ヘッドホン越しの告白

砂上楼閣

第1話〜その一言に恋をした

「好きです…」


君は私にそう言った。


これが何回目の告白なのか、もう覚えていない。


放課後、いつもの場所で、毎日のように聞いた告白。


私は手元の本から顔をあげない。


いつも通りに。


君はすぐに立ち去っていく。


いつも通りに。


「……ばか」


私は本を閉じ、コードのささっていないヘッドホンを外した。


君は多分気付いてない。


だいぶ前から私が読んでる本は変わってないってことを。


私自身が最近気付いた。


いつの間にか私が恋をしてしまっているという事に。




人付き合いが苦手。


私は周りに合わせて笑ったり、いない人の悪口を言うのができなかった。


思ってもいないことを言う、自分を偽る行為が本当に嫌。


だから耳を塞ぐことにした。


自分の世界に篭ることにした。


ヘッドホンをして、音楽を聴くことにした。


音楽を聴いていれば、話しかけられない。


邪魔されない。


嫌な事を強要されない。


これは私なりの抵抗。


ささやかな反抗、小さな拒絶。




放課後、人気のない場所。


静かで、落ち着ける場所。


私は時間が止まったように静かな図書館で。


音楽を聴きながら本を読む。


人が嫌いなわけじゃない。


ただ静かに音楽を聴いていたい。


家だとそんな静かな時間はそうそうない。


曲の合間に聞こえる、頁をめくる音。


いつまでも変わらないで欲しい。


そう望んでいた。




いつから彼が来ていたのかは知らない。


『……好きです』


曲の切り替わりの瞬間に聞こえた、その一言。


はじめは空耳かと思った。


音楽と文字に混ざるように聞こえたその一言。


理解するまで少しかかった。


少し経ってから顔を上げた私は、君の後ろ姿しか見れなかった。




次の日も君は来た。


『……好きです』


私は動かなかった。


君はすぐに立ち去ってしまう。


私は少しして、曲を再開した。


手元の本の内容は頭に入ってこなかった。


次の日も、その次の日も。


学校のある日の放課後は、いつも君は来た。


下を向いて本を見て、ヘッドホンで殻に閉じこもる私に。


君は変わらず一言呟いていった。


そんな君を意識するようになるのに、時間はかからなかった。


最初の告白の驚きは興味に。


興味は段々と胸の高鳴りに。


同時にどうしようもない劣情を伴って。




私は、自分の殻に閉じこもってるだけ。


彼はヘッドホン越しにとは言え言葉を、想いを伝えている。


私はそれを見ない、聞かなかったふり。


彼が囁くあの言葉は、聞くたびに重さと、熱を増して行く。


私はそれをいつまでそれを続けるの?


彼だっていずれは、諦めて来なくなってしまうことだろう。


それは、なんか嫌だ、そう思えた。


私はヘッドホンのコードを抜いた。




「好きです」


君は私にそう言った。


もう何回目か覚えていない、告白の言葉。


放課後、いつもの場所で、毎日のように聞くだけだった。


「私も、好き」


私は本から顔を上げて、君を見た。


いつもと違って。


君は立ち去らず、呆然と私を見ている。


「……え?」


私は本を閉じ、コードのささっていないヘッドホンを外した。


「ずっと前から、あなたが好きでした」

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