思い出(0)

 私は今でも、ものまるが一緒にいたあの時のことを思い出す。

 

 イタズラばかりだったけど、私にとって天使。ものまるは、かわゆさの象徴だった。

 

 あの美形なハチワレに一目惚れして、必死で逃げるものまるを追い駆けて捕まえた時は、人生のパートナーに出逢った気分だった。

 

 一緒にいる時は常に心が通っているみたいだった。言葉は通じなくても私は彼を、彼は私を理解して愛し合っていた。一度でも猫に心奪われた人になら分かるはず。

 私の青春は、ものまると共にあった。

 

 ものまるは、はるみが好きだった。

 だから火の中へ飛び込んだのだと思う。

 小猫を助けたのだと思う。命懸けで。

 だから私は、彼が命懸けで救った命を守りたかった。だけどもう、ものまる以外の猫を飼う勇気はなかった。

 けれど本当に、ルミ子とあや子とよしみだけは、守らなければならなかった。

 だから、今の彼氏にはそれまでずっと待ってもらった。彼の恋心は小猫には勝てなかったわけである。

 

 あの時、人と人を、猫たちが繋げてくれた。猫たちが人の心を動かしてくれた。あの子たちの元気な姿を、はるみや、ものまるに見せてあげたい。

 きっと見てるよね。空の上から。

 

 狎鷗亭は長い間、大人気の猫カフェを今も継続中。

 商業実技部員は、今でもアルバイトに雇ってもらっている。でも私は今日でこの猫カフェ店員も卒業。

 私はこの春、高校を卒業して富山を離れる。

 マスターさんには本当にお世話になって、感謝しかない。

 

「長い間、ありがとね、呉羽小春子さん」

「いつの間にか、猫女学生!じゃなくなってましたよね」

「君には色々と教えられた」

「それは私の方です」

「本当にありがとう」

「ありがとうございました。長い間お世話になりました」

「はーっはっはっは、娘を嫁に出すみたいだ」

 

 私は2階の猫部屋に寄った。

 あの子たちが、すり寄ってきてくれた。

 全身をわしゃわしゃしてやった。

 客席には思い出が詰まっていた。

 アンティークキャビネットの上には、いつの間にか増えた雑貨などが、所狭しと飾られていた。

 壁には、お客様と猫たちや、先輩たちや部員の写真。あらためて見ると、撮られた覚えのない写真もたくさんあった。そこには……

 

「えっ」

 

 その写真は、漁港でヨガの『ねじり三角のポーズ』をする私。

 その足元には『ものまる』が、すまして座っていた。

 

 

 

 

 青柳の小春子への恋は小猫には勝てない説 【終】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

青柳の小春子への恋は小猫には勝てない説 こみちなおり @KOMINAO

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