筆の止まったものの供養

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第1話 学園モノにしたかった異世界考察

[記録:ソーニャ]

 今日はクラリス学長から急な呼び出しを受けた。

 理由は明かされず、思い当たる理由もない。

 学長の性格から考えて、面倒事に巻き込まれる予感しかしなかった。


 私が学長室に入ると、見知らぬ黒い衣服を着た一人の少年が大人のお姉さん(このように表現するように言われているが、学長である)と向かい合って座っていた。

 共通語で話す学長に対して、少年は知らない言語で応答している。

 正直、この時点でもう学長室からそっと出ようかと思った。


 共通語とテレパシーで多重音声に聞こえる学長の言葉から、少年に対して何をやっているかは分かる。

 けれども、同じ意味の言葉が少しズレて聞こえてくると、人の感覚は混乱して何を言っているのかわからなくなるもので、私の頭は理解を拒絶するように話を聞き流していた。


「えー話をまとめると、世界指数95系、太陽系地球の21世紀日本出身。

 カズキ君で良かったかな?

 ここは君から見ての異世界、世界指数80系、リーテ。

 帰れる目処は今のところないから、大学監督下で好きに過ごしてくれればいいってことになる。

 いやぁ、21世紀日本出身の人類は異世界転移への理解が早くて助かる。

 後は渡してある共通語と日本語間の翻訳魔導器の仕上がりをもうちょっとだけ待っててね」

 そう言って学長は視線を水平に動かし私に目を向けた。

 まるで後ろ手にドアを開けようとしていたのを制止するように。

 ちなみに、非常に悲しいことではあるが、私の身長は椅子に座った大人の女性と大差ない。

 視線を「水平に」とはそういうことだ。


 学長は私をじっと見ている。

 異世界人で更に日本と言うなら同じ日本出身のパティにでも任せればいいものをと思ったが、私を呼び出したと言うなら学長には学長なりの考えがあるようだ。

 同年代の異世界人とのファーストコンタクトを同郷の人間にするのは良くないと思ってのことだろうなどと、無理にでも納得できる理由を考えていると、学長はポンと手を打った。

