胃袋クラッシャー
美しいハモりと共に一瞬にして部屋が沈黙に包まれました。皆の目が、勢い良く向けられます。
「レイさん正気かよっ!? 何でよりにもよってサーニャなんだ!?」
「そうですよぉ。いっちゃ悪いですけど、私の方がまだましですってぇ。」
「それは私も思います…。」
一番若い三人が口々に反論しております。ロミアは必死で説得しようとしておりますし、リーリアは呆れておりますし、サーニャに至っては貶されていることを否定すらしておりません。
まだ三人の反応はかわいいものですね。
「ふ、ふふふ…レイさん…僕を殺す気ですか…。」
私の左側、若者達とは対面に座る大人組の反応と言えば、それはもう絶望一色に塗りつぶされておりますから。シルファに至っては真っ青になり両肘をついた状態で、額を拳に当ててうつむきながら、不気味に笑っております。
皆様リアクションはさまざまで、私の発言は信じたくないようです。
唯一まともな反応をしているのは今まで一度も発言していないクレゼスです。おろおろしながら両者を見つめております。
「ま、まぁ…ほら、レイさんのことだし…何か必要なこと、だろ? な? な? そんなに皆して否定しにかからなくても…」
「君はっ」
「あんたはっ」
「貴方はっ」
「「クレゼスさんはっ」」
「「「あの地獄を見てないから!」」」
最初の一文は違えど、また皆様きれいに揃いました。流石に5人に凄まれ彼も萎縮しておりましす。
あの地獄というのは…恐らくはじめてサーニャが料理らしきものを作ったときのことでしょう。
侍女として教育が始まってすぐ、なにか手伝えることはないかと、彼女は給仕の手伝いも始めておりました。
サーニャは随分特殊で…此処に来る前の記憶が全くありません。ひどい怪我をしているところをお嬢様が見つけて屋敷で世話をしているうちに、侍女になったのです。怪我の後遺症か過去の記憶はおろか、自分の名前すらわからなかった彼女に、初めは皆、同情しておりました。
なにか思い出すきっかけになればと、シルファが厨房で軽い料理を作る許可を出したのですが…これが悲劇の始まりです。
もとより不器用な彼女がはじめて作った料理はオムレツでした。彼女なりに頑張ったそれは、崩れて見た目は悪かったのですがちゃんとオムレツにはなっていました。
そのため皆、なんの疑いもなく…最悪食べられる程度の不味さであろうと一口食べ…地獄を見ます。
ロミアは焼かれるような喉の激痛に見舞われ、リーリアはあまりの不味さに吐き気を催し、シルファは泡を吹いて倒れ、セルビリアは幻覚が現れ…同じものを食べたにも関わらず皆それぞれ違う症状に襲われました。
その場にたまたま居合わせたゲルドルトが、慌てて皆を医務室に運び込んだのが今から二年くらい前の話です。
ちなみに私もサーニャの料理は口にいたしました。目が覚めたときには日付が二つほど進んでおり、お嬢様が大層心配されておりました。
しかも主だった症状は別々でしたが、数日間何も食べられなくなったという同じ症状が、後に表れたことから、サーニャには“胃袋クラッシャー”なる二つ名がつけられております。
そう言ったことがありましたので、基本サーニャは厨房立ち入り禁止となっていました。
「まずは話を聞いてちょうだいな。そのあとに反論はいくらでも聞きますから。」
反対は百も承知、あらかじめ皆を納得される口実は準備しております。渋々と言ったように、皆口を閉ざしました。
「流行の兆しはあれど流行らなかったものというのは、改善点が必ずあります。逆に言えば改善すれば爆発的な人気になるものも多いのです。今回はそのリサーチのためにサーニャが必要です。」
そっと彼女に目を向けると、室内の視線もそれに合わせてサーニャに向けられます。本人は慌てたようにあたふたしておりました。
「ロミアの話ではパンケーキ作りというものが流行りを見せておりました。流行らなかった理由のひとつに、少しコツが必要と分析しましたよね?しかしそれは、料理を作るプロの発言です。経験者の意見も大切ですが、民衆の大多数はお菓子作りなんてしたことはありません。」
プロの目からではなく、未経験者から見た課題を先に見つけなければならないのです。少なくとも、その課題のせいで流行にはならなかった可能性がありますから。
「この中で料理が下手でお菓子作りなんてもっての他、なんて人はサーニャ以外にいないでしょう?他に適任者はいるかしら。」
にこやかに笑って見せると、サーニャ以外言葉を飲み込みました。えぇ、だって皆さん、サーニャが一番適任だとは身をもって知っているはずですから。
「では、決まりですね。シルファ、明日一日だけサーニャに厨房を使わせてあげてね。サーニャは今日中にレシピを渡すから把握をしておいて。」
