最終話 夢

「ただいま」

「おかえり」

 飯野家の大黒柱たる父が我が家に帰ってきた。どこか嬉しそうな表情を浮かべる。

 父が帰ってくる時点で家族全員そろっている。子供が勉強するのにリビングを使うのはいつものことだ。真惚、真守、はリビングのテーブルに教科書やらノートやらを広げて勉強する。

 真惚は普段から勉強しているからともかく、真守は高校三年生で受験を控えていることから仕方なく勉強しているふりだけでもしていようといった感じだ。

 そんな真守の様子を見て父はニヤニヤが止まらない。

「どうしたの? ニヤニヤして。 なにかいいことでもあった?」

 勉強している真惚や勉強しているふりに忙しい真守に代わって、母がにやけた父に問いかけた。

 言われたことで自身がにやけていたことに気づいた父はその理由を語りだす。

「喜べ! 真守はプロ野球選手になる!」

 なにを言っているんだこのおっちゃんは。といった視線を父に浴びせる母と真守。真惚だけが父と同じようなにやけ顔を伝染させられていた。

「すごいじゃん! プロだって」

「いやいやないない。俺、初戦で敗けたんだけど! 公式戦で結果だせてないんだけど! なのになぜプロになる話が来るんだ?」

「そうよ。まるで勉強したくない子供の言い訳のようじゃない。真守じゃないんだからそんな言い訳は…………父親ならするか」

「いや待って! 俺がいつそんな言い訳した?」

「そうだぞ! そもそも言い訳ではない!」

 テーブルにやつ当たりするかのように父は力強く叩きつける。その掌には一枚の名刺が握られていた。

「なに? これ?」

「ラクルトのスカウトをしている人から貰った名刺だ」

「どうしてそんな人の名刺を持ってるの? もしかして盗んできたの?」

「そんなわけないだろ。直接もらったんだ」

 にわかにか信じがたいことだ。

 いくら父が勤務している会社がプロ野球チームのメインスポンサーだったとしても、その会社にスカウトが仕事をしに来るんだとしても、たまたま偶然に会って話をして高校を卒業する年だからってそういう話になるだろうか。

「どうして俺なんだ? いくらでも結果を出している人はいるだろう? もっと力のある人はいるだろう?」

 真守が疑問に思うのも当然だった。全国でいくつ高校野球部があることか。3千はあるはずだ。そのうちの一校のしかも名の知れない高校の選手に話が来るなんておかしくないか?

「初戦の相手が甲子園に出場したそうだ」

「初戦の相手? 浦吉南高校か。バッティングが化け物級の選手がいる学校だった」

「そう! その化け物に真守は化け物認定されているんだ」

「は? 俺が化け物? 俺は人間だぞ」

「そうだな。そして真守がさっき化け物だといった人もまた人間だ」

「そんな当たり前なことを……」

「それで! それで!」

「それで彼はインタビューでこう言った。『今大会で対戦した投手の中に化け物がいる。彼には勝負に敗けた。対戦して抑えられたのは彼だけだ。今大会、彼以外の投手とは勝負した全打席でヒット以上しか打っていないというのに悔しい。』」

「その選手が言った彼が真守だってこと?」

「お兄ちゃん! すごい!」

「そうだ! そのスカウトマンが直接、彼に確認をとったとも言っていた。それで真守」

「……?」

「どうするのかは自分で決めるんだ。プロのスカウトを受けるのか。それとも別の道に進むのか」

「俺が?」

「そうだ。真守の人生だ。他に誰が決めると言うんだ」

 真守は幼い頃にプロ野球選手となるのが夢だった。

 小学生時代は近所のクラブチームに入り、練習に明け暮れる。当然のように自主練も毎日欠かさない。その甲斐もあって全国大会で活躍するようになった。

 ところが、いつしかプロになろうとはしなくなっていた。

 特にこれといった理由があるわけではない。家族にもわからなかった。

 今なら、わかる者がいる。

 真惚は見てきた。夢見る力がどのような物なのか。光輝く玉。ビー玉ほどの大きさ。魔物が生きるために喰らう。

 奪われた者は夢を見なくなる。奪われる量が多すぎると自ら命を絶ってしまう。

 その奪われてしまった夢見る力は先日、真惚たち魔法少女が奪い返してきた。

 元ある場所に還ったはずだ。真守にも戻っているはずだ。

 それゆえ、返事は決まっている。

 瞳をきらきらと輝かせて真惚は返事を待つ。それは眩しくて直視してしまったら焼かれてしまいそうなほどだった。

「……俺は…………プロにはならない」

 その答えは真惚にとって哀しいことだった。兄である真守の夢見る力を取り戻すために危険を冒してまで魔物と戦ったというのに意味をなさなかった。

 次第に輝いていた瞳は曇りをみせて上がっていた口角は下がっていく。

 ダメだったか、遅かったのかと思われた。

 ところが、そのあと続く言葉で嬉しくも覆された。

「アメリカに行ってメジャーに挑戦する。来年には夢の舞台で大暴れだ!」

 その言葉を聞いた真惚は曇りに向けていた瞳を輝きへと反転させていく。同時に下がりきった口角を上げる。潤んだ瞳には叶えたかった未来を映り込ませる。

「……メジャーって……真守……」

「……アメリカに行くって……そんな……」

 父、母、と真守の発言が嬉しいのか受けた言葉を繰り返す。

 そうだろ。そうだろ。嬉しいだろ。と言わんばかりに真守が腕を組んだ体勢で首を縦に振り頷いている。

 嬉しいのは当然だ。

「無謀だな」

「そうね」

「なんで⁉」

 真守の心情とは違った言を聞いて驚く。

 父、母、にとっては真守がメジャーに挑戦することは行動を制止するほどに反対だった。

「メジャーで活躍する日本人は日本のプロ野球で経験を積んでから挑戦しているでしょ?」

「高校を卒業してすぐにメジャーに挑戦するなんて漫画でしか見たことがない」

「現実的じゃないのよね」

「高校生にもなって夢見がちだな……腐るよりかはましだが……悪いことはいわん。まずは日本で経験を積んでからだ」

「俺の人生だから選ばせてくれるんじゃなかったのか?」

「確かにそう言ったが、それは日本のプロになると言うと思ったからだ。まさか飛び越えるとは思わなかった」

「ちなみにプロにならないと言ったら、どうしてた。大学受験して就職してサラリーマンになるって言ったら?」

「もちろん止めていた」

 父の言葉に母は大きく頷いて賛同する。

 真守に日本のプロ野球選手になること以外に選択肢はなかった。

 受験勉強を止め、日本のプロ野球選手になるべく日々のトレーニングをより活発にさせて準備を進めた。

 真惚が叶えたかった夢は自身の行動によって叶えることができた。

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魔法少女は愛を力に変えて夢見る人を救います。 越山明佳 @koshiyama

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