ダブルフェイスの旅路

Niboshi

第1話「邂逅」



《王都ルセリア近郊・森林地帯》


「ハァ……ハァ……振り切った…?」


 イシュナード王国の王都からそう遠くない場所の森林地帯。昔から時々訪れていたこの場所なら、そう簡単に追っ手に見つかることはないはず。


「何がただの悪ふざけよ。後悔しても知らないんだから……」


 私は、世界を見なくてはならない。今このときの「現実」を知るために。しかし今後のことを考える間もなく、後ろから足音が聞こえてきた。茂みに身を隠し、息をひそめて様子をうかがう。


(まさか……魔物?)


 戦う力はあるにはあるけど、あくまで護身用に習った剣術と、今は申し訳程度の魔術しか戦うすべはない。それでも、何もないよりは…


 剣を抜き、足音の大きさで相手との間合いを測る。やり過ごせればそれが一番だけど、もし近づいてくれば不意打ちで倒して、何とかこの場を切り抜けないと……




《数刻前……王都近郊・森林地帯》




 まだ日も登りきらぬ早朝。王都を出発して近郊にある交易都市を目指し、森林地帯を歩いているさなか、何やら奇妙な足音が聞こえてきた。それが鎧のものだと気づき、少しばかり緊張気味に歩みを進める。


(甲冑の足音……こんな時間、こんな場所にか……?)


 近くに王都があるとはいえ、ここは人があまり来ない場所だと聞いていたが……しばらくすると次第に人影が見えてきた。見たところ王国の騎士のようだ。


 別に後ろめたいことがあるわけではないが、思わず身構えてしまう。よし、下手にコソコソするとかえって疑われそうだ。こっちから行ってみるか。


「何者だ。」


「失礼、別に怪しいものではございません。」


 いきなり斬りかかられる可能性も考慮していたが、杞憂だったようだ。数人の騎士の小隊……しかも装備からして一般兵ではない、近衛兵クラスの精兵だ。そんな連中がこんな場所に何の用があるんだろうか。


「なにやら物々しい雰囲気を感じ取り、伺わせて頂きました。差支えなければ、いかなる用で参られたか、お聞かせください。」


「バカなことを……教えられる筈がなかろう!」


 騎士の一人が憤慨する。まぁ、そりゃそうだよな……。


「いたずらに波風を立てるものではない。すまない、部下が失礼をした。実は人探しをな……この辺りで、少女を見かけてはいないかね?」


 隊長らしき男が答える。おお、案外なんとかなるものだな。それにこの男……いや、余計な問答はやめておこう。


「少女ですか。こんな森に?……いえ、見かけていませんね。」


 あいにく本当に知らないのでやれやれとばかりに首を振る。


「そうか…それはそうと君の方こそ、こんなところに何用で来たのかな?」


「ああ、自分は……」


 懐からあるものを取り出す。


「入国許可証……旅の者か。」


「先刻、王都から出発した身です。若輩者ゆえ活力だけが取り柄。見聞を広めるのも兼ねて、行商として各地を旅しているところです。」


 あながち間違ったことは言ってない。本来の目的ではないが、そう言っておいたほうが差し支えないだろう。


「ふむ……だが万が一ということもある。積み荷の中身を確認させてもらうぞ。」


「ええ、どうぞご自由に。」


 見られてまずいものは積んでいない。騎士の一人が荷車の確認に入る。


「荷車の中は問題ありません。異常はないようです。」


 ……フルフェイスの兜でわからなかったが、どうやら女性のようだ。


「そうか。では捜索を再開する……手間をかけたな。」


「いえ、此方こそ不敬の数々…申し訳ありませんでした。ではこれにて失礼致します。」


「うむ、旅の無事を祈らせてもらおう。」


「ありがとうございます。」


「…………………………」


 騎士のうちの一人…先程荷物を調べた女騎士が何やらじっとこちらを見ている。


「なにか御用でしょうか?」


「……いや、何でもない。失礼する」


 張り付けたような笑顔で頷き、騎士達を見送る。思ったより礼儀正しかったな……精強と名の知れた王国騎士なだけあって、さすがの礼節といったところか。……全員が全員そうというわけではないのだろうけど。


