定例会議
会議室には、早朝行われたよりも人が集まっておりました。空席は、一つのみ。
上座に私が、下座にサーニャが座っております。私の左にゲルドルトが座り、右側が空いております。ここはルージュの席です。
基本的に席に決まりはありませんが、私とサーニャが上座と下座に座るのが、いつものパターンです。
「それでは皆様、定例会議を開きます。本日の議題は“学園祭での出し物を本喫茶以外にさせる事”です。まずはロミア、調べたことを教えてちょうだい。」
「がってんしょーち!」
指名をもらいロミアが勢いよく立ち上がります。彼は私の右側の真ん中席に座っておりました。
「えーと、まず本喫茶ができる前に流行り始めてたものを調べろっていうのなんだけどさぁ。街中走り回って調べた結果、“パンケーキづくり”ってやつでしたよ。小麦粉とか割りと簡単なもので作れるっていうので、庶民に広がりはじめてすぐに本喫茶で廃れちまった。」
「あぁ、あれかぁ。パンケーキは確かにまだ簡単に作れるね。お菓子初心者なら気軽に始められるよ。」
ロミアの発言に同意するようにシルファが頷いております。今回はコック服ではありますが帽子は被らず、耳上までの金髪が輝いておりました。
パンケーキとは…あまり馴染みがないものですが、確か平たく柔らかい、ケーキのようなパン…と記憶しております。
「お菓子づくりですかぁ。社交界ではお菓子が作れるってひとつのステータスですよねぇ。難易度高すぎてなかなか浸透してないですけどぉ。」
まだ疲れがとれていないのか、やや机に突っ伏し気味のリーリアが顔をあげました。その頭には青いリボンが飾られています。早速つけてくれたのね。
「昔はレディが厨房に立つなんてはしたない、と揶揄されていたのですけれど。今ではそれもなくなって、お菓子を作り茶会に出すことで己のセンスをお披露目することが、社交界での憧れの一つですね。」
新しいものが受け入れられる事はよいことです。しかしながら、お菓子づくりとは少々コツが必要なもの。そしてなにより、人様に見せるためにはそれなりの美しさもなければなりません。そのため、中々お菓子をお披露目する令嬢は少ないものです。
だからこそ、お茶会で手作りのお菓子が出されればたちまち注目の的となりましょう。
「まぁお菓子自体が庶民には高級品じゃん?それで手軽でそれも安く作れるっていうので、結構流行りの兆しは見えてたみたいですよ?話を聞きに行ったら、あぁ!って思い出す人多かったっすし。」
「実際思うよりかは簡単じゃないからね。特にひっくり返すのなんて、僕でも失敗するよ。」
シルファほどの腕の持ち主でさえ失敗するとなれば、並みの人間では練習の必要なことでしょう。
本を読み話に華を咲かせる…練習という苦労のない娯楽ができてしまえば、廃れてしまうのも仕方のないことですね。
「けどパンケーキの材料はケーキやマフィンと変わらないし、やりようによってはもう一度流行するかもね。」
「といいますと?」
私と共に数人がシルファに目を向けると、彼は肩をすくめて紫の瞳を細くして笑いました。
「パンケーキにこだわるなら、フライパンでひっくり返すコツは必要だけど、材料自体はマフィンやクッキーとほとんど変わらないのさ。焼くという行程を別のものに変えれば少しはましになるんじゃないかな、と思っただけさ。オーブンとかなら両面で焼けるし。」
「えー、でもクッキーもマフィンも、同じ材料なのに別物じゃないですかぁ。そんなにうまくいくんですかぁ?」
一人のシェフとして持ち合わせた知識のため、お菓子の知識のないものは首をかしげておりました。彼もそうなることはわかっていたため、苦笑いを浮かべます。
「こればかりは知識がないと難しいからねぇ。専門知識の必要なものは流行らないさ。」
パンケーキが流行らなかった真実を彼が伝えてくれました。つまるところ、なにか失敗しても解決方法が分かりにくい、ということでしょう。
「ロミア、シルファ、ありがとう。流行しかけていたものだから、うまくいけばもう一度流行らせることはできるかもね。」
これをうまく学園内の生徒…名だたる名家のご子息やご令嬢の目に留まらせ、彼らを率いれれば…可能性はまだありそうです。
