どうして……?


 ━━ドォン!!


 激しい風の激突で目も開けられなくなり、皆が目を開けた時にはすべてが静まり返っていました。


 そこには血まみれで、誰かが倒れています。

 しかしそれは……サーニャではありませんでした。


「グレイザード!!」


 なにかに切り刻まれたようにボロボロになったグレイザードを、サルリバーザ卿が慌てて抱き起こしていました。


 いったい何があったのか……リーリアとサーニャへ目を向けると、そこには光の壁がサーニャを守るようにそびえ立っていました。


「あ、あれ……無、無傷です……?」


 怪我をしてないサーニャは恐る恐る目を明け、自分の体を確認していました。


 この魔法は……リーリアが放ったのでしょうか。彼女は彼女で、両手を前につき出して現状を把握するのに必死になっていました。


「リ、リーリアちゃんが助けてくれたの……?」


「わかんない……ただ、サーニャが危ないって思ったら……ワケわかんなくなって……」


 リーリアも状況を理解できていないようで、集中が途切れたからなのか、光の壁も音を立てて崩れていきました。


 今のは……カウンター魔法でしょうか。しかし杖もなしに、ノーネーム魔法でこれほどの威力を保つだなんて、とっさとはいえ才能がなければできないことでしょう。


 そんな才能の持ち主が、平民の生まれで出てくることは稀なこと。奇しくもグレイザード家の魔法が、リーリアの出生を裏付けてしまったのです。


「誰か早く医者を呼んでくれ!」


 現場は騒然となり、急ぎ係のものが医者を呼びに走りにいきました。観客たちも危ないからと避難させられ、私たちもその誘導に従います。


 慌ただしく動く中、リーリアとサーニャはなにか話しているようです。見ると、リーリアがサーニャの頬を叩いていました。


「何であんな無茶したのぉ!! 死ぬところだったわよ!!」


 本来魔法が発動していなければ、あの攻撃は間違いなくサーニャを襲っていたでしょう。そうなれば……考えたくもない結果となっていました。


 リーリアが怒るのは無理はありません。かく言う私も、あとでお説教しようと思っておりましたから。しかしその必要もないようですね。


「あのねサーニャ。お願いだから自分を大切にしてよぉ。あんたに死なれたら、私は悲しいんですぅ。」


 片方の頬を赤くしたサーニャは、不思議そうにリーリアを見ていました。


 彼女は記憶がないこともあって、自己肯定感が非常に低いのです。口には出しませんが、それが災いして無茶なことをするときがたまにあります。


 自分を探してくれる人がいない、自分に価値がないのではないか、そう思っているようなのです。


「けど、リーリアちゃんが無事でよかったです。私はほら、今元気ですから。次はもう無茶しません。だから、泣かないで。」


 ぽろぽろ泣いているリーリアは、小さく「ばかぁ」とサーニャにすがって泣いていました。よしよしと頭を撫でるサーニャは彼女をつれて誘導に従います。


 広場に誘導され、後にきた自警団員の取り調べを受けることになり、私たちは洗いざらい、今回の件を話すことにしました。


 私が事情聴取された、などと聞いたスチュワートは慌てて飛んできて私の担当になってくれました。事情聴取部屋で彼は呆れたようにため息をついておりました。


「全く君は……毎度毎度騒ぎを起こしすぎだろ」


「好きで起こしている訳じゃないわよ。それに今回はグレイザードが自爆しただけ。」


 危うくこちらに怪我人が出るところでしたから、今回の策は完璧に成功したとは言えません。


 いくら私有地といえど、そもそも人に危害を加える魔法はご法度。特別な大会や競技でもない劇場での魔法使用は、暴力行為として処罰されます。


 今回に関しては観客の目の前で起こったこともあり、言い逃れはできないでしょう。


「君が珍しく劇団のチケットをくれたから楽しみにきたのに、あんなもの見せるとは思わなかったよ。……もしもの時は僕を動かすつもりだったろ?」


「現に今動いてくれてるわね」


 ふふ、と笑うと、また深いため息が零れました。


「とりあえずこの件は僕が受け持つことになった。詳細はまた後日伝えるから今日は帰っていいよ。」


 調査が長引かないよう、現場を見ていたストゥーが対応するのは利に叶ったこと。自警団も、早急に事件を終わらせたいのでしょうね。


 こうしてようやく皆解放された頃には夜になっていました。しかし私たち侍女に休みなんてありません。


 リーリアだけは休ませて、私もサーニャも、そして使用人総出で夕食の準備を始めます。


 これにはお嬢様も苦笑いをされておりました。


「使用人なんて他にもいるから休めばいいのに」


「お嬢様。レイちゃんは仕事してないと死んじゃうタイプの人なのよぉ。」


 そうルージュにはあきれられましたが、私だって疲れていれば休みます。ただ、頑張られたお嬢様を労ってから休むだけのことです。


 皆くたくたでしたが、それはそれです。

 てきぱきと仕事をして、ようやく休める時間になった頃……。


 言うまでもなく泥のように寝てしまって、遅刻したものが何人かいましたが、今日だけは目をつぶりましょう。


 そして数日後……。

 事件の報告をしに、ストゥーがやって来ました。

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