「簡単なことは説明したから、あとはまかせたっ!」

「……。え?」

 私(と少年)が言葉を失っている間に学長は空間に穴を開け何処かへ消え去っていった。


 唖然とした場に残される私と少年。

 言葉が出るわけもない。

 何も知らないというのに丸投げされたのだから。

 しかし、静寂が続くわけでもなく、空気を読むこともない第三者にそれは破られた。

「辞書の同期が完了しました。翻訳プログラムを開始します。」

 それは手のひら大の平板型機械、魔導器から発せられた言葉。

 翻訳機の起動。

 つまりはこの少年と会話できる状態になったということ……。

 しかし、私としてはあまり嬉しいことではなかった。


 というのも、講義で聞いた異世界人は大抵特殊な能力で変態的な活動を行うのが常なのだ。

 はっきり言って、関わらないほうが無難である。

 実際、日本から転生したと言うパティも、さらに他の異世界から転移したとされるベアトも、その特殊能力故に「人類の枠」を超えていると言っていい。

 人間性や社会への理解があるからいいものの、暴動を起こせば災害となりうるだけの能力があるのを私は実態として知っていた。


 しかし、何もしないというのもきまりが悪いもので(承諾していないものの何故か「任されてしまった」というのもある)、私は渋々声をかけた。

「えーと、はじめまして。私はソーニャ・クラト。

 リーテへ来てしまった理由は知りませんが、ティーア魔導大学へようこそ。」

 音声として出力されているのを聞く限り、一部の固有名詞も異世界の言語に翻訳されている、のだと思う……。

 音写されている部分とされていない部分があるようで、私の名前の方は元の発音から大分かけ離れているようだった。


 翻訳音声に次いで、握手のために手を出してしまった。自然と手を出してしまったが、相手にそう言った文化があるのかは確認していなかった。大丈夫だろうか。


「はじめまして。オレはカズキ・ヨウノ。ソーニャちゃん、よろしく。」

 そう言って(正確には彼の言葉を翻訳した音声を流して)彼は自然と屈んで握手をしてくれた。

 非言語コミュニケーションが同一の意味とは限らない中での偶然の一致。

 これは奇跡だろうか……。


 ここで、彼の顔をまともに見れていなかった事に気付く。

 一応確認のため見てみると、彼は黒髪黒目、平たく柔和な顔つきで、特に言う事もなく整っていた。

 ただ、私も何も思う事がなかった。

 面食いなら寄っていくのかもしれないが、それはそれで他人の趣味としか思わない。

 悲しいかな、私は生理的な好悪について何か欠けているようだった。


 私が難しい顔をしていると、彼は手を離して、

「ごめん、握手じゃなかったかい? 日本の文化では握手って言って友達になるって意味があるんだけど……」

「いや、あってはいるけど、文化があるかどうか分からないのに間違って握手求めてしまったなぁと思っていたところで、奇跡的に意思疎通ができてしまったのがなんとなく決まり悪くて……」

 嘘ではない。他人の顔を見て自分の欠点を悲しんでいたのを除けば嘘ではない。

 しかし、返ってきた言葉は悲しみを助長させるものだった。

「まだ小さいんだから、そんなに複雑に考えなくてもいいと思うよ」

 やはり、子供だと思われている……。初対面だから仕方ないにせよ、間違われるのはやはり悲しい。そして、学長はリーテと学校について以外、何も話してないのだろう。


「悲しいかな、私は今年で17になるので、身体上の何についても成長は見込めないのだよ……」

「同い年なのか……。っていうか、それってもしかしてロ……」

「多分そうだけど、それ以上言わないで!」

 無駄に充実した日本語の翻訳機。共通語に直された翻訳画面上では見たくもない言葉が表示されていた。

 パティが「二度目の過労死迎えちゃう~。」などと言っていたのを思い出す。

 当時は笑って流していたけれど、今直面している事態を思えば、今度何か返礼をしなければならないだろう。


 思うついでに、私は翻訳機に内蔵されているオマケ機能の存在を思い出した。

「えーと、なんだっけ。詠唱・日本・冗談・開始」

 パティが辞書に加えていた日本人向け必笑ギャグ……をその場で発音させる機能らしい。

『私ハ攻略対象ジャナイヨー』

 異世界の言語らしき音声が、二人だけの学長室に静かに響く。

 翻訳機にはジョークモードとだけ表示されていて、言っている内容が分からなかった。しかし、パティが必笑と言っていたのに、彼は何やら虚を突かれたような顔をしていた。

 けれども、その表情はすぐに納得に変わり、そして崩れ、小さな笑いをこぼしながら奇妙な事を言い出した。

「それ、ハーレムルートがあったら巻き込まれるダメなポジションでは?」


 急に言われた事に理解が全く追いつかなかった。

 そういえば、最近の日本人には異世界に来るとゲームか何かのようにモテモテになるというジンクスがある、とパティは言っていた気がする。

 なので、恋愛ゲームか何かとして考えて意味を推測してみる。とても嫌な予感がした。


「先ほどの『私ハ攻略対象ジャナイヨー』とは以下に表示されるような意味です。日本語話者にはジョークモードの説明を開始します。」

 異世界語を翻訳してジョークモードが切れたのか、翻訳機が音声と共に画面に見たくない答えを表示した。

 そして、その言葉の意味を理解した時、私の顔から表情が消えた。虚無の無だった。

 幸い、翻訳機がジョークモードの説明をしている間に我に帰ったけれど、彼が笑いを噴出すまでの間、その顔を見続けていた私。翻訳機が説明している間、虚空を見ていた私。あまりにもシュールな絵面である事は違いなかった。

 パティ、返礼を別で追加していいだろうか。


ーー


 その後、彼からなんとか色々聞き出して、異世界対応マニュアル通り問診票を作った。

 場が和んだのは確かだったが、それに対して受けたり失ったものが多すぎたため、私は半ば心を閉ざした作業機械のようになっていた。

 一応、問診票のメモだけここに書いておこう。


 ヨウノ・カズキ(姓名順):日本人。高等学校2年生。

 状況:異世界転移。異世界転移への理解あり。恐慌可能性低。

 学識:初等数学・初等理化学。実用テクノロジー史。

 注記:魔法使い資質、大規模魔術の使用資質あり。殺傷経験無し。


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