尊いという言葉

“紅の戦場に出てくるラバハート”


 その単語を聞いても、私には思い当たる節がありません。誰かに似ている、といわれているようですが、はてさて誰なのでしょうか…?


「どちら様ですか、その方は…?」


「ラバハートは冒険小説“紅の戦場”に登場するヒロインなんですが、従来のヒロインイメージを大きく覆す戦うヒロインで、物語自体は魔王に支配された国を救うために冒険者をする話なんですけど、この中でラバハートは主人公と共に魔物を倒したり時には一人で潜入したり、とにかく強くてかっこいいんです!冒険もののヒロインってどうしても主人公の引き立て役っていうか、主人公よりも弱い立場で帰りを待ったり、人質にとられたりって良くある話なんですが、あ、ラバハートも人質にとられたことがあるんですがなんとその時は自分で脱出してあろうことか敵を全滅させてしまって……」


 ……なんということでしょう。先程のひとつの質問に対して、ずいぶんたくさんの情報が返ってきました。


 先程と比べずいぶん息を荒くされ、興奮ぎみで話しておられます。その物語のヒロイン…ラバハートのいうキャラクターが大変お好きのようですね。こうしている間にも、彼女は話続けていますもの。


「それで主人公が傷だらけになって帰ってきたときには、いつもは強く凛々しいラバハートが涙を流したんです!泣いたシーンはここしかないんですがそれくらい彼女は気高くて強くて、でも女性らしい所はちゃんとあって!」


「とてもお好きなのですね。」


 あまりにも熱心だったもので、遮るのも悪いと思いまして。しばらく聞いておりましたが、私の相づちに我に返ったようで…あわてふためくように近くにあった丸トレーで顔を隠しております。


「す、すすすすすみませんっ!尊さのあまりつ、つい興奮してしまいました…」


「謝ることはございませんよ。そんなにお好きな方がいらっしゃって羨ましいくらいです。」


 例え仮想の人物だとしても、好きになり敬愛するということは素晴らしいことです。私もお嬢様は敬愛し尊敬しておりますが、私のそれとはまた別のなにかなのでしょう。


 言葉では言い表しにくいですが、そんなものを感じました。尊いというものがなんなのかはよくわかりませんが、彼女は興奮のあまり身悶えしているようにさえ見えます。


「この方と私が似ていらっしゃるのですね。」


 聞いたところ共通点は見当たりませんでしたので、きっと容姿が似ていらっしゃるのでしょう。


「はい!助けてもらったとき一瞬ラバハートと重ねちゃいました…。ラバハートは赤髪で、レイさんとは全然見た目は違うのですが…」


 いいながら彼女はカウンターから出てきて一冊の本を差し出しました。その挿し絵に、長い髪を戦場で舞わせ、炎を操る女性が描かれていたのです。


「助けてくれたときの一つ一つ綺麗な所作や雰囲気が似ていたんです。でも、お話を聞いていたら本当にそっくりだなって…。」


 確かに容姿はあまり似ていないようです。どうやら、内面的なお話のようですが…私は冒険に出るほど果敢な性格ではない…はずです。


「忠義の敬愛のこもったお嬢様のお話をされるレイさん、すごく似ています。すみません、知らない人に似ているって言われても、困りますよね…。」


 彼女が本をなおす背を見つめながら、私も考えてしまいます。


 果たして私のこれが、忠義に当たるのか。そんな美しいものではないことはわかっておりますが、周りからそう見えているのでしたら、それはそれ。


 私の胸の内を誰にも知られていないのでしたら、いいではないですか。


「いいえ、光栄です。」


 カウンターへ戻ってきた彼女に微笑みかけると、どこかほっとしたような様子です。迷惑されているとでも、思ったのでしょう。


「ヘンリーさんがお好きな物語ですから、今度読んでみますね。」


「っ!本当ですか!やった、布教に成功です~!」


 お気に入りの本を薦めることが出来てとても嬉しそうにしているヘンリーでしたが、壁にかかった振り子時計を見て今度は慌て始めます。


「わわわ、ごめんなさい!ずいぶん引き留めてしまって!」


 見ると時計は14時半を指していました。お店のオープンが15時半ですし、彼女も準備をしないといけないでしょう。長居をしてしまえば邪魔となってしまいますし、私もそろそろ帰らねばなりません。


