ダンスのお相手
「……というのが、報告になりますぅ。」
学園での出来事を、会議室でされたリーリアの報告で把握しましたが、ずいぶん大事になっているご様子。
お嬢様はサイア・クレアーズはもちろん、ルリーシュ嬢も報復対象になさっておられるようで、しかも報復は自分の手で行いたいご様子。
学園から帰ってくるなり、ルージュを呼びつけてレッスンをしていたのは、大会に出場されるからでしたか。これはまたしばらく、お嬢様とルージュは稽古部屋から出てきませんね。
「……どうかしたの、リーリア。」
疲れているはずの彼女がニヤニヤしておりましたので、首をかしげました。私の顔になにか、ついているのでしょうか。
「お嬢様をルージュ姉にとられて、レイさんちょっと拗ねてるなぁってぇ」
「拗ねておりません」
コホンと咳払いをひとつ。全く、何を言い出すかと思えば。
練習中のお嬢様の邪魔をしてはいけませんから、稽古部屋の中には入れません。お食事もそちらでとられますから、就寝以外お姿を見ることができません。いつもみたく「レイ!」と用がなくても呼ばれることも、ないでしょう。確かに、お嬢様のお世話をすることは少なくなるでしょう。
お嬢様のお相手をルージュがしていることに関して、なにか感情を沸かせることはありません。私はただの侍女ですから。決して、羨ましいですとか、お姿を見たいだとか、そういう事は感じません。決して。
「そのわりには、面白くなさそうな顔、してましたけどぉ。」
「これがいつもの顔です。」
ちゃんとごまかしているのに、リーリアはにやにやしたままでした。人をからかうものではないですよ。そう言いたいのですが、やめました。まだ解決していない問題があるからです。
「リーリア、お嬢様のダンスパートナーはまだ決まってないのよね。」
「そうなんですよぉ。流れで言えば、こういうときは婚約者の王子になりますけどぉ……王子は執務で忙しいですから無理そうですぅ。」
学園に通いながら皇室の執務もこなしているのですから、多忙な方です。無理も当然でしょう……。
「となると今から急いで探さなければいけませんね。」
「そんなの、俺に頼めばいーじゃん。」
突然背後から声がしたため、振り返ると部屋の窓からロミアが顔を出しておりました。どうやら別館の庭の手入れをしていたようです。あちらこちらに葉を付けていました。
「ロミア……。」
彼の申し出に、正直素直に喜べず困り顔を浮かべてしまいました。そんな私を見てか、彼は、よっと、口に出して窓の縁へ座ります。
「レイさんはいつも通り俺に言えばいーんだよ!ダンスパートナーを演じろっと。」
夕焼け空の光を浴びた彼は、壮快な笑みを浮かべています。その姿は少しだけ眩しく、そしてはかなく見えました。
彼は変装が得意ですが、その本質はどんなキャラクターも“演じる”ものです。今は少年らしい庭師の彼ですが、その気になれば高慢な貴族にも、心優しい執事にも、冷徹な殺し屋にでもなれるのです。
これはある種の才能なのでしょうが、彼の才能を最初に見いだした者は、それを正しく導けず誤った使い方を教えてしまった。それが、盗賊団“月下”の団長にして……ロミアの父親です。
彼もまた、月下の副団長として盗みを働いていました。その為か、彼の変装技術はとても高い。しかし幾度となく変装を繰り返したせいで、私が彼を見つけたときには、彼は自分自身を見失いかけていました。
またそうなってしまうのではないか。その不安があり、中々彼に全くの別人になる必要のあることは、頼めずにいました。
「いいんだよ。俺を見つけてくれたのはレイさんなんだしさ、自由に使ってくれよ?それに、もしも俺が自分を見失っても、皆が呼び止めてくれるだろ。」
彼はまっすぐ私を見つめておりました。信じてと、言いたいように。そんな目で見られては、断れないわ。
「わかったわ。お願い、ロミア。」
「がってんしょーち!んじゃ、ルージュ姉に言ってくるぜー!」
窓の縁から勢いよく外に向かって立ち上がったロミアは、そのまま風のように去っていきました。
「さて、これで準備は整いましたね。」
「まぁ、あいつが二週間でお嬢様の相手ができるくらいにならないといけませんけどねぇ。他に何かすることありますかぁ?」
「特にないわ。」
え、とリーリアは首をかしげました。なにか策でも出すのだと思われたのでしょう。小さく微笑みます。
「お嬢様の実力でしたら、必ず優勝なさいますから。」
もちろん、ルリーシュ嬢もダンスは大変お上手です。しかし、お嬢様の方が実力は上なのです。普段の練習量がけた違いですから、当たり前の結果なのですが。
ルリーシュ嬢には確かにダンスの才能があります。お嬢様にはないものですが、それにかまけて最低限の練習しかしておりません。それに比べお嬢様は、センスはあれど、ルリーシュ嬢のような天性の才能はございません。ご本人も、それは理解しております。
負けず嫌いのお嬢様は、初めて参加したダンス大会でルリーシュ嬢に負けておられます。ルージュの特訓に反発していたことが仇となり、ずいぶんショックを受けておりました。それ以来、お嬢様はダンスのレッスンを欠かしません。どれだけ時間がなくても、必ず短いながらも練習をしています。
そんなお嬢様が、負けるはずがないのです。
それにダンス大会は、必ず“社交ダンス協会”から審査員が派遣されます。どんな小さな大会でも審査員は協会から派遣され、執り行われるのが決まりです。これはレディアン王国の国王が“すべての競技は皆平等でなければならない”と定めたためです。
そのためレディアンだけではなく、様々な街に協会が設立しております。ダンスに音楽、料理や絵画に至るまで、その道のエキスパートや、親好家が有志で集まり協会は成り立っております。
ですので、きちんとした専門家が見ればお嬢様が優勝するのは間違いがないのです。
「さて、しばらくロミアがいなくなるから、庭の手入れはクレゼスに任せきりになりますし、セルビリアには衣装の手配を頼まないといけませんね。」
策を講じることはないですが、普段通りお嬢様をサポートすることには変わりありません。
ここから二週間は、本当にあっという間に時間が過ぎてしまいました。ロミアは驚くことに一週間でダンスを習得し、お嬢様のパートナーを勤めるほどとなりました。ルージュも驚いていましたが、彼女が見ても問題ないレベルだそうです。
毎日ダンスで動かれるお嬢様のためにスタミナ料理を作り、二人のダンス衣装を仕立て……屋敷の使用人総出で、お嬢様をサポートいたしました。
こっそり稽古部屋でお嬢様とロミアのダンスを拝見いたしましたが、素晴らしいダンスでした。お嬢様を贔屓目で見てしまいがちでしたが、世辞を抜いて優勝は間違いないと確信いたしました。
ですので、なんの疑いもなく大会当日にお嬢様を送り出しました。
……その判断が、甘かった。
このときの自分の甘さを、今でも後悔しています。
「……今、なんといったのですか。」
大会が終わり帰ってきたお嬢様の様子がおかしく、リーリアとロミアを会議室に呼び出したところ、予想だにしなかった報告を受けたのです。
「お嬢様が……負けられた?」
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