだ。

一週間もしないうちにおばあちゃんの様態は悪化してすぐ入院手続きを行った。

俺は平日は中学校へ登校して授業を受けてスクールバスに乗って帰ってくる。

帰ってきて時間があるときは家族と一緒に病院へと向かいおばあちゃんへ顔出しに行った。


 そんな日が長く続いた。


症状が一時的によくなり一時帰宅が許されたこともあった。

しかし一時帰宅の最中また症状が悪化し即入院。そんなことがざらにあった。

家に帰れない状態が多く続いたおばあちゃんにとってすごくストレスだったとは思う。

けど家に誰もいない時に倒れられていた。では誰も喜ばないしおばあちゃん自身それを望まないだろう。

だからしぶしぶ病院生活を受け入れたんだと思う。


特に症状が重症化する。ということはないまま三月、四月は終わりを迎えた。

四月には大きな症状の変化が見られなかったため、このままいけば自宅療養に切り替えることも可能かもしれない。という話もあったそうだ。


 そんな期待も五月に入ってからは消え去ってしまった。


 病状の悪化によって血液中の酸素の循環が上手くいかなくなり酸素マスクをつけるようになっていた。

それによって話すときは酸素マスクに声がこもり何を話しているか聞きとりづらかったがなんとか耳を澄ます。

「理緒ちゃん今日も来てくれてありがとうね。」

おばあちゃんは顔を出すたびに俺にそう声をかけてくれる。


 調子がいいときは看護師立ち合いの下で酸素マスクを一時的に外すことを許可された。

やっぱり酸素マスクがないときのほうが声が通る。


それでも薬は少しずつ効き目をもたらしてくれるようで手術をして腫瘍を摘出する目途までたった。

しかし予定日当日、数日前から微熱が続いているようで手術は延期になってしまった。

体調も優れていないのでおばあちゃんはぼぉーっとすることが多かった。

その後も微熱が続いた、手術も何度か予定されたが結局熱が下がらずに施術できない日が続いた。


 その間、点滴と痛み止めしか投与していないおばあちゃんは疲れ果てた顔をしていた。

そんな顔を見るたびに俺までつらくなってくる。

それでも俺が顔を出すとその顔をどこかに隠す。

きっと俺に疲れた顔を見せると心配をかけてしまう。そう思って俺が顔を出したときはいつもと変わらないおばあちゃんでいてくれる。

だからこそふとした時に出てくるその顔を見るのがつらかった。

疲れ果てた顔をおばあちゃんがする前にトイレに行くといって病室を抜け、休憩所でウォーターサーバーから水を出し窓の近くに置いてある椅子に座って外の景色を眺める。

窓から見下ろす町並みが嫌なほど奇麗だった。

おばあちゃんの方が辛いはず、それなのに俺の前には笑顔を見せてくれる。

だからこそ俺もおばあちゃんの前では笑顔を見せたい。


・・・でもおばあちゃんはだんだん意識が飛んでしまうことが増えた。

「寿司が回ってる・・・。」と言い出すこともあった。

おばあちゃん。どこにも寿司なんか回ってないよ。

「そうだねぇ。」

否定をするわけにもいかなかったのでそのままその言葉を飲み込む。

これも薬の副作用なのだそうだ。

このままおばあちゃんは俺のことまで忘れてしまうんじゃないか・・・。

そんな不安でいっぱいだった。


惜しくもそれが現実となってしまう。

この時ばかりは存在するかすらわからない神を恨んだ。

いつも通りおばあちゃんに顔を出すとおばあちゃんは心ここになし、という顔で明後日の方向をただただ静かに見つめているだけだった。

「お、おばあちゃん?今日は体調どんな感じ?」

その問いかけにおばあちゃんは答えなかった。

ただ俺の方を見てただ微笑んだだけだった。

いつの間にか俺の頬を静かに涙が伝っていく。


 気が付くと一緒に来ていた親を押しのけて病室から走って逃げた。

行き先はいつもの休憩所、ウォーターサーバーからいつものように水を出して飲む。

これでもか、というくらい飲んだ。

もう体は水を欲していない、それでも飲み続けた。

この切なさはどうしたら消えてくれるんだ。どうしたら・・・。

堪えても堪えても涙は溢れてくるばかり、止まることをしらない。

泣き続けた。これでもか、というくらい泣いた。

いつしか涙は枯れていた。それでも声に代わって溢れてくる。

気づいた時には背中をさすられていた。

無防備だった姿をだれに見られたのか驚いて振り返る。

そこにいたのは見慣れた親の顔だった。

「理緒、帰ろうか。」

その言葉に黙って頷く。


 家に帰った後もしばらく部屋に塞ぎこんでいた。

