観測

有機喧騒

観測

 「それ」に気が付いたのは、蒸し暑い夏の夕暮れのことだった。

 うだるような暑さにやる気を完全に吸い取られていた私は、何の気無しにただひたすらに自室の天井を眺め続けていた。

 さて、一体どれほどの時間を無意味に過ごしていたのかと、視線を自室の奥へとやった時である。

 私の自室に、もう一つの視線があることに気が付いた。

 私の背中を冷たい汗がつたうのを感じる。

 盗撮?ストーカー?通報した方がいいのか?止まっていた思考が回転を再開する。

 だが、やがて私はもう一つの事実に気が付いた。

 私のことを見ているとばかり思っていた「視線」は、私だけでなく、私の自室を見回したり、窓から見える街並みを眺めたり、ふといなくなってはまたしばらくして戻ってきたりする。

 ひとまず、盗撮やストーカーなどといった割と洒落にならない類のものでないことを確信した私は、再びうだる暑さにやる気を吸い取られた。


 「視線」に気が付いてからしばらく経った。

 相変わらずそれは色々な場所を見回しては時々いなくなって戻ってくる、というのを繰り返していた。

「それ」が一体何を見ているのか。時々それが見ている先を私も目で追ってみたが、特に共通点はみられなかった。

 犬、信号機、雑居ビル、通学する私、交差点を行き交う人々、この街。

 どれもこれもこの世界中にありふれていて、どこにでも存在する。


「 世 界 」 ?


 あの「視線」はこの世界そのものを見ているのか?

 それに、「視線」が私のことを眺めている時、私はいつも何かを思考していた。



 見えているんだな?私の「思考」が。



 私達の過ごす世界は本当に存在しているのだろうか?実は私達の現実は、何者かに産み出された虚構なんじゃないか?

 実にありふれた思想だ。誰しもが一度は考えたことがあるだろう。

 だが、そんなありふれた思想も、証拠や確証が無ければただの机上の空論に過ぎない。

 いや、過ぎなかった。

 私を、私達を、この世界を眺める「視線」


 「お前の視線」だよ。


 気が付いたよ。私が現実だと思っていた世界は、何者かによって産み出された虚構だったと。

 お前のいる世界、つまりお前達にとっての現実で、私の世界は文字やイラスト、映像…何らかによって映し出されているのだろう。

 果たして本当にそうなのか?

 お前の見ている現実は紛れもなく本物だと言い切れるのか?

 現に私の現実は虚構だった。

 考えてみれば、自分が今見ている現実が本物かどうかを裏付ける証拠などどこにも存在していなかった。

 ただ単に疑うことをせずに勝手にそうだと決め付け、錯覚していただけなのだ。

 お前の現実は、誰かによって産み出された虚構じゃないと、本当に言い切れるのか?


 「お前の現実が本物だという保証は、どこにもない。」

 

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