スペース・モザイク・ガール

向日葵椎

スペース・モザイク・ガール

 宇宙にぽつり、制服女子高生。

 十鳥ととりは文庫本を読みながら流れていく。


 わたしの星では大人になる前に宇宙に出る。この辺の銀河ではみんなそうだ。宇宙ステーションまでスペースシャトルで行って、そっから発射。

 理由は知らん。勉強は苦手なんだ。

 十鳥は文庫本を懐に仕舞うと、そのままきらめくもやのような球を取り出す。昨日――たぶん――拾った〈マタタキ〉だ。

 ぼんやりした表情で一口かじる。

「あ、写真撮っとけばよかった」

 ぼんやり口だけ動かす。

「ま、いっか」

 十鳥は流れる。


 ふと頭上を見上げると〈何か〉がこちらに向かってくる。十鳥が近づいているのかもしれない。じっと見ていると小さな粒が徐々に大きくなり、その形から〈何か〉は人間であることがわかる。

 手に持った〈マタタキ〉をむしゃむしゃと食べきる。

 向こうからやってきたのはスーツを着た眼鏡の男で、デスクでノートパソコンと向き合っている。リモートワーク中らしい。十鳥にとっては〈おじさん以上おじいさん未満〉の年齢に見える。

 十鳥が頭から近づいているので男からは寝ているように見えるはずだが、すれ違うくらいのところまできたので、ペコリとあたまを下げて挨拶する。

「こんにちはー」

 男が十鳥に気づく。しかしそのとき男のスマホに電話がかかってきたので、男は片手で宙を斬って申し訳なさそうな顔をしながら「もしもし」とそれを耳に当てる。

 そのまま通り過ぎ、遠ざかり、男は点になって消えた。


 十鳥は食後の運動に平泳ぎをする。

 最近ちょっと運動不足を気にしているので、食べた後は運動することにしている。泳がなくても進むが、なんとなく進行方向に泳ぐことにする。

 すいすい泳ぎながら進んでいると、向こうから誰かくる。

 中学生くらいの男の子だ。ブレザーの制服姿で前髪が目にかかっている。

 ――発射されたてかな? 宇宙の先輩らしく振舞おう。

 声が届く距離にくると手を上げる。

「ハロー」

 十鳥は〈困らせてしまったかな〉と思った。

 男の子が十鳥に気づく。

「Hello」

 英語の苦手な十鳥でも、その発音が完璧なものであることがわかった。

 すれ違いざま男の子の前髪が揺れて目が合う。

 ブルーの瞳が遠ざかる。


 男の子が見えなくなったことを確認すると、十鳥は懐から英語の教科書を取り出して読み始めた。

 ――次は少し会話ができるといいな。

「マイネームイズ十鳥。ナイストゥーミーチュー」

「ナイストゥーミーチューチュー」

 一人で会話文を読んでいると、進行方向から「おーい!」と聞こえる。

 声がした方を見ると、同じ制服を着た女子高生〈大槌おおつち〉がこちらに向かってきている。

「あ! つっちー! 髪切ったー?」

「いえーい! 切ったぜー!」

 お互い指をさしながらすれ違う。

 離れながら大槌はスマホで十鳥をパシャリと撮る。

 そのまま見えなくなるまでお互いギャーギャー言っていた。


 大槌と別れて少しすると懐に仕舞ったスマホに着信がある。

 取り出して見ると写真が送られていた。十鳥が写っている。

 十鳥は写真を送り返そうと思い、自分を撮影し始める。

 変顔がうまくいかず何度も撮影していると、スマホに映った自分の後ろに二人の影があることに気づく。十鳥は後ろ向きに進んでいた。

 振り返って見ると、小さな女の子とその母親とみられる女性が手をつないでいた。女の子はまだ幼稚園くらいで、母親は二十代後半に見えた。母親の肩に下がったトートバッグからはネギが半分見えている。

 すれ違うくらいの距離まで近づく。

 十鳥は前髪を持ち上げて立たせ口をとがらせる。

「タコ星人!」

 女の子は大爆笑だった。

 ――やったぜ!

 母親は優しそうな目で微笑んでいた。


 親子が見えなくなり、十鳥は〈タコ星人〉になった自分の写真を撮り、それを大槌に送った。

 送信したあと、前髪をいじりながら「チューチュー」言っていると、前髪の向こうで何かがきらめいた。

 じっと見ていると、それは銀河のように光り輝く髪を持った女子高生だった。ブレザー制服の十鳥とは違うセーラー服。遠目にでもわかる美人だった。

 ――友達になるしかない!

