不覚

 真っ先に報告に来たリーリアも、ロミアも、二人とも暗い顔をしておりました。お嬢様も二人も様子がおかしかったため不安が募りましたが、その理由は報告を聞いて理解いたしました。


 お嬢様が、負けられたと。

 正確に言えばルリーシュ嬢に続き2位となられたそうです。


「急に審査員が変わったんですぅ。そいつがやたらにルリーシュ推しでぇ。不正なんじゃないかって声をありましたけど、ダンス協会からの正式な派遣でしたから……誰も文句言えなくてぇ。」


「いや明らかに不正だろ!!俺もお嬢も、あいつらに負けるようなダンスしてなかったぞ!」


 ロミアの憤りが爆発し声を荒げています。その手に握られた報告書が、少しよれてしまっていました。彼はそれを、私に差し出します。


「すぐに調べたぜ。本来審査員になるはずだったやつが急にこれなくなったとかで、代理で来たらしいけど、どうみてもおかしいぜこいつ。」


 差し出された報告書には、審査員のプロフィールが記載されています。協会で配布してある協会会員の名簿で、それ以外は彼が調べてくれた審査員の経歴でした。


 ジュンボリア・カタリード……宝石商を営む商人の男で、数多くのダンスショーや劇団のパトロンをしている……ですか。協会の入会規定は音楽に携わっていればよい、というシンプルなもの。それはパトロンでもいいのです。


