本番

 劇は滞りなくなく進みました。

 序盤はリーリアの過去、そして中盤にいじめを受けるシーンでは観客の心をうまく掴めたようです。


 もちろんこれは劇。フィクション作品のつもりでみている観客の中で、グレイザードのみ苦虫を噛み締めたような顔で劇をみては、時おりなにかを、本日は一緒に講演を見に来ている父親……サルリバーザ当主に向けて呟いていました。


 舞台袖と言うのは、意外と観客の様子を見るのに最適のようです。


 観客の入りの方は心配していましたが、そこはロミアがなんとかしてくれたようです。


 彼が貴族、平民問わず、こんな噂を流したそうです。


『“あの”ルクシュアラ家の推薦をもらった劇団が一日限定で公演をする』


 そう噂を流せば、なんと満席となったのです。


 お嬢様の悪名がまさかこんな形で役に立つとは。悪女のお墨付きは世間の興味を引くのにうってつけでした。


 ……他にもお嬢様がチケットを買い占めご友人に配り、ご友人の交遊関係のある方々を誘ってもらった、というのも満席の理由のひとつでしょうけれど。


「はぁー、すっきり! たまにはいいわねこういうの!」


 ご自分の役を終えられたお嬢様が、清々しいお顔で舞台裏へと戻ってこられました。


 リーリアの母親役の私は早々に役が終わりこうして待機しておりましたが、まだ出番のあるサーニャは一人青い顔をして、人の字を何度も掌に書いては飲み込んでおりました。


「おかえりなさいませお嬢様。」


「ただいまレイ! 見たでしょ私の悪役ぶり! 観客の非難の目が心地よかったわ!」


 ふらふらとお嬢様と入れ違いに舞台へ向かうサーニャを見送りながら、お嬢様へ一礼をすると、お嬢様はご満悦な様子で観客席へと目を向けておられました。


「はい、とてもよい演技でございました。」


「でしょ! 私演技の才能があるのかしら。」


 いいながらお嬢様は、リーリアとサーニャの演技を見つめておられます。確かに、悪役令嬢の役ならばお嬢様には才があるでしょう。


 ……普段とあまり変わらないとは口が裂けても言えませんが。


 そうして劇はとうとう終盤まで差し掛かります。今はサーニャ……お嬢様役が終盤の直前まで間をとってくれているのですが……。


 主役のリーリアの姿がありません。

 もう間もなく終盤の変更したシナリオへと突入するというのに……いったいどこへ?


「お待たせしましたぁ。時間かかってすみませぇん。」


 ギリギリになって現れたリーリアの姿は、また皆の口を開かせました。


 ウィッグをはずした彼女はいつもの学生服ではなく、ゆったりとした濃いめの青色の服装……あれはたしか、東の国特有の着物……というものにとてもよくにています。しかしそれとは少し違う点がいくつか。


 私の知っている着物なるものは一枚の布を巻いて着るもの、という認識ですが、彼女のそれは上下が別れ、ズボンの機能はきちんと果たしています。さらに襟はゆとりを持った設計で、今にも地についてしまいそうなほど長いのです。


 また必要ないはずの帯は黒で巻かれ、後には大きなリボンがついており可愛らしいデザインです。


 これはいったい……?


「リーリアちゃんがねぇ。お母さんが持ってた衣装をアレンジしてって言うから、急いでやり直したのよ。」


 ひょっこりとリーリアの後から現れたセルビリアの質問に、私は一人納得しました。


 実は一ヶ月前、セルビリアに東の国特有の伝統衣装に関する書物を頼まれたのです。幸いにもヘンリーが東洋文化が大好きで、それに関する書物を大量に所持していたことから借りることはできましたが、このためだったようです。


「すごいじゃないセルビリア! リーリアが別人みたい!」


 お嬢様がはしゃがれるのは無理もないでしょう。長いウェーブのかかった黒髪を一つに纏め、髪飾りをつけて着飾っているだけでなく、化粧をした姿はいつもの彼女と別人のようですから。


