第2話「旅立ち」
目的地の町へと移動しながらあれこれ話しているうちに、いつの間にか長旅の心構えの話から俺の旅の話に切り替わってしまっていた。
「水の都……!森都に学術都市!本で読んだことはあるけど、やっぱりそういう場所も実在するのね!」
目を輝かせて楽しそうに聞くものだ。こっちまでつい調子に乗って話してしまう。
「長旅をするんだったら、そういう風にまだ見ぬ色んな国の楽しいことや、目を見張るような絶景との出会いも良いもんだぞ。掛け値なしに醍醐味といえるだろうな。」
「ええ。それにしても、フフッ。」
「なんだよ?急に笑って……」
「なんだか詩的だなと思って。実は結構ロマンチストだったりするのかしら?」
「ぐ……ほっとけ!でもまあ、実際の国ってのはそんなふうに良い部分だけでもなくてな。」
「やっぱり、国ごとにいろんな問題を抱えてるのね……」
「ま、旅を続けるならそういった問題にいくつも直面するだろうな。見聞を広めるって意味じゃ、嫌というほど知ることになるだろうよ。」
「そう、なのね……」
神妙な面持ちの少女に半ば呆れつつ声を掛ける。
「まだ気が早いだろ。そういう時の事を考える以前に、お前にはまだ学ぶことがたくさんあるんだからな?」
「わ、わかってるわよ!」
「本当か?……っと、そうこう言ってるうちに目的地が見えてきたな。」
《交易都市アルディク》
「ここは何度か来たことがあるわ。商業が盛んな町なのよね?」
「ああ、王都の商業区には及ばないが此処には此処の良さがあってな。例えば……ちょっと待ってろ。」
果物を二つ買い片方を差し出す。
「ありがとう。……あ、おいしい」
「作物の鮮度は流石のものだ。品揃えの豊富さは勿論、宿の質も……まぁ良好だ。かなり恵まれた町と言えるだろう」
「へぇ、随分詳しいのね?」
「実を言うと、以前ここを拠点に活動してた時期があってな。その時の挨拶回りも兼ねて、ここを集合場所に指定したんだ。さて、まずはその拠点にしてた宿屋に行くか。先に言っておくが、なかなか強烈だぞ。」
「強烈?宿屋なのに強烈……」
《宿屋『風見荘』》
「いらっしゃァい…ってあら?ヤダまぁゼクトちゃんじゃない!」
「ど、どうもエリンさん、お久しぶりです。」
こぢんまりしてて温かみのある宿、そこからのこのクセの強い店主……懐かしさと共に押し寄せる恐怖、久々だが相変わらず強烈だな。
「ホント最近ご無沙汰だったじゃないの!それでそれでェ?何の用で来たのかしら?」
黙っていれば長身の美青年、しかし心はある意味女性よりも乙女。姉御肌で頼もしいこの宿の店主、エルドリン氏。通称エリンさん。相変わらず元気にやってるようだ。
「実はここでユーノと合流する予定でして。先についてないかと見に来たわけです。」
ユーノはこれから合流する仲間のことだ。会うのはひと月ぶりくらいになるか。
「あら、ユーちゃんも来るのね?でもまぁここには来てないわねェ。」
「あの……」
間に入りづらそうにしていたレイフィアがひょこっと顔を覗かせる。
「ああ、悪い。話し込んじまったな……エリンさん、同行者のレイフィアです。」
「えっと、お初にお目にかかります。」
「あら?あらあらちょっとちょっと!どういうこと!?あのゼクトちゃんが女の子と一緒だなんて!」
乙女というよりはおばちゃんみたいなノリで衝撃を受けた様子のエリンさん。『あの』ってどういう意味だ。
「??……ただの同行者ですよ。王都から来る途中で拾って、ここまで連れてきたんです。」
「ハァ~、少しでも期待した私がバカだったわァ……それでお嬢ちゃん、何でまたこの困ったちゃんに付いてきたのかしら?」
「えらい言われようですね……」
出会った経緯や事情をマリンさんに話した。
「なるほどねェ……それならユーちゃんに聞いたほうが良さそうと考えた訳ね。」
「そうそう、男の目線じゃわからない事もあるだろうからってな……」
「あいにくユーちゃんは来てないけど……運が良かったわね♪今ちょうどロザリーちゃん達も来てるのよ。折角だし、挨拶がてら色々聞いてみたらいいんじゃないかしらァ?」
「本当ですか?これは幸運だな。あいつなら協力してくれるだろうし、早速顔を出してみるか。それじゃあマリンさん、また後で。」
「失礼します。」
