反撃の狼煙は透明な煙

 ジュンボリア・カタリード……父親の宝石店を継いだ後、彼の手腕で今や街でも有名な宝石店にのしあがった。数々の令嬢の宝石も彼から仕入れられているものさえある。


 ロミアが持ってきてくれた彼の経歴を洗いざらい探っていきます。さすがはロミア、大会直後からよくこれだけのデータを見つけてくれました。


 カタリードがダンス協会に所属したのは5年前。本人のダンス鑑賞で培われた目を買われて加入したとのこと。


 彼が審査をしたダンス大会はかなりの数になりますが、そのうち突然代役として審査員に加わった案件は6件。これはずいぶん、多いのです。今回の件を含めると7件となりますが、年に1回以上代役に抜擢されていることになります。


 ダンス協会は音楽協会についで会員が多い協会です。つまり何かしらの理由で代役が必要になったとしても、同じ人間に白羽の矢がたつことは稀です。もちろん「たまたま」代役になれる会員が彼しかいなければ、そうなりますがそれこそ確率で言えば奇跡に近い。


 こうした異例な人の動きというのは、大抵金が絡んでいるものです。


 露骨に代役で審査員となれば疑われる可能性は高まるため、1年に1度程度に収めていたのでしょうが、恐らく味をしめて複数回、引き受けるようになったようです。


 彼が代役に変わった7件の案件全ての優勝記録が、彼の不正を物語っています。

 7件とも全て、それまで大会で2位常連でトップ争いをしていた令嬢が優勝しているのです。大会記録を見る限り、どれも僅差で1位に輝いていますが、その僅差をつけていたのは、彼です。


 ダンス協会は会員数も多いですが、開かれる大会の数も多い。そのため、こうした一人の不正は数の多さで隠れてしまうのでしょう。それに、物的証拠がなければ、動けないでしょうから、明るみに出ていないのです。


 この男の私利私欲のために、お嬢様は正しい評価を受けられず、屈辱を受けたのです。


 もちろん、本当にただの代役で、彼の目でお嬢様よりルリーシュ嬢が優れていると判断されたのなら、それはもう、私の手ではどうしようもできないことです。


 私が望むのは、ただ公平な審判の元、正しく評価が下されること。それでお嬢様が負けてしまえば、それがお嬢様の実力なのです。


 今回は、公平な審判がなされていませんから。まずは歪んだ軌道を修正しませんと。


 街まで来た私は、カタリードが営む宝石店へまっすぐ足を運びます。道中、人気のパティスリーにヘンリーの姿を見つけましたが、彼女は私だと気づいていないようで、パティシエとなにかを熱心に話し込んでいました。


 彼女は彼女で、頑張っているようでなによりです。


 やがて宝石店にたどり着きました。中に客は、いないようです。


「ごきげんよう。すこし宝石を見たいのだけれどよろしいかしら。」


「えぇ、ええ!お好きにご覧くださいご婦人。」


 店内に一人でいた、恰幅よい男がにこやかにこちらへやって来ました。この男が、ジュンボリア・カタリード……今回のターゲットです。


 予め裕福な未亡人に見えるよう、手には見事なルビーを、ベールにも数々の宝石をちりばめています。それをみたカタリードは上客がきたとほくそえんでいるのでしょう。


「実は、娘に宝石のプレゼントをしたくて。」


「それはそれは。きっと喜ばれますよ。」


 カタリードは両手を合わせ、ゴマをするように満面の笑みを浮かべています。いわゆる営業スマイルというものでしょう。今は不愉快極まりないそれに、顔をしかめないよう必死で無表情を貫きます。


「ゆっくり宝石を見たいの。別室を用意してくださりませんこと?」


「かしこまりました。それではあちらの部屋をご利用ください。当店自慢の宝石をゆっくりご覧いただけます。」


 宝石店やアクセサリーを扱う店は、貴族のために部屋を用意していることは良くあります。そこでカタログや高価な品を、気にせず観賞できるようにという配慮からでしょう。


 案内された部屋には見事な長テーブルに、ふかふかなソファが対面で設置されていました。座って待っていると、カタリードは数点の宝石をもってやって来ました。


「こちらは一級品のルビーでして、この大きさで市場に出回るのは稀なほどです。」


 宝石を取り、品定めをするしぐさをしていると、彼は勝手に宝石の説明を始めます。ゆっくり宝石を元のトレーの上に置くと、本題を切り出します。今回は、宝石を買いに来たわけではないのですから