「それでは次にリーリア。お願い。」
「はぁい。私もぉ、学園内での流行調べてきましたぁ。まずはぁ、本喫茶ができる前ですぅ。といっても、実はあんまり変わってませんでしたぁ。」
ロミアの着席に続きリーリアが立ち上がります。
「本喫茶の前はぁ、所謂ポエム?とかそういうのが流行ってましたぁ。主に女子の間でぇ。それが本喫茶の影響で、皆メロドラマに夢中になっちゃったから、メロドラマに出てきそうなポエムとか手紙を書くっていう…創作活動?的なものですねぇ。 」
終始首をかしげながら言葉を紡ぐ彼女と同じように、皆怪訝そうな顔をしました。今時の若い方の趣味というのは、私のようなものにはたまに理解が出来ないことがあります。
「え、なにそれ?つまり架空の設定でやってるってことか?」
ただでさえポエムという、概ね女性向けの趣味に理解のないロミアが一番頭の上に疑問符を浮かべていました。
「そぉいぅことぉ…私はそういう趣味ないのでぇ、何が楽しいのか良くわかんないですけどぉ。ポエムとか手紙は処分に困るってことで、公にはされてない流行りですねぇ。他にも冒険記に出てくるキャラクターに因んだものを身に付けると、そういうのは男女問わず流行ってますよぉ。」
彼女の話によると、最近人気の冒険記…紅の戦場に登場する主人公が作中で鳥の羽をお守りにした、ということで羽をモチーフにした物を何かしらつけている若者は多いそうです。
紅の戦場…ヘンリーが大好きな物語ですし、恐らく流行らせたのも彼女でしょう…。私にしたのと同じように、店の客に本を推薦し続ければ、“ぶっくかふぇオーナーの太鼓判”ということもあり人の目に触れる機会は増えますね。
面白いかどうかは人の感性によりますが、人気となっているところを見ると、大多数が面白いと思う内容なのでしょう。
「報告は以上でーす。こんなので本当になんとかなるんですかぁ?」
再び着席したリーリアは肘をついて手の平に顎をのせていました。
「えぇ、十分すぎる情報よ。ありがとう二人とも。」
微笑んで見せましたが、当の二人は首をかしげるばかり。先程開示された情報で一ヶ月以内でなんとかできるものなのか、と思っているのでしょうね。
民衆の流行りはお菓子から本へ、学園内の流行は形を変えただけで残り続けている。
その内容がわかれば十分です。
「ほっほっほ、何やら思い付いたようですなレイ殿。」
「レイちゃんが閃いたって顔してるわねぇ。役に立てること少ないから、私は見物してるわね。」
愉快そうに笑うゲルドルトとセルビリアに頷いて見せると、首をかしげていた二人も肩を竦めて納得しておりました。
皆、私の策を聞いてもいないのに信じきってくださります。私ならば、何とかするだろう、と。
その期待には、応えねばなりません。そのために動いてくれた人達のためにも。
「学園祭での出し物を本喫茶ではなく、別のものにする。それがお嬢様の願いです。」
今もっとも注目され、人気を集めている本喫茶。その支持を覆すのは容易ではありません。
しかし…支持や人気自体を取り消す必要はないのです。
「そのためには民衆と学園生徒の注目を別のものに向けさせます。そう…新しい流行りを作ればよいのです。」
本喫茶を上回るほどの注目を集められれば、自ずと学園祭での出し物に起用されるはずです。もちろん、簡単なことではありませんが…可能性は十二分にある策はすでに組み立てました。
しかしそのためには、ある行程が必要となります。そして、そのために必要な人材は……。
「…ということだからサーニャ、お菓子を作ってくれないかしら。」
「えっ!?」
「「「はぁああ!?」」」
室内に見事なハモりが響きました。サーニャは驚き、他の者達は口を大きく開けて唖然としております。あぁ、シルファのみ真っ青な顔をしておりますね。皆様リアクションがとても良いです。
まぁ、驚くのも無理はないでしょうし、私が逆の立場でしたら同じリアクションをするでしょう。
だってサーニャは…別名“胃袋クラッシャー”と言われるほど、料理が下手な侍女ですから。
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