もうすぐ梅雨の時期がやってくる。

空を覆う雲をみてふとそう感じた。

梅雨が来たからなんだということはない。

ただジメジメして部屋にカビが生えるかもしれない。それだけだ。


 次の日、もうあんなおばあちゃんを見るのが嫌で久しぶりに友達と遊びに行った。

近くのゲーセンまでチャリンコを飛ばして。

クレーンゲームやらレースゲームやらをやって楽しんだ。

その瞬間だけはおばあちゃんのことを考えずに居れた。

ショックが大きすぎておばあちゃんのことを考えると腹が痛くなってくる。

それでも週一は顔を出そうと決めた。


病院にいくら顔を出してもおばあちゃんの症状はよくなることはなかった。

日に日におばあちゃんの顔から笑顔というものは消えていた。


辛かった。あんなに元気でいたおばあちゃんがこんなにも変わり果ててしまうんだ。

そう思うと辛くて辛くて・・・。

おばあちゃんももちろん辛いのだと思う。

けれど、見ている周りも十分辛い。

もちろん俺だけじゃないことは知っている。家族だって辛い。けど表には決してそれを出さずに毎日おばあちゃんのお見舞いを行く。


なのに俺はいま、何をしてるんだ・・・。



そう思ってはいるけれど実際見ると辛かった。

だからせめてもの現実逃避として友達と遊んでしまう。


 梅雨に入ってもなお、現実と向き合えずにいた俺はその日もゲーセンにいた。

ポケットに入った携帯電話が音を出す。しかしゲーセンの音にはかき消されてしまう。

それでも何度も携帯電話は鳴り響く。

そのうち友達が携帯なってる。と俺に知らせてくれた。

携帯の画面を見たとき俺はすべてを悟った。

携帯電話に映し出された電話番号は俺の親からだった。

正直どんな反応をして出ればいいのかわからなかった。

とりあえずゲーセンから飛び出して電話を取る。

「もしもし・・・」

「理緒!?落ち着いて聞いてほしいの・・・」

既に母自身が落ち着いていなかった。

俺もその後に出てくる言葉を受け入れる準備なんてしていなかった。

「おばあちゃんがね・・・さっき亡くなっちゃったの。」

知っていた。その言葉が出てくる。そうでなければこの時間に電話なんておかしい。

くそ。なんで俺はこんな大事な時に遊びに来てんだよ。

「理緒、いまどこにいる?迎えに行くからさ。」

そう言われ母にゲーセンに迎えを呼んだ。

友達に事情を説明すると友達は今日誘ってごめん。とただ謝るだけだった。


 母に迎えをもらい家に帰る。

そしておばあちゃんが帰ってこれるように準備をする。


広い座敷を空ける。そこにおばあちゃんが帰ってきて眠る。

ほどなくしておばあちゃんが帰ってきた。

もう話せなくなったおばあちゃんが・・・。


長い闘病生活でおばあちゃんは疲れ果てていただろうおばあちゃんの顔はちっとも辛そうではなかった。

苦しむことなく看取られたのだろう。

むしろ笑っている。くらいの表現のほうが似合ってるかもしれない。



 

それから少ししておばあちゃんの葬儀が行われた。


 そんな中、外は雨が降り続けていた。

母が聞かせてくれた。

おばあちゃんは俺の誕生日を楽しみにしていたということ、体調が優れない状態でも俺に宛てた手紙あること。


理緒ちゃんへ


これを今読んでいるということは私はもう病気に負けてしまったんだね。

私の勝手な都合で理緒ちゃんとばいばいすることをどうか許してください。

でもね、私の中にはいつまでも理緒ちゃんがいるよ。

最近季節の変わり目で体調を崩すことも多くなると思うから理緒ちゃん。

自分の体を大事にしてね。

ところで私は理緒ちゃんの誕生日お祝いできたかしら。

多分私が亡くなってるとしたら梅雨が明けるか明けないかの時期だと思うの。

もしね梅雨が明けていたら空を見てごらん。

そこにはきっとーーー


その後は弱弱しい文字に変っていき途中で書けなくなってしまったんだろう。

そしておばあちゃんの命日が俺の誕生日だった。

それを知って最後まで俺のことを忘れないでいてくれてありがとう。という気持ちとなぜもっと顔を出してあげられなかったのか。という自分を責めた。



 梅雨はもう明けた。

俺はふと手紙を閉じ空を見上げる。

そこには大きな大きな虹が広がっていた。

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梅雨が明ける頃にはきっと 田土マア @TadutiMaa

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