「本日はありがとうございました。学園祭にてお嬢様のクラスが本喫茶をするかも知れなかったため、実際見ておきたかったのです。大変勉強になりました。」


 嘘はいっておりません、現段階では出し物が本喫茶になる可能性は十分高く、不確定な言葉しか選んでおりませんから。


 頭を深く下げたところ、ヘンリーは慌てておりました。


「こちらこそ、お話しできて楽しかったです!あの…また、来てもらえませんか…?」


 扉を開きながらヘンリーはおずおずと、私を見つめていました。言葉通りとれば客として来てほしいということでしょうが、どうやらそういう意味ではないさそうです。


「お嬢様のお世話できっと忙しいと思いますし、その…オープン時間以外でもいいので…またレイさんとお話ししたいです。」


 客としてではなく、友人として…でしょうか。そういえば話している中で、友人が少ないとおっしゃっていました。本の虫だったため、交友関係を築くのが苦手だったとか。


 仕事上、たくさんの方と知り合うことはできても、プライベートまでご一緒することはないのでしょうね。


 向けられた好意を邪険にしてはいけませんね。ずっとお嬢様の傍にいたため、外の交流が途絶えがちになっている私も私です。…自らそうしている節はありますけれど。


「オープン時間にこちらに来ることはできませんが、このくらいの時間には、お邪魔できるかもしれません。」


「い、いつでもいいです!!私、基本ここにいるので!あの、待ってます!また来てください!」


 いい機会ですし、私も外との繋がりをいくつか持とうと思います。


 それに必死に言葉を紡ぐ彼女がなんだか健気で、可愛く見えてしまいました。少し放っておけない雰囲気が、サーニャと被ってしまいます。


 いつのまにか、私はずいぶん世話焼きになっていたのですね。それに今日気づくことができました。


 それだけでも、よい発見ではありませんか。


「それではそうですね…紅の戦場を読み終えたときに、感想を伝えにいきますね。」


「はい!」


 そう小さく笑いながら約束すると、まるで子供のような無邪気な笑顔が返って来ました。


 次は個人的にこちらに伺いたいところです。


 ブックカフェを立ち去り街へ戻ってからは、時間があっという間に進んでしまいました。


 お嬢様へのお土産のケーキを購入し、リーリアのリボンを見繕い、そうしている間に立ち寄った紅茶店でとっても良い茶葉を見つけて、想定よりも大荷物になってしまいました。


 帰り道ではブックカフェの分析や、今後の対策を考えていたため、屋敷についた頃には空がすっかりオレンジ色に色づいておりました。


「少し、時間をかけすぎてしまいましたね。」


 懐中時計を確認したところ、そろそろお嬢様のご帰宅の時間が迫っています。購入したものを片付けて着替えれば、ちょうど良い時間なのですが……。


「お化粧をやり直す時間は…ありませんね…。」


 決して派手なメイクではないので、問題はないのですが…この顔でお嬢様にお会いするのは、少々気恥ずかしさを覚えてしまいます。


 しかし時間配分を間違えたのは私です。迷っている暇もなさそうです…。


 急ぎ厨房へケーキと茶葉を預け、リーリアのリボンはそのまま部屋で保管し、侍女服へ着替え直します。


 さすがはセルビリアです。侍女服に着替えても違和感のないメイクです。あらかじめメイクを落とさなくてもいいように想定して施してくれたようです。


 三編みをシニオンに纏め、靴をはきかえ、いつも通りの私へ。


 …やはりこの方が落ち着きますね。


 時間もちょうどよく、いまから本館の正門へ向かえば十分間に合います。


 お嬢様がご帰宅なさってから、定例会議が始まります。学園でまた騒ぎを起こしていないと良いのですが…。


 こればかりはリーリアの報告待ちですね。しかしなぜだか、胸騒ぎがいたします。


 できることなら…本日購入したケーキが、ご機嫌取りに使われないことを祈りながら、正門へと向かいました。

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