 一応周囲に気を配りながら目的地の交易都市を目指して再び移動を開始する……と、少し進んだところで違和感を覚える。自然の物ではない、香水の香りだ。さっきの騎士たちが探しているという少女かもしれない。出処である茂みにゆっくり近づいていく。


「おい、そこで何を……」


「っ!」


 声を掛けるや否や、隠れていた相手は思い切りの良い踏み込みで斬りかかってきた。


「うおっ!」


 間一髪避けられたが、何とも心臓に悪い。野盗か何かと間違えられてるのか…?相手の風貌は俺と同じくらいの年の少女……くだんの探し人で間違いなさそうだ。


「落ち着け!俺は野盗じゃない!」


「あれ?ひ、人……?」


「見りゃわかるだろ!」


 野盗どころの疑いではなかった。というか、見境なく斬りかかってきたのか……


「ご、ごめんなさい!大丈夫?ケガはない?」


「問題ないよ。それにしてもお前、もしかしなくても追われてるらしいな。いったい何やらかしたんだ?」


「やっぱり追手が来てるのね。その、何というか……そう家出!家出したのよ!」


「家出、ねぇ」


 娘一人の家出で王国騎士……しかも近衛兵が動く事態か。どうもこいつは特殊な事情を抱えていそうだな……


「ちょうどよかった!貴方、匿ってくれない?」


「ちょっと待て。いきなり何言い出すんだ。」


 そもそも年頃の娘の家出に協力するって倫理的にまずいんじゃないか?加えてこいつは曰くつきの人間みたいだし、ここは大人しく帰ってもらうか……


「いいから早く王都に戻れ。なんなら送っていこうか?」


「それはできないわ!」


 即答で拒否ときた。強情な奴め……しかし匿えば追われる身。どうしたものか……


「まぁ無理に送り返しはしないが、こちとらしがない行商の身でな。頼ってもそれほど意味は無いと思うぞ?」


「う……でも私は、どうしても旅に出なきゃいけない理由があるの。」


「旅ねぇ……冒険者にでもなるつもりか?というか、そもそもその格好じゃ旅なんてままならない気もするが。」


 意気込みは感じるが、とても機能性がある服装とはいえない。なんというか、長旅というよりはちょっとした旅行という感じの出で立ちに見える。


「え……そ、そうなの?」


「ああ、数日の小旅行ならまだしもな……」


 長旅となるとそうもいかない。宿のある町に一日でたどり着かないから野営なんてことはざらにある。ゆっくり休むなんて望むべくもない。


「確かに無計画だったかも……それでも私は!」


 ホントに強情だな……明らかに面倒事だが、折れるしかなさそうだな。


「ああもうわかったよ。要するに、お前は王都に戻るつもりはないんだな?」


 俺の問いかけに対し、不安な面持ちながらもしっかり頷く少女。言ってることに嘘はなさそうだし、まず素直に話を聞くような感じでもない。


「…ハァ、こうも立て続けにトラブルがおこるとは。」


 再び目的地へ向けて歩き始める。さて、どう扱ったものか。


「あ、ちょっと!」


「俺はこれから隣の町まで行く。旅を始めたいんなら、このままついてこい。」


「え?――ええと、いいの?」


「下手に旅を続けられて、何かあったら寝覚めが悪いからな。関わった以上、最低限の面倒は見るってだけだ。」


「…………………………」


 まだ状況を理解していないのか、きょとんとした表情のまま固まっている。


「俺の根負けだよ。隣町までなら特別に匿ってやる。それから長旅の心得もちゃんと教える。これでいいか?」


「ほ、本当に?自分で言うのもなんだけど、動機がめちゃくちゃなのに……」


「自覚あったのか……それはいいとして、まぁ乗り掛かった船ってやつだ。そこまでは面倒見るが、後の事はお前の好きにするといいさ……何呆けてるんだよ?」


「いえ、何というか……無理は承知で頼んだのに、あっさり許してくれたから……」


 言われてみれば確かに、正直自分でもどうしてかわからない。危なっかしくて放っておけない雰囲気からか、気が付けば避けたいと考えてた選択肢を選んでしまっていた。


「……ま、昔から何かと面倒事を抱え込む節があってな。こういうのには慣れてるんだよ。」


 結局それらしい答えが見つからず、はぐらかすように荷物を持ち上げる。


「さて、昼までには着いておきたいし早速行くとしよう。」