「それじゃ、役者は私一人だし、そろそろいってきまぁす」


 私たち二人の横を通りすぎた彼女は、サーニャと入れ違いで舞台に上がる……前にこちらへ振り返りました。


「見ててね、レイさん、お嬢様。これがお母さんが私に残してくれた、大切なものだから。」


 彼女は笑うと、舞台へ上がりました。


 誰もいない舞台で、証明すら消えている中、リーリアは歩きだします。


 すると、ふわり、ふわりと彼女が歩く足元から、丸い光が浮き上がっていきます。赤、青、黄色……優しい球体がやがて辺りを満たし、観客席まで溢れだしていきます。


 これは……光魔法のようです。


 よくみると、舞台上で隠れながらロロが魔法を使っていました。暗いからこそなせる、幻想的な演出に、観客達は息を呑んでいます。


 掴みはいいようです。


 すると舞台裏が慌ただしくなりました。みると、ラピスラズリの娼婦達が、その手に楽器を持って裏に回っていたのです。


 その手に持つ楽器もまた、東洋独自の楽器でした。たしか、琴や三味線、というのでしたか。


 ラピスラズリのオーナー、マダムが合図をすると、独特な音色が辺りに響き渡ります。


 そしてその音色に合わせて……リーリアは踊り出します。


 その動きは、ダンスとはまた違う……後でわかったことですが、舞という独自の踊りでした。


 腕を大きく振ったかと思えば、優雅に指の先まで引き寄せて、くるりくるりとターンをすれば、長い袖がそれを追いかけてダイナミックな動きに。


 いつもと違う、妖艶な笑みで踊る彼女は、私の知るリーリアではありません。


「きれい……」


 お嬢様がポツリと、呟きました。

 聞いたことのない美しい旋律に、光の演出。そしてリーリア自身の舞がその場にいた全員の心を掴んだのです。


 彼女の舞は、時間にすると数分だったでしょう。しかしその数分、誰もリーリアから目が離せなくなっていました。


 やがて音が止まり、リーリアの舞が終わって舞台の照明がつくと、観客達は席を立ち上がり、拍手を贈りました。それは、観客達だけではありません。舞台袖、舞台裏でも同様の現象が起こっています。


 娼婦と言うだけで勘違いする方は多いですが、芸や接待だけで成り立ってる方も、実際いらっしゃるのです。それを、目の当たりにいたしました。


 リーリアの舞は、誰しももう一度みたいと思います。そうしてリーリアの母親は客を増やしていたのでしょう。


 その美しい舞は、確かに娘の元に託されたのです。


 やがて拍手がなりやむと、リーリアは音声拡張装置……俗に言うマイクを手にしました。


「以上で劇は終了です。皆さん楽しんでくれましたかぁ? 実はですねぇ、この劇はフィクションじゃないんですよぉ。」


 リーリアの告白に、観客達はざわめきだします。私は皆に合図をし、いつでも舞台に上がれるよう準備をしておきます。


 何が起こるか、わかりませんから。


「この劇の主役、リーリアは私です。今も学園で嫌がらせを受けてます。その嫌がらせを止めるために、今日はここに立ちました」


 そうしてリーリアは大きく息を吸い込み、魔力を髪へと巡らせました。すると染料が弾け消えて、元の髪色に戻ったのです。


 魔力は髪の色に透過しやすく、魔力を巡らすと髪の色が変わる、もしくは生まれながら髪の色だけが変わる、というのは良くある話です。


 それを見た観客の何人かは同様を隠せずちらちらとサルリバーザ両名をみています。


 不味いと思ったグレイザードは立ち上がると舞台へ向かっています。もしもグレイザードが舞台に上がった場合は、すかさず私たちも出ていく手筈になっています。


「私のお母さんは確かに娼婦です。けれど、今日見せたように体ではなく芸を売っていました。しかし世間では、娼婦は卑しい人間だと思われています。私を見て、そう思った人はいますか?」


 そこでリーリアは俯き、顔をあげてこちらに向かってくるグレイザードを指差しました。


「この髪の色見て、気づく人は多いと思いますがぁ……私は虐めているのは、今日ここに来ている……グレイザード・サルリバーザ……兄です。それも娼婦から生まれたと言う理由で。」


 リーリアの告白に、劇場は騒然となったのでした。

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