アナザーレイ

薬草一葉

Prologue

宇宙深域

 宇宙文明の発展はエルシードと呼ばれるエネルギー資源と共にあった。半永久的な機関の製作にも必要なのがエルシードで、数多くの星々にユートピアとディストピアをもたらした資源である。


 ドミナス統機連が送ってくる無人艦隊の侵攻に、殆どの宇宙国家は損耗を強いられ、宇宙傭兵の需要はより高まった。

 軍用機や無人兵器は恐ろしいモノだが、撃墜されてしまえば宝の山だった。スペースデブリと化した兵器の破片は金になった。時に違法な軍用機のパーツを回収し、違法な依頼を受ける傭兵からパーツを買い集め、技術を解析したアウトローな者達がいた。その者達がオーラル企業連盟を立ち上げたのであった。

 酷い自治体の宙域では、金か嗜好品を流せば違法な事も許された。真っ当な民間企業の方が軍人や警察の戦闘艦に脅されて、カーゴの中身を奪われる事の方が多い。逆らえば宇宙海賊として処理された。腐敗は、一般的な民間人にとっては良くない出来事であるが、人によっては付け入る隙のある良い出来事であった。相手を引きずり落とすチャンスであり、果ては強請りと暴力を得意とする者達が、巣窟にするにはうってつけの物件であった。


 オーラル企業連盟はどの勢力も領有権を主張していない空白宙域に、資源を加工するプラントや造船所、ユニット級の機体や兵器の製造所を持つ、交易ステーションを構えた。初期投資と設備を整えるまで大変だったが、流れに乗ると金がジャブジャブと入った。その資産で新たな交易ステーションを建造する事を繰り返し、オーラル企業連盟は事業拡大し一大勢力となった。

 オーラル企業連盟により、民間船や作業用機械に兵器を付けた継ぎ足し機体ではなく、潤沢な資産で研究開発された新シップや比較的安価なユニット級の新機体が、金さえあれば誰にでも手に入れられる時代が訪れると共に——星間主権を握っていた落目の宇宙国家から独立する国々が現れた。独立を勝ち取った国々が結束し、ラインバル銀河連邦とセリオン自由同盟が設立された。


 アルブレア星人の額には、宝石の様に輝く器官が備わっていた。オドと呼ばれる思念感応粒子を感知して操る器官である。オドを操る超能——アストラルリンクと独自の専用兵器は極めて強力であった。

 他の異星人の文明ではリボルバー形状の銃は淘汰されつつあったが、回転する機構を持つ銃がアルブレア星人には合っていた。弾丸を装填する為ではなく、オドを流し込む充填機構で、エネルギーパックから引き出される力と合わった——多元粒子魔光——アドマの光弾を撃ちだす機関である。そのテクノロジーは宇宙戦艦にも搭載されており、小型艦で堅牢な大型艦を沈める力を秘めていた。


 広大な宇宙で犯罪者を警察だけで取り締まるのは困難であった。故に監視用ドローンをばら撒き、懸賞金をかけると犯罪者や宇宙海賊を精力的に狩る賞金稼ぎバウンティハンターが現れた。


 光が命を飲み込む——宇宙深域は、力が無ければ簡単に命を失う領域であった。


 ♢ ♢ ♢


 ピジョンブラッドと呼ばれる美しきルビーの様な紅の宝石を額に宿し、同様の色合いの瞳と、艶のある黒髪に整った美顔の持ち主の名はシェナザード・オーフィルド。アルブレア大帝国のOオー宙域を治める宇宙貴族の御令嬢だ。