 何から教えようか考えているうちに、とあることに気づく。そもそも一番最初に教えるべきことを忘れていた。


「そういえば自己紹介がまだだったな…俺はゼクト。大陸中を旅している。一応、行商ということになるな。よろしく頼む。」


「ええ、よろしくね。行商か……何というか色々あるのね。見たところ歳は私とそんな変わらない気もするし。」


「17だ。旅を始めたのが12の時だったから……思えば結構経つんだな。」


「ふぅん、同い年なんだ…って、そんな小さい時から各地を転々としてるの?」


「ま、色々と訳ありでな。」


「えっと……やっぱり、この大陸にはそういう特殊な事情って多いものなの?」


「いや、自分で言うのもなんだが、俺はかなり特殊な方だと思うぞ?って俺の話はいいんだ。次はお前な。さすがに俺だけ語ってはいそうですかとはいかせんぞ。」


「勿論わかってるわ。私はレイフィア。生まれも育ちも王都になるわね。今は……とにかく大陸の現実を知りたくて、こうして旅に出たの。」


 やはり素性は伏せるか。まぁ、本人が話す様子もないので無闇に聞くつもりはない。誰だってそういった秘密は持っているものだ。


「色々あるのはお互い様、だな。」


 ただ悔しいから釘は刺しておく。


「あはは……ええと、そういえば聞きそびれてたけど、その都市には何か用事があったの?」


 おおかた、自分の都合に合わせて、俺が元々の予定を変更するのがしのびない。とでも思ったんだろう。隣町へは元から向かう予定はあったから問題は無い。


「ああ、実はそこで仲間と落ち合う予定があってな。」


「…え?仲間?」


「いや、なんだその疑いの目は。俺の名誉の為言っておくが、常に独りって訳じゃないからな!」


 まったく偏見も甚だしい。いや、本当に俺がそう見えるような雰囲気なんだろうか。なんだか悲しいことを知ってしまったような……


「あ、違うの。そうじゃなくて……何というか、あなたってなんだか一匹狼を気取ってそうだったから。」


「……お前、結構ハッキリ言うよな?」


 といっても、正直なところ間違ってもいない気はするが……


「あ、ごめんなさい。つい……」


「別にいい……と、一旦ストップだ。どうやら敵さんらしい。」


 体勢を低くして構える。草陰から現れたのは……ウルフか。個々の危険度は大したことはないが、囲まれると面倒だ。数は5体……日も高く、周囲もひらけている。これなら何の問題もない。少し前に出て抜刀、戦闘態勢に入る。


「わ、私も…!」


「おとなしくしてろ。その格好じゃまともに動けやしないだろ。」


 この付近は比較的魔物が弱い。だからこそ人が集まり、王都なんて大きい都ができるというわけだが。


「でも数が多いわ。少しでも分断させられれば……」


「いいから見てな。」


 下段に構え、瞬時に接近。黒色の刀身が唸りを上げて無慈悲に襲いかかる。


 まずは斬り上げで1体撃破し、勢いを殺さずにそのまま跳躍。そこから太めの枝を蹴って反転、そのまま肉薄し、横一文字に薙いで2体同時に撃破。


 続いて、右足を軸に回転。左足で落ち葉を巻き上げ敵の注意を逸らし、間髪入れずに死角から一閃。残り2体も撃破し、5体すべてを片づけた。


「よし、ざっとこんなもんだ。」


「え、え?何……今の。」


「あー、今みたいな不意打ちとか、気になるか?」


「いえ、そうじゃなくて。なんというか……前に王都で兵士の戦いを見た事があるけど、全然違うから驚いたわ。」


「そりゃまぁ、装備の違いってやつだろ。あんな重い鎧着てたら、今みたいに跳ね回れないだろうしな。」


「あはは、それもそうよね……それにしても、それだけ腕が立つなら何処かに仕官してもいいんじゃない?」


「まぁそうなんだろうが、こうして気ままに旅する生活も捨てがたいんだよな……」


 本来の目的ではないとはいえ、この行商としての生活は性に合っている。……本当はもっと自分の道を探すべきなのかもしれないが、今はこれでいいと思っている。


「話が逸れたな。約束通り長旅の心得を教えるから、しっかり聞いとけよ?」


「うん、よろしくお願いします。」



《to be continued...》

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