「――ちょっと待ちなさいな。」
去ろうとしたところでマリンさんに肩をソフトタッチされる。
「ヒッ…なんですか?」
「そっちの彼女…レイフィアちゃんだったかしら?彼女、旅をするのにそんな格好で大丈夫なのかしら?」
「ああ、そうか…ちょうどいいな。マリンさん、よかったらこいつの旅装を見繕ってくれませんか?お代は俺が持ちますんで。」
「え?いや私は……」
「その言葉を待っていたわ!」
マリンさんの眼がピカーンと光り、危ない感じのオーラを出し始める。
「カモーン!風見ガールズ!」
「「はーい!」」
「イヤッ…ちょ、ドコ触って―――な、何なのーーー!?」
マリンさんが高らかに指を鳴らすと、店の奥からフリフリのエプロン姿の美女たち――この店の従業員が現れた。彼女たちは眩しいスマイルでレイフィアをひっ捕らえて部屋の奥に連行していく。許せ……これも後学のためだ。
これは、マリンさんが趣味で作り上げている数々の旅装の中から最適の服をチョイスしてくれるという、お得意様限定のサービス。今回はこうして従業員が採寸しているが、男の場合はマリンさん直々に採寸される。あの舐めまわすような手つき……うぅ、思い出すだけで力が抜けていく。
それからしばらくして店の奥から風見ガールズの一人が出てきてマリンさんに紙切れを手渡す。
「採寸完了ね。どれどれ…んまっ!これはかなりの上玉だわ!」
おお、テンションが上がってらっしゃる。どうやら彼女のプロポーションがマリンさんのお気に召したようだ。……我ながら何を言っているんだろうか。
「さて、もうちょい時間かかりそうな雰囲気ですし、俺はその辺をぶらついてきますね。」
本音を言うと、男としては若干居づらい空気になりつつあったのでちょっと避難しようと思った次第である……
「あら、そんなに気を遣わなくてもいいのよ?……聞き耳を立てても、黙っててあげるわ♪」
「勘弁してください……」
《商店通り》
相変わらずの賑わいを見せる大市を見て回る。さて、何かいいものはないかな――と、これは……
《数十分後・風見荘》
ある程度の情報収集や買い物をしつつ、時間も潰せたので再び宿へ戻ってきた。そろそろ終わってるよな……?
「ただいま。終わったかー?って、おお。」
「戻ってきたわね……!」
宿に戻ると着替え終わった様子のレイフィアが迎えてくれた。長旅を想定した機能的な、それでいて女性らしい意匠が映える文句なしの旅装だった。肌の露出は増えたがその分動きやすそうだ。
「へぇ、いいな。これなら長旅でも問題はなさそうだ。」
「何が問題はなさそうよ!よくもこんな目に遭わせてくれたわね……」
半泣きで恨みがましい様子のレイフィアとは対照的に、大満足といった様子のエリンさんがやってきた。
「ンフフ~、私も久々にマーヴェラスなコーデができて楽しかったわァ♪お代はちょっぴりまけとくわね?」
請求書が手渡される。現状の手持ち的になかなかの打撃だが…
「良心的な金額…感謝します。」
ついつい見栄を張ってしまった。悲しい男の性である。
「あらあら、ゼクトちゃんもなかなかイイ男になってきたわね。」
この金額を良心的と偽れる大人の対応が、だろうか。
「それじゃあ今度こそ行ってきますね。」
「あの、ありがとうございました!」
「はぁい、気を付けていってらっしゃい!」
《商店通り》
「ハァ……本当に強烈だったわね。」
「だろ?でもああ見えて仕事ぶりは大したものだ。風見ガールズ達の有能さも推して知るべしってやつだな。」
「ええ、それはもう身をもって思い知ったわ……それより。」
何やらご機嫌ななめ。まあ無理もない気はするが。
「ん、どうかしたか?」
「何か言うことがあるんじゃないの?」
――ああ、そういうことか。俺も一応商人の端くれだし、こういう機微はある程度察することができる。
「いきなりあんな目に遭わせて悪かったな。あと、よく似合ってる。最初見たときは正直驚いたよ。」
「フン、一応及第点かしら……まぁ、宿屋の件は許してあげるわ。」
「お代も俺持ちだったのに理不尽な……まぁいいけども。それより、思わぬ朗報を得られた訳だが。」
「ロザリーって人が来ている話ね。その人も冒険者なの?」
「いや、巡回シスターってやつだ。大陸各地にある、司祭のいない小さな教会を回っているんだったかな。」
