ペット

阿野ヒト

ペット

「そういえばうちのペットがさ、最近言うこと聞かなくて困ってるんだよね」


 それは女子会(一対一)でのお話だ。

 互いに話すネタも無くなってきたところで、話し相手の美咲が唐突にそんなことを言いだした。


「え。美咲って、ペット飼ってたっけ?」

「実はそうなんだよね」


 そうだったんだ。

 でもまあ、私と違って美咲は『THE女の子』って感じの性格してるし、ペットを飼ってること自体は意外ではなかった。


 それよりも。


「……ちゃんと飼育できてるの?」

「もう、できてるよー!」


 風船のようにぷくっと頬を膨らませて、反論してきた。

 けど私からすれば、そっちの方が何倍も意外だ。


「ふうん、そうなんだ」

「その反応、絶対に信じてないでしょお?」

「信じてる信じてる。で、なに飼ってるわけ?」

「ん~……なに飼ってると思う?」

「あ~、出た出たそういうの」

「いいじゃん。話すこともなくなってきてたところなんだしぃ」


 確かにそうかもしれないけど……。


「どうせ、犬か猫でしょ?」


 分かりきった問題ほど、つまらないものはない。

 早々にこの話はお終いかと思っていると、美咲が両手で×を作って大げさにアピールしてきた。


「ブッブー。外れだよ」


 なるほど……王道ではないわけか。

 だとしたらまあ、ここは一つ美咲の案に乗ってあげてもいいか。

 それに話もせずにスマホをいじるよりかは、よほど健全だろう。


「けど、さすがにヒント頂戴よ? 思いついた生き物を片っ端から挙げていくのはなんか嫌だから」

「それもそうだね。うーん、それじゃあ……すっごく繊細な生き物かな?」

「えー…もしかしてウサギとか? あいつら構ってやらないと、すぐ死んじゃうって言うし」

「いやいや大いにブッブーだよ! あんな性欲の化け物とうちの子を一緒にしないでもらいたいかな!」

「……えっと、なんかごめん。あんたがウサギをそんな目で見ていたとは思いもしなかったから。もっとこう白くてモフモフで可愛い生き物と捉えているものだと」

「そんなことあるわけないじゃん! シル●ニアフ●ミリーとか完全にヤリ部――」

「それ以上はダメだからね!?」


 私は咄嗟に、美咲の口に手を添えた。

 なんてこと言いだすんだ、この子。まったくもって、風評被害もいいところだ。


 けど、ウサギが違うとなればなんだろう……。


「ちなみに、その生き物のは可愛い系なの? カッコいい系なの?」

「んー、どうだろ。私は可愛いと思うけど、捉え方によるんじゃないかな?」


 ……なるほど、つまりどっちつかずの生き物ということだ。


「だとすると……トカゲとか、蛇かな? 私はどちからというと怖いと思うけど、ああいうのってマニアからすれば可愛いんでしょ? あいつらならケージの温度調整とかにも神経使いそうだし、デリケートって線も通る。どう、ビンゴでしょ?」

「残念ながらブッブーだね」

「え、違うの? ……じゃ、じゃあ、フクロウとか? 普段は凛々しい顔つきだけれど、擬態するときに身体が細くなるのは愛嬌があって可愛いらしいんじゃない?」

「全くのブッブーだよ」

「えぇ……これも違うわけ?」


 正直、繊細なペットと言われて思いつくのはそれぐらいだった。

 何回か美咲の家には行ったことがあるけど、馬や牛を飼えるほど、豪邸に住んでいるわけでもないしなあ。

 というか、それだけ大きい動物を飼っているのならすでに私が知っているはずだし……。


 と頭を抱えて悩んでいる私を見かねたのか。美咲は、「じゃあ特別に」とヒントを補足してきた。


「さっき繊細って言ったけど、本当に繊細なの。構い過ぎてもダメだし、構わなさすぎてもダメなんだよね、これが」

「はあ? 余計分からなくなってきたって。なにその手間のかかるペット」


 そんなの私だったら完全に捨ててるわよ。

 ただ美咲はそれが満更でもないような顔をしていた。やはり世の中には、物好きもいるものだ。


「で、どう? わかったかな?」

「……ごめん。ギブ。全然分かんないわ」


 まさか、私が美咲に敗北宣言する日が来るとは思いもしなかった。

 私から一本取れたのがよほど嬉しかったのか「えぇ、分かんないのぉ?」とダルがらみをしてくる。うざいったらない。


「いいから、早く答え教えなさいよ」

「仕方ないなあ~♪ ほらこれだよ」


 美咲は、意気揚々とスマホ画面を見せてきた。


 ――――――――――。


「本当に手がかかる子なんだよね。放っておいたらすぐに拗ねるし。構ってあげたらあげたですぐに怒るし……まあそういうところが可愛いんだけど」


 い、いや……可愛いとかって、あんたそれ……。

 だってそこに映ってるのって、どこからどう見たって完全に――。


「…………………ねえ、美咲?」

「ん?」

「……あ、あんた一体全体、なに飼ってるわけ?」


 熱くなった顔を必死に冷ましながら私が聞くと、美咲はさっきまで飲んでいたカプチーノを静かに置いた。

 そしてそのままにっこりとした笑顔のまま、ゆっくり私の頬へ手を伸ばしてきた。


「なに飼ってると思う?」

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ペット 阿野ヒト @ano_hito

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