 距離が近くなり目が合うと、十鳥は笑みを浮かべて言った。

「十鳥といいます友達になってください! おにぎりの具はツナマヨでパンにはバターだけで犬ならダックスフントで猫ならマンチカンで〈きのこよりたけのこ派〉ですよろしくお願いします!」

 離れるまで時間がないので急いで自己紹介する。

 女子高生はにこやかに言った。

「私はきのこ派なの。名前は〈ミル〉よ。よろしくね」

「きっと仲良くできるからー!」

 にこやかなまま手を振り遠ざかるミルに手を伸ばしながら十鳥は言った。


 ミルが見えなくなると途端に暗闇に包まれる。

 もしかするとミルの髪が光っていたから明るかったのかもしれない。

 このあたりが暗いことは確かだ。

 自分の姿勢も進行方向もわからない。

 ――スマホのライトはバッテリー食うからなあ。

 そんなことを考えていると〈何か〉に頭がぶつかった。

「いてっ」

 反射的にそう言ったが、ぶつかったものはぐにゃりと柔らかかった。

 頭にぶつかった〈何か〉は十鳥の両肩に引っかかるようにして同じ方向に進む。

 十鳥はそれに触れるのを躊躇していた。

 ――なんか動いてる気がする!

 首筋から全身へ鳥肌が波打つ。

「ひぃ」

 叫びに似た声が漏れたときだった。視界が急に明るくなる。

 横を見ると遠くに眩く光る星。すぐそばの星が光を遮っていたのだとわかる。

 そしてそのまま後ろへ振り向くと――

「た、タコ星人!」

 頭上に触覚を生やした一つ目の宇宙人。触手が十鳥の両肩にかかっている。

「食われてたまるか!」

 十鳥はとっさにピンク色の触手を振りほどこうと手をかけた。

「ちょっと待って!」

 タコ星人が言った。

「喋った!?」

「ぼくは迷ってたんだ! 急に暗くなって、どうしたものかと思ってたら君にぶつかって、そのおかげでここまで出られたらしい。礼を言わせてもらいたい」

 話の通じる宇宙人らしい。

 十鳥は振りほどこうとした触手を持つと、互いの両手をつないで輪を作るようにしてタコ星人と向き合った。

「義理堅いな。というか宇宙人に初めて会った」

「君も宇宙人ではないか……? まあそれはよくて、ありがとう。助かったよ」

「いいのいいの、ラッキーだし。ああ、あなたが迷っちゃったのはアンラッキーだったんだよね。いやあ、それにしてもわたしは宇宙で人助けできたんだなあ」

「そうさ。きみは宇宙の片隅でぼくを救った」

「へへ。じゃあ記念に写真撮っていい?」

「いいともいいとも――ちょっと待ってね」

 タコ星人はとがった口をぐっと開くと、中から人間の頭を出した。

「人間吐いた!? まじか!」

「え? ああ違う違う、これがぼくだって。今着てるこれはぼくの趣味――じゃなくて宇宙服なんだ」

 タコ星人型の宇宙服から頭を出した男は言った。

 十鳥はほっと胸を撫でおろす。

「いやあ、びっくりした。そうだね。写真撮るなら顔出さないと――って……」

「どうしたの?」

 十鳥は男の顔をじっと見る。

 ――めちゃめちゃ男前だな、中身。

「いえ、なんでも」

 十鳥は男と肩を寄せて写真を撮った。

「久しぶりだなあ。誰かと写真撮ったり、というか話すのも」

「どのくらいあの暗闇にいたんですか?」

「うーん、体感一カ月くらいかな」

「うわ、大変でしたね」

「着ぐるみの中は快適だからそこまで辛くなかったけどね」

「へえ。……そういえば、これからどうするんですか? えっと――」

「タコルベリナ・チュークリアンチュー。ぼくの名前だ。そうだなあ、ぼくはまだ宇宙を旅することにしてるけど、決まった目的地はないんだ」

「じゃあタコチューさん。わたしと一緒に行きませんか? わたしはまだ目的地もなくって、とりあえず勉強してるくらいなんです」

「それも旅らしくていいけど……。でもぼくが一緒だと、タコ星人が女の子を襲ってるように見えないかな」

「大丈夫ですよ。よく見ると可愛いです」

「あ、わかる? ぼくの故郷にはわかってくれる人、いなかったんだよね」

「わたしもたまにタコ星人やるんで」

「え? ――そっか、じゃあしばらく一緒に進ませてもらおうかな」

「よし、決定! あ、写真友達に送りますね」


 十鳥はタコ星人と手をつなぎながら宇宙を進んでいった。

 二人は点になる。やがて見えなくなる。

 宇宙の彼方がきらめいた。

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