 シェナザードは専用機——戦闘小型艦レイホークⅢの操縦席に背を預けていた。その彼女の補佐を務めるのが私の役目だ。

 私の名はリクス、電子精霊と呼ばれる人造の知性体である。


 現在、ステルスモードで航行していた所、ドミナス統機連の威力偵察を行う中型艦ヒュドラ三機を探知した。


「ようやく撒き餌がきたわね」


 そう口にしたシェナザードが、レイホークⅢの船体を敵艦に回頭し、機体を一気に加速させた。

 レイホークⅢから射出された衝撃槌魚雷が、中型艦ヒュドラの障壁エネルギー、シールドを減衰させる。すかさずレイホークⅢが、フェイズⅠの主砲――アドマ砲を二射放つ。二発の光弾がシールドを破り、ヒュドラ二機の装甲に真っ赤な大穴を開けた。

 レイホークⅢに向かって、船体を回頭した残り一機のヒュドラが、主砲とタレットの一斉掃射を行いながら、ドーロンを射出させた。ヒュドラから撃ちだされるビームと砲弾の嵐を、レイホークⅢはバレルロールで避け、距離を開けてヒュドラとすれ違う。中型艦ヒュドラよりも旋回の速い小型艦レイホークⅢが背後を取り行く。それを阻止しようと追って来たドローンに、レイホークⅢのタレットが照射型メルトレーザーを放ち、四機のドローンを迎撃した。焼き落ちるドローンを傍目に、レイホークⅢがヒュドラの後ろに付く。シェナザードのアストラルリンクによってチャージされた——フェイズⅢのアドマ砲が解き放たれる。ヒュドラのブースターに、眩い粒子光を撒き散らす極大光弾が突っ込み、敵艦の大半が消し飛んだ。


「シールドが回復していたとはいえ、中型艦ならフェイズⅡで十分だろう」

「偶には主砲の本調子を調べる必要があるでしょう?」

「実戦で確かめるモノではないな。周辺に敵影無し」

「じゃあ実戦前に確かめないとね。義体に入りなさい」

「手荒に扱われて修復中だ。休息を推奨する」

「仕方ないわね。ステルスと自動航行システムを起動」


 シェナザードが腕を伸ばし、身体をほぐすと操縦席から立ちあがり、艦の奥へ移動していった。

 レイホークⅢのシステムに繋がる球体から——修復中ではない義体に移り、起動するとシェナザードが腕を組んで待ち構えていた。


「なんだ?」

「なんだじゃないわよ。ほとんど直ってるじゃない」


 義体は全部で三体ある。修復中の成人男性型と成人女性型が一体、今入っているシェナザードが注文した最新型のエンジェル・フェザーイヤーが付いた高級義体である少女型の三体だ。天使の羽耳は、簡易に説明すると人が木の杖を持つ逆バージョンで、生体組織に限りなく近い構造物を付ける事により、電子“精霊”のアストラルリンクを底上げするオプションパーツである。人工知能が操る場合は、単なる飾りと化すだろう。


「駄目だ。一度、完璧な状態に戻しておきたい」

「私のパフォーマンスも大事でしょう? 退屈で仕方ないわ」

「我慢してくれ。流石に二体も修復中になると支障が出る」


 不満気な表情を浮かべたシェナザードが義体の猫耳を軽く撫で、カーゴルームから出て行った。どうやら諦めてリビングに移動したようだ。広大な宇宙航海で、食と住の機能を充実させるのは重要である。加えてレイホークⅢでは、シェナザードの個室や、医療設備とトレーニングルームも完備されていた。


 撒き餌とは、海賊をおびき寄せる為の仕込みである。最近、ここらの宙域に出没するらしく、回収の依頼を受けた運搬船が狙われていた。

 ドミナスの中型艦撃沈させた座標を、情報をテレポート的に送る量子通信で最寄りのステーションに送信し、回収の依頼を出した。中型艦の残骸だと結構な量の再利用資源が回収できるので、通常では収入が良く人気のある依頼だ。

 しかし、受注までにかなりの時間差があり、二日という期間は治安の悪さと経済の滞りを末期と感じさせるには十分であった。


 もはや懸賞金を払うか怪しい宙域の自治レベルだが、故に容赦なく攻める事が出来そうだ。

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アナザーレイ 薬草一葉 @ht04

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