「お嬢様は今どちらにいらっしゃるの。」


「自室ですぅ。ルージュ姉とサーニャがお相手してますぅ……。優勝したルリーシュ嬢が、こっちを名誉毀損だとか、嗜みすら忘れた令嬢とか、好き勝手いってて……」


 屈辱だったでしょう。お嬢様の悔しそうなお姿が、目に浮かびます。


 今回は、私の落ち度です。お嬢様の実力で優勝できると甘く見ていました。向こうが何か策を講じても、お嬢様の実力の前では無意味だと感じていたからです。


 しかし、追い詰められた鼠が、猫を噛むほど狂暴になると言う話はよくききます。なりふり構わず、こんな分かりやすい不正に手を染めるとまで予測できませんでした。


「今回は、私のミスです。こうなることを予測できませんでしたから。」


「レイさん……。」


「しかし向こうがその気ならば、私も容赦はいたしません。」


 過ぎたことを悔いても仕方がありません。お嬢様が受けた屈辱に比べれば、私の後悔など可愛いものです。身を燃やし尽くしそうな怒りは自分にではなく、相手へ向けましょう。


 向こうがなりふり構わないと言うならば、こちらとて同じです。持てる手を全て使い、お返ししなければ。


「リーリア、お嬢様に伝えてください。必ず再戦の機が訪れます、そのための準備をなさってくださいと。ロミア、あなたもよ。」


「「えっ?」」


 二人揃って目を丸くしておりましたが、詳しく説明する時間は惜しい。用件のみを伝え早々と会議室を後にします。様子がおかしいことに気づいた二人も、後を追ってきました。


 私がまっすぐ向かった先。そこはお嬢様の部屋ではなく……セルビリアの仕事部屋でした。


 数度ノックをし、相手の返答を待たず扉を開きます。そこには、待ってましたとばかりに用意一式を揃えたセルビリアが、腕組みをして座っておりました。


「待ってたわよレイちゃん。そろそろ来る頃かなぁって。」


「セルビリア、お願い。」


 阿吽の呼吸のようにアイコンタクトのみでやり取りをしていたため、後ろについてきていたリーリアとロミアが、互いを見て首をかしげていました。


 最終兵器、というなの奥の手なのですが、二人がここに来てから一度と使っていないため、何が起こるのかさっぱりわからないでいるのでしょう。


「はいはーい。オチビちゃんたちはでたでた。」


「誰がちびだ!って、うわっ!?」


 変な反発をしたロミアでしたが、リーリアごとセルビリアに背を押され、部屋から追い出されます。扉を閉めた彼女は、目を輝かせて私のところへと来ました。


「ひっさびさね!腕がなるわ。」


「できるだけ早く終わらせてちょうだい。時間が惜しいわ。」


 ここから先は、私はただ、立ったり座ったりを繰り返しているのみ。セルビリアが黒がかったドレスを着せ、髪を結わえ、メイクを施してくれる。ドレスも私の私服ではなく、コルセットを巻きボリュームのあるもののため、着るのに時間がかかりました。黒いベールを被り、装飾品をつけ……トータル一時間。ようやく支度が終わりました。


 待ちくたびれた二人は時おり部屋の前から姿を消していたようですが、扉を開いた頃には戻ってきていました。


「うわっ!?え、レイさん??」


「すごーい、別人じゃないですかぁ。」


 二人が驚くのも無理はありません。部屋にいたのは、どこにでもいそうな貴婦人姿の私なのですから。


「二人とも見たことないのよねぇクラリ夫人。」


「クラリ夫人?」


 ロミアもリーリアも聞きなれない名前に首をかしげております。その姿が可愛らしくて、思わず黒いベールの内側から、笑みをこぼしてしまいました。


「レイちゃんが外で活動するときの別の姿よ。名前はクラリ・レベラッカ。未亡人って設定ね。」


「レイさんにも、潜入用の顔があったんですねぇ。」


 あまりの変わりように二人とも唖然呆然、といったところ。ロミアが来てからはほとんど彼に任せていましたから、私が自分の足で情報を探ることがなくなったのです。そのため、クラリのお披露目する機会も来なかったということです。


「今回はロミアにはダンスパートナーを任せていますから。私が動くわ。」


 久しぶりに履くヒールに慣れるため、しばらく部屋の回りを歩きますが、やはり慣れませんね。お嬢様より着飾ることは気が引けますが、貴婦人の立場でしか探れないものもあるため、仕方がありません。


 ドレスのスカートを引きずらぬよう、背筋を伸ばし、前を向いて歩いていると、ロミアとリーリアが駆け寄ってきました。


「というかぁ、すっごく綺麗じゃないですかぁ!顔見せてくださいぃ!」


「そういうのあるなら言ってくれよな!いつも以上にレイさん美人になるからビックリしたぜ!」


 てっきりやり過ぎて引かれているかと思ったのですが、二人から向けられてくる視線は、尊敬のそれでした。ベールを上げ顔をよく見せると、二人とも笑っていました。まるで好奇心にわくわくさせた子供のよう。


「セルビリアさん凄すぎません?私もメイクしてほしいですよぉ!」


「変装なら俺も負けてないって思ったけど、こういうメイク系はわかんねーから、今度教えてくれよ!レイさんより大変身してやるぜ!」


 あらあら、二人とも。普段とは違う私を見て少しはしゃいでいるようです。


「はいはい、この件が終わったら二人とも教えて上げるわよ。」


 セルビリアは少し呆れながらも、肩をすくめておりました。二人とも、やったと手を合わせて喜んでいます。


「ほらほら二人とも、はしゃいでいる時間はないわ。私は少し出ますから、その間ロミアは練習、リーリアはお嬢様のケアをお願い。」


「本当に俺がいかなくていいんすか……?」


 今まで情報収集は彼の十八番でしたから、少し不安そうに私を見上げていました。彼には彼の仕事がありますから、今回はそちらに集中していてほしいのです。それに……。


「自分の不始末は、自分でカタをつけるわ。」


 そう、これは私の贖罪なのです。

 お嬢様の願いを叶えられなかった。

 お嬢様を、傷つけてしまった。


 これは私がやらねばならないのです。


 再びベールを下げ、部屋を後にいたします。

 向かう先は、カタリードの宝石店。

 さぁ、決して表には出さない報復戦を開始いたしましょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る