「私には、娘が一人います。しかし、娘は跡継ぎとして夫の親戚に連れていかれてしまいました……。」


「それは……さぞお辛い思いをされたのですね。」


「はい、娘にせめてもの贈り物として、宝石を。」


 作り話にのってくるカタリードは、嘘だとまるわかりの同情した目をこちらに向けてきました。私はちらりと、ベール越しに彼を見つめます。


「けれど、私はあの子に、もっとよいおくりものをしたいのです。」


「と、いいますと?」


「娘は、大変ダンスがうまいのです。けれど、あの子はいままで、不当な評価を受けてきました。きちんとした方が見れば、あの子の才能に気づかないものなどいないのに。」


 ベール越しに顔を覆い彼の様子を指の間からうかがう。同情の表情の奥に、欲に飢えた獣の気配が見え隠れてしていました。


 かかりましたね。


「才能を見出だされないとは、なんとも悲しいことでございますね。」


「えぇ、だから……きちんとした評価を下せる方を探しておりました。カタリード殿はダンス協会の会員で、才能を見てもらえない方々を救っていると、うかがいましたの。」


 顔を上げ、まっすぐに彼を見つめる。そこには、商人の顔はなく、薄汚い欲にまみれた獣がいました。金という肉を貪り喰うために、舌舐めずりをした獣が。


「いやいやしかし……私も忙しい身ですので……。」


「もちろん、お時間をいただいておりますから、それなりにお礼はさせていただきます。」


 建前上一度断る素振りを見せる。タダではやらないといっているようなもので、案の定金をちらつかせれば飛び付いた。


「そこまで言われてしまえば、私も男として、断れませんなぁ。」


「ありがとうございます。こちらは、“私の話を聞いてくれた”お礼ですので、お受け取りください。」


 小さな黒い鞄から麻袋を取り出す。前金を渡しておけば男は必ず動く。結果を出せばもっと金をもらえることをわかっているからだ。男はなんの疑いもなく、金貨の袋を受け取った。


「娘への贈り物ができてとても嬉しいわ。詳細はあとで送るから確認してちょうだい。」


「はい、確かに承りました。」


 宝石を買わずに出ていったというのに、カタリードは上機嫌で私を送り出した。宝石よりも金になる話が転がり込んだのですから、嬉しいでしょうね。


 さて、後はカタリードを泳がせるのみ。あとで渡すといった資料は、実際に5日後に行われる予定のダンス大会のもの。そこには本来、カタリードは審査員に選ばれていない。偽の娘の情報と共に指定した大会の審査員が彼に変われば……疑いは確信に変わる。


 もうすっかり暗くなったクリーム色の街を歩きながら、小さく息を吐き出しました。普段敬語で話しているため、なれない話し方は疲れます。お役目を終えたルビーの指輪とベールの宝石を鞄へしまいます。


 このルビーと宝石は、記録石という、魔力を込めた特殊な石です。魔力がなくても使用でき、石の回りの風景と音を記録できるもの。鉱物に魔力を込めれば作れる代物ですが、大抵は安価な水晶で作られています。


 宝石で作ると値が上がるため中々宝石で作られたものはないものですが、だからこそ宝石商を騙すことができました。


 だって、本物の宝石を使っているのですから。だれもこれが記録石だと思うものはいないのです。さて、準備は揃いました。後は獲物が動くのを待つだけです。


 しかし、思いの外すぐに動いてくれたようで、翌日には審査員が変わったと大会組織委員会から連絡がありました。


 これだけで十分、証拠になります。なにせ協会の審査員が、意図的に変わったのです。これは協会の掲げる【平等】の理念を大きく逸脱した行為。


 この証拠を協会に突きつければ、無視することはできなくなるでしょう。少なくとも、カタリードが携わった全ての大会の結果は、見直されることとなります。


 お嬢様の待ち望む再戦は近い。

 けれど、これだけではダメです。

 持てるカードは、最大限使わなければ。


 欲のためにお嬢様に恥をかかせたカタリードには、しかるべき罰を受けて貰わないといけませんから。


 私は静かに微笑みました。

 気づかれぬように、じわじわと、外堀から埋めていきましょう。


 報復は知らないうちに、ゆっくりと歩み寄るものですから。

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