「はぁ…わかりました…。ちゃんと監視はしますよ…?」
「シ、シルファさんよろしくお願いします!」
魂が抜けたように項垂れている彼に、ペコペコ頭を下げるサーニャ。あとで関連資料をまとめて二人に渡しましょう。
「でもレイさん、学園祭の出し物候補にお菓子なんてないですよぉ?」
ようやく口を開いたのはリーリアでした。挙手をしながら小首をかしげます。私としたことが、彼女に他の出し物候補を調べるといっていたのに、発言の場を設け損ねておりました。
「他にはどんな出し物候補があったのかしら。」
「ええっとぉ…クラス主催の美術展、衣装貸し、オペラ演劇、魔力測定判断の4つですー。」
「何か学園祭の出し物っていうにはちょっと豪華すぎるラインナップだよなぁ。」
思わずロミアが苦笑しておりました。学園祭と言えども貴族が殆どをしめる学園ですから、それなりの規模のものが多いですね。
魔法自体が学園卒業者しか使用を許可されていない代物ですし、だからこそ魔力測定という出し物が生まれたのでしょう。
庶民は魔力を持っていない場合が大半ですが、そもそも所持していても扱えるほど魔力がない、本人も気づいていないというパターンは良くある話です。
特定の魔力所有者ではない限り学園に通う必要はないですが、実は魔力を少量ながら所持していた、となれば庶民からすれば少し胸を張れることでしょう。
「うーんレイちゃん、そんな候補の中で候補にすら上がってないものを、支持と人気で本喫茶に勝たすなんて、ちょっと現実味ないわよ?」
もっともな意見が飛んできます。セルビリアは髪をいじりながら、淡々とどちらかと言えば独り言のように呟いておりました。その言葉に同調するようにゲルドルトも頷いております。
「えぇ、今すぐにとはいかないでしょうし、私たちだけでは無理ですね。ですが…何人か外部の協力をもらえれば成功できるわ。」
「外部の人間…そんなのいましたっけ?いやまぁ、俺は庭の事以外全然だけどよ。」
あまりに暈した発言を続けたせいか、そろそろ皆の結論を迫るような視線を感じます。私に目を向けていないのは、一人話に置いていかれているように唸るクレゼスです。
彼は考えるより行動するタイプですから、会議には向かない性格でしょう。
「この作戦を成功させるには2人の協力がかかせません。一人はぶっくかふぇオーナーのヘンリーです。実は今日お知り合いになりまして。」
マジかよ、と小さな声が聞こえました。恐らくロミアですね。件の本喫茶のマスターと知り合ったことと、知り合ってすぐ策略に組み込む行動力、二つをまとめて評した独り言でしょう。
「そして二人目は…お嬢様のご友人でありクラス委員のアジュレ・セスターヌ嬢。彼女の発言力はこの策には必要不可欠です。丁度土曜にお茶会に招いておりますので、その時に接触いたしますわ。」
裏を返せば土曜までに流行らなかった原因のリサーチを済ませ、アジュレ嬢の説得および協力を呼び掛けなければなりません。すなわち、時間的余裕はないということです。
「残り29日の間になんとしても新たな流行を興し、クラスの注目を集めなければなりません。大変ですがやるしかありません。皆さん、お嬢様の期待を裏切るようなことは絶対に無いように。」
喝を少しばかりいれれば、皆引き締まった声ではい、と答えてくれました。
やることはまだまだ山積み。それでも想定より早く指標ができたのは喜ばしいことです。
人間、目標なくして動けませんから。
「それでは今日の定例会議を終わります…といいたいところなのですけど。」
私は再び、リーリアへ目を向けました。大方の話し合いは終わったにも関わらず、解散の合図が無いことには心当たりはあるようです。
「今日はいったい何があったの、リーリア。話してちょうだい。」
帰宅後の彼女の様子は、いつもと違いました。どう見ても、何かしら動き回っていたに違いありません。リーリアがいつもより元気が無いことは、帰宅時にいなかったロミアやクレゼスでさえ気づいているほどです。
「はぁい…では、お嬢様の今日のトラブルをご報告しますぅ…。一応皆、心の準備をしてねぇ。」
今度は立ち上がらずその場で発言する彼女に、皆黙って耳を傾けます。
「結論から言ってぇ、お嬢様が男子学園生一人を素っ裸にしましたぁ。」
いつもと変わらぬ口調で放たれたとんでもない発言に、一瞬耳を疑いました。
お嬢様が…男子学園生の…服を脱がせた?
あまりに突拍子もない話題に開いた口が塞がらない面々でしたが、その後の報告で…頭を抱えることとなりました。
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