「それはまた敬虔な……もしかしてその人もひとりで旅をしてるの?」
「いや、護衛の神殿騎士がいる筈だ。そっちのツラはあまり拝みたくないが……」
しばらく歩いて教会の前に到着する。扉の脇には見覚えのある男が立っていた。拝みたくない方のツラだったが声をかけないわけにもいかない。
「よう、久しぶりだな。宿で話を聞いたんで、挨拶に来た。」
「……なんだ、お前か。」
相変わらずの無愛想だな……眉目秀麗な風貌の騎士様が表情を崩さずにこちらを見る。
「レイフィア、こいつが今話した護衛の神殿騎士、オーレンだ。」
「初めまして、レイフィアです。」
「お初にお目にかかる。神殿騎士のオーレン=アルトレイクだ……お見知りおきを。ところで。」
怪訝そうな表情で俺を見るオーレン。まぁ、さっきと同じ流れだろうな。
「何ゆえお前のような野良犬と、このような真人間のお嬢さんが行動を共にしているのか、聞かせてもらおうか?」
ほら見ろ同じ理由だ。エリンさんもだがこいつも大概だな。先程同様にレイフィアの事情を話す。
「なるほど、それでロゼを訪ねた訳か。確かに、同性でしかわからない事も多少なりとあるだろうな……」
「ええと、ご迷惑でなければですけど。」
「まぁ、大丈夫だろう。人助けが生き甲斐などと言ってしまうほどにお人好しだ。二つ返事で了承するのは間違いないだろう。」
「だな。むしろ話さなかったら後でどやされるくらいだ」
などと駄弁ってるうちに教会から少女が出てきた。
「オーレンさん、お待たせ致しました。あら?あなた方は……」
薄紅色の髪を携え、シスター服に身を包んだ少女。ロザリー=ファーレンガルトその人である。
「よ、久しぶりだな。だいたい1年ぶりくらいか?」
「まぁ、ゼクトさん!いらしていたのですか?」
「ちょうど予定があってな。にしてもここで再会とは……これもいわゆる主の導き、というやつか?」
「ええ、本当に……それに貴方にも、良き出会いがあったようですね?」
本日3度目です。何故皆そういう風に捉えるのか……おまけにこいつに至っては一切の悪意がない言葉で祝ってくれるもんだから、何故かこちらの良心が痛むことこの上ない。とはいえ誤解を放置するのも面倒なので、例によって事情を説明する。
「そういう事でしたか……わかりました。私でよければ是非とも力にならせて下さい。」
予想通りレイフィアへの助力を二つ返事で了承してくれた。本当にお人好しだな……
「ありがとうございます!」
「ですが申し訳ありません……まだ教会のお務めが残っていまして。」
「まぁすぐに始める必要はないだろ。そっちの都合がついたら風見荘に来てくれ。」
「わかりました。では後ほどお伺いしますね?」
「失礼する。ロゼ、行くとしよう。」
2人に一旦別れを告げた後、再び市場へやってきた。
「このまま待つのもなんだし、ユーノが来てないか捜しに行くか。まずは街で話を聞いてみよう。」
「その前に、そのユーノって子の特徴を教えてくれない?」
「そうだな、首にかかるくらいの銀髪が一番の特徴だな。あと短めのマントを羽織った黒い恰好の奴だ。結構目立つから、一目見ればわかると思うぞ。」
「了解よ。早速探してみましょう。」
「さっきの旅装のくだりを待ってる間に、市場での聞き込みは済ませておいた。そこ以外の商店や、街中の通行人なんかを中心に話を聞いてみよう。」
そうして二人聞き込みを開始する。街行く人に始まり、工房や武具屋から先程の教会の人々、自分達と同じく町に立ち寄った商人や冒険者に話を聞くも、これといった情報は得られなかった。ただ、話を聞いた数人から気になる情報を得ることができた。
「結局ユーノに関する情報はなかったが……物騒な話がちらほら出てきたな。」
「最近、旅人や行商が盗賊の襲撃に遭っているという話ね。」
「時期や頻度から推測すると、最近になって盗賊団が近くに潜伏したと見るべきだろうか。」
「盗賊団……大丈夫かしら?」
「丁度いい。真偽を確かめてみるか……少し嫌な予感もするしな。」
「え?それってどういう……」
《to be continued...》
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