第26話 スカウト

 会議室の一室を借りて仕事をしている。

 広さは四畳ほどだ。テーブルの上にはノートパソコンを開き、資料を広げてドラフト候補者を絞っていく。

 高校時代には甲子園にも出場した経験があり、輝かしい青春時代を送ったといっていい。当然のようにベンチではなく、レギュラーとしてスタメンから試合にでていた。正捕手としてチームを引っ張り貢献する。

 大学、社会人と野球を続けて社会人時代には全日本選抜にも選ばれたことがある。ドラフト指名を受け、ラクルトに入団した。

 即戦力として期待されていた。だが、そううまくはいかなかった。

 入団したその年に左手首を骨折した。プレイ中のことだ。ホーム帰還を狙うランナーとの接触時にやってしまう。結局、一年を棒に振ってしまった。

 リハビリの末、復帰するも2軍での試合のみで1軍に上がることはなかった。

 29歳の時に引退してその後の道に迷ってる際、たまたま空いたスカウトの籍に入ることができた。

 カメラで練習や試合を撮り、スピードガンで球速を測り、ストップウォッチでタイムを計る。気に入った選手がいれば直接はなしをして情報を集めることがある。得意、不得意、ケガなど、プレイに関わることはなんであっても大切な情報だ。

 気に入った選手だけでなく、その対戦相手はどうだったか。対戦相手によって、結果は変わってくる。そのときの調子によってだって変わってくる。

 数値だけでなく、選手の内面まで眼を向ける必要がある。そもそもプロになる意志があるのか。ネットでプロ野球選手の辛さを気軽に知ることができる。選手として活動できる期間が短い。結果が出せなければ辞めざるを得ない。ケガに悩まされることだってある。悩みは尽きない。

 それでもなりたい。かつ活躍する可能性のある選手を選ばなければならない。

 そんなプレッシャーと戦う仕事だが、悪くないと思う。野球に関わる仕事ができるなんて幸せだ。

 ドラフト指名する前に会議が行われる。それまでに候補を選ばなければならない。

 一人は決まっている。他球団も注目している選手で甲子園に出場した。公立浦吉うらよし南高等学校の4番で内野手をしている。大盛大輔おおもりだいすけだ。

 彼はまさしく10年に1人の逸材だ。上からも指名するよう指示がある。1位指名は確実だ。

 問題は他の選手をどうするかだ。投手で考えているが悩んでいる。

 彼と同じで浦吉南高校の選手から選んでもいいが、どうも踏み切れない。

 他の学校の甲子園出場校で考えても惹かれる選手がいない。

 気がかりなのは彼のインタビューだ。

『今大会で対戦した投手の中に化け物がいる。彼には勝負に敗けた。対戦して抑えられたのは彼だけだ。今大会、彼以外の投手とは勝負した全打席でヒット以上しか打っていないというのに……悔しい。悔しいからこの場で名は上げません。気になる方は今大会の記録を見ていただければと思います。次は敗けません』

 その時は気にも留めなかったが、一度だけ調べてみてもいいかもしれない。

 その前に休憩と称して一服する。

 今いるのはラクルトのメインスポンサーとなっている企業のビルだ。

 喫煙所で一服していると2人の男性が入ってきた。2人とも中年で10年以上は勤めてきたという風格がある。

「お疲れ様です」

 何気ない挨拶だけ交わす。その後は2人の男性だけで話している。

「飯野先輩、これでタバコ休憩するの何回目ですかね?」

「おいおい。俺たちがサボっているような言い方するなよ。ちゃんと仕事しているだろう?」

「してますよ。そのご褒美にこの一服があります」

 どうやら、先輩後輩の間柄で何度もタバコ休憩を挟んでいるようだ。そんなどうでもいい会話は聞き流す程度だったが、その後の会話は違う。

「そういえば、息子さんはもう高校卒業ですよね。進路とかどうですか?」

「どうだかな。大学に進学するために勉強しているみたいだが……心配だ」

「いっその事、プロ野球選手になったらどうですか?」

「簡単に言うなよ。あいつはプロに興味はない」

「そうなんですか? でもリトル時代は全国大会に出場してエースピッチャーとして活躍していたんですよね。そのまま順当にいけば、今は注目選手なんじゃないんですか?」

「順当にいけばそうかもしれないが、家の息子は順当にいかなかったようだ。高校最後の大会は初戦で敗退している」

「それは残念ですね。それで対戦相手はどこだったんですか?」

「公立の浦吉南高校だ」

「浦吉南といえば甲子園に出場したところじゃないですか? 運がないですね」

「そうなんだ。運がないんだ。といかお前、詳しいな」

「僕はプロよりも高校野球が好きなんですよ。息子さんの名前は真守まさもりというのも把握済みです」

「息子の個人情報が野球を通して漏れているな」

「そういえば、お昼どうしますか?」

「いつもの定食屋でいいだろう」

 何気ない会話をして2人の男は喫煙所から去っていった。

 会話を聞いていたスカウトマンは会議室に戻ったあと、浦吉南の初戦の相手である浦吉東のピッチャーをビデオで見返してみる。

 浦吉南の4番との勝負に注目する。

 1打席目、勝負を避けるような配球でファーボール。大盛も勝負を避けられたことを悔やんでいるようだ。本当は勝負したいという思いが伝わってくる。

 2打席目、ホームランだ。スカウトマンは少しばかりがっかりする。この選手ではなかったか。それもそうかそんな簡単には見つからない。

 飯野真守はピッチングだけでなくバッティングもできるのは評価できるところだ。弱小ながら4番に起用されており、甲子園にも出場した浦吉南のピッチャーにファーボールを投げさせた。明らかに強打者を恐れての結果だ。

 そういえば、この2校は何度か練習試合をしている。その時になにかあったのか? そんな疑問が頭をよぎる。

 3打席目、すでに2対0で浦吉東が敗けている。勝負を避けるかと思ったが、そんなことはなかった。大盛は嬉しそうだ。どうせヒット以上になるだろうと見ていたが、三振で打ち取った。

 4打席目、ピッチャーの調子がいいのか。またもや、三振。

 この試合、飯野真守いいのまさもりは三振を量産している。化け物だ。

 大盛は試合に勝ったというのに悔しそうにしている。その表情を確認できたとき、スカウトマンは確信した。

 大盛大輔が抑えられたのは飯野真守だ!

 念のため他の投手も撮影したビデオで確認したが、大盛大輔の苦悶に満ちた表情を出せる者はいなかった。

 行動してみる価値はあった。大盛大輔に直接、確認してみるとあっけなく答えてくれた。わかってしまったかと。

 その後の行動は早かった。

 先ほどの飯野真守の父らしき人物を通してアポイントを取る。

 名刺を渡して自己紹介する。真守父がその名刺を胸ポケットの名刺ケースにしまう。

 快く受け入れてもらえてほっと胸を撫で下ろす。直接、息子さんに聞いてもらえるということで結果を待つこととなった。

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