準備に向けて

 会議が終わった翌日。皆、作戦のために動き始めました。


 今回の策は少々複雑なのです。

 簡単にまとめるならば、グレイザードが毎月通っている、サルリバーザ家所有の劇場「ローズヒップ」のその劇場で、学園内の悪事をばらし断罪するというもの。


 ローズヒップ劇場は劇団以外にも、応募すれば劇場にたつことができるレンタル劇場でもあるのです。


 そのシステムを利用し、私たちは劇団員としてステージに立ち、嫌がらせの証拠を観客達へ見せつける。


 その内容はいたってシンプル。リーリア本人が受けた嫌がらせと、そして彼女自信の生い立ちを演劇の台本にするのです。


 しかしそのためには如何せん人が足りません。


 そのためシルファとセルビリアは協力者を集めるために、娼館へ向かってもらっています。


 そしてもうひとつ、この計画には、お嬢様の協力が欠かせません。何せローズヒップの劇場に立てるのは、貴族の推薦のある劇団だけなのです。


 お嬢様に推薦状を出していただくと共に、人員が少ないことから、今回はお嬢様にも劇団員としてステージにたっていただきます。


 しかし驚いたことに、お嬢様は役の指定をなさったのです。


「私も出るのよね。それならリーリアをいじめていた令嬢役をやるわ! うんっっと悪役になって世間の批判を集めてやるのよ!」


 なんとご自分で悪役令嬢をされるとおっしゃられたのです。……正直、一番の適役でしょう。


 誰も口にはしませんでしたが、本物の悪女令嬢のやる悪役令嬢だなんて、洒落にならないレベルですから。ご本人も、役に入っているときはとても生き生きされておられました。


 そうして屋敷では皆の配役と台本を作り、学園では日々繰り返される嫌がらせの証拠を集めていきます。


 材料は出揃い、そしてラピスラズリで手にいれた「爆弾」を劇の終盤で投下すれば、さすがのサルリバーザ家も批判を浴びるでしょう。


 しかしそれもすべて、劇のクオリティにかかっています。観客全員を味方につけ、感情を揺さぶれなければ、ただの茶番になり果てます。


 それだけはあってはいけません。


「んもぉ! 違うはサーニャちゃん! もっと背筋を伸ばしてハキハキと!」


「は、はいぃ!!」


 そのため、屋敷の使用人はルージュの扱きを受けております。もちろん、私も。


 ルージュは元々ダンサーとしても活動しており、劇団に立ったことがある屋敷唯一の経験者。その彼女の助言は今回の策には必須……ですが、いささかスパルタが過ぎます。


 私はリーリアの母親役、サーニャはお嬢様役となっていますが、普段使用人としての所作が染み付いておりますから、劇の間だけそれを取り除くのはずいぶん大変です。


 特に私は、へりくだりすぎだとルージュによく怒られております。母親らしさ、というのは想像よりも難しいものです。


 こうして慌ただしく準備が過ぎ、残り一ヶ月をきった頃です。


 突然リーリアが、台本を変えたいと言い出したのです。


「最後の断罪シーンなんですけどぉ。私とラピスラズリの皆だけにしてほしいんですぅ」


 本来エキストラも含めて全員で悪事をばらすはずのシナリオを変えてほしいと言ってきたのです。これには私も驚きましたが、この策の主役は彼女です。


「どうするつもり?」


「それは秘密でーす。けど、絶対レイさんの策を台無しにするようなことはしませんから、お願いします!」


 そういいながら頭まで下げられれば、断ることは出来ません。


 大急ぎで台本をやり直し、変更箇所に不具合が無いよう修正に二週間。さらに劇の完成度をあげるのに二週間かかり、あっという間に本番を迎えることとなったのです。


 そして断罪日当日。

 またしてもリーリアは私たちを驚かせました。


「ちょっとどうしたのよリーリア!?」


 それは劇当日の衣装を纏い、劇団控え室で待っていたときのことです。リーリアを見たお嬢様が悲鳴のような声をあげられました。


「あははぁ、お嬢様驚きすぎですよぉ。どぉです? 似合ってますかぁ?」


 リーリアのトレードマークだったオレンジの髪が、黒く染められていたのです。これにはラピスラズリの娼婦以外、皆して口を開けて驚いてしまいました。


「せっかくだしぃ、お母さんと同じ髪色がよかったんですぅ。もちろん、最後の方までウィッグで誤魔化しますからぁ。劇に支障はだしませんよぉ?」


 そういって彼女は笑っていました。

 いつも面倒くさそうにしている彼女ですが、今回はずいぶん思いきりがいいようです。


 確かにウィッグを被れば普段通りの彼女ですので、問題はないでしょう。本来でしたら最後に断罪イベントがあるのですが、ラストだけはリーリアの一人劇になっています。


 これがどう作用するか、それはもうやってみないとわかりません。


 しかし、成功させなければ彼女への嫌がらせは止まないでしょう。


 そのためにたくさん、練習したのですから。必ずや、成功させて見せましょう。


「さぁ、いくわよ!」


 気を取り直したお嬢様を先頭に、私たちは舞台へと上がります。


 さぁ、復讐劇が幕を開けましょう。

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