外出
セルビリアは派手なメイクを好みますから、てっきりそういったものを施されるかと覚悟していたわけですが。
鏡に写った顔は、派手さはなくとも女性らしくメイクされたものでした。
つり目ぎみな瞳にはたれ目のように黒いアイラインが引かれ、ライトブラウンのシャドウが瞼を飾っています。
ファンデーションで明るくなった肌に負けぬよう、唇には薄く紅が引かれ、ほんのりと頬にはチークが配色されていました。
普段シニオンに隠している三つ編みは下ろされふんわりと空気を含んだような編み方をされています。
さすがというべきか、個人の顔立ちに合わせたメイクを施してくれたようです。
彼女の好みで言うならば、本来もう少し濃いメイクになったのでしょうが、私の抵抗もあって控えめにしてくれたようですね。
しかし普段と違う顔になっていたものでしたから、思わず鏡を落としそうになりました。
「…誰かしら。」
「自分の顔でしょ!! 正真正銘レイちゃんよ! もぉ…たまにはおしゃれしなさいよー。エリザベルお嬢様も見たらきっと誉めてくれるわよ? 」
手鏡を前にまじまじと自分の顔を見ましたが、普段ファンデーションしか塗らない私にとっては、見慣れないものです。
彼女の腕がいいこともあって違和感はないですが、年甲斐もなく恥ずかしくなってしまいます。
「お嬢様には見せられないわ。」
「そんなことないわよ。エリザベルお嬢様ね、いつもいってるわよ。レイちゃんももっとお化粧すればいいって。」
思いもよらない言葉にセルビリアを見ましたが、彼女はウインクをするばかり。
…本当にお嬢様がそんなことを?
しかし聞いたところで、彼女はきっとはっきりとは答えてはくれません。ですので、聞かなかったことにしました。
「ありがとう、セルビリア。」
彼女が勝手にやったこととはいえ、何から何までセットしてくれたことには感謝しております。
一言礼を言うと、セルビリアは満足そうに手を振ってくれました。そうして、着慣れない服で部屋をあとにします。
蒼のワンピースですが、シンプルな見た目で目立つことのない服装です。しかし袖口やスカートの裾には白いレースが縫い付けられていて、所々に女性らしさが現れたデザインです。
決しておかしな姿ではありませんが、侍女や執事にみられるのは些か居心地が悪いため、早足で本館を後にしました。
そのまま、広い庭を突き抜けて門までたどり着こうとした矢先…。
「おや、レイさんじゃないか。どうしたんだ、そんなにおめかしして。」
運悪く見つかってしまいました。見事な花に隠れてしまえばよいと考えましたが、どうやら考えが甘かったようです。
どうしてこう、あまり声を掛けられたくないときに限って、人目についてしまうのでしょう…。
しかし、これは相手が悪かっただけの話です。なにせ声をかけてきたのは、庭師のクレゼスなのですから。
彼は庭に植えられた全ての花の状況を把握しています。そんな彼の前では、花は目隠しに使えません。
なにせ人の顔より花びら一つ一つを覚えるような方ですもの。庭に誰かが来ればすぐにわかるくらいには、庭の変化に敏感なのです。
「外に出るとセルビリアにばれました。」
「ははは、こりゃまた随分綺麗に手入れされたもんだ。元が綺麗なんだから、当然と言えば当然か。」
手に大きなハサミを持ちながら、彼は大きく笑いだしました。その豪快さはまるで太陽のようです。
肉体労働が似合いそうな、がたいの良い体つきの男ですから、声は遠くまで響き庭へと木霊しました。
日焼けした太い腕にははしごが担がれ、頭には白いターバンを巻かれています。服装も白いラフなシャツに、かなりゆとりのある特殊なデザインのズボンを穿いていて…あまり品の良い姿とは言えませんが、それが彼の仕事着です。
「あまりからかわないでください。これでも誰にも見つからぬよう、隠れて来たのですよ。」
普段見せぬ姿ですから、頬に熱がこもります。しかし彼は少し鈍感なところがありますから、私の変化には気づくこともないでしょう。
「そりゃ悪い悪い。本当の事をいっただけなんだがなぁ。そういえばロミアが早くに出ていったが、朝にお嬢様が暴れたんだって?レイさんもそれで出掛けるのか?」
ロミアがあらましを説明してくれているようで、大まかな情報は掴んでいるようです。首をかしげながらも、木の根もとにはしごを立て掛けました。
「えぇ、噂の本喫茶を見に行こうと思いまして。 」
「あぁ、あれか! 俺はどうにも読書が苦手だが、最近人気なんだってな。 レイさんの事だ、本喫茶でイケメンに声をかけられまくったりしてな、はっはっは!」
冗談混じりの会話に、私も思わず深い息をこぼしてしまいました。私は冗談のつもりで捉えていますが、こういったときは大抵彼は冗談のつもりで言っていないのです。
「婚期を二度も迎えた女が、今さら声をかけられることなんてありませんよ。」
冗談に冗談を返すように、肩をすくめて見せました。彼に悪気はないとは思いますが、女としてはもう熟れすぎた私に、引き取り手などないでしょう。
そんな資格も、ありませんから。
「はは、でもレイさんは自分が思っているよりも、ずっと綺麗で美しい女性だってことを自覚した方がいいぞ? ほれ、これは餞別だ。」
彼は先ほど梯子をかけた木の枝をハサミで切り、それを手渡してくれました。枝にはギザギザとした形状が特徴的な葉っぱが数枚飾られています。
これは…柊でしょうか。
「切っちまったら直ぐに枯れてしまうが、天然のブローチだ。その服に合うと思うぞ?」
彼の指摘通り、蒼いワンピースには新緑が良く映えました。そっと胸元のポケットに差し込むと、彼のいった通りブローチのようです。
「ちょうど剪定の時期だったからな。その枝も美人の胸元に飾られて幸せってもんだ。」
「相変わらず口が達者ですね。…ふふ、ありがとう。」
いいってもんよ、と少し高いところから声が降ってきました。会釈をひとつしてから、その場を立ち去ります。これ以上いたところで、仕事の邪魔をしてしまいますから。
広い庭を抜け、やっと門へとたどり着きます。見事な正門には警備のものがいるだけで、運良くそれ以降、誰とも接触することなく門を潜り抜けることができました。
お嬢様の侍女であるからには、世間の流行りに疎いわけにはいきません。
しかしながら、屋敷から出ることのない私にとってはそれはただの情報…聞いた話でしかありません。
普段ならばそれで良いでしょうが…今回はそうはいきません。クラスの大半の支持を集めた本喫茶が、なぜ、どうして、どうやって、そこまで人気を集めたのか。
こればかりは自分の目で確かめなければなりません。
胸元にしまった懐中時計を開き時間を確認します。お昼前の時間ですから、街につくのはお昼を過ぎた頃でしょう。
お屋敷は防犯上、レディアンから少し離れた森の中に位置しています。そのためお嬢様や旦那様は、常に馬車で移動をなされます。
しかし私のような者が、馬車を使うなどもってのほか。乗馬すら憚られます。
そのため、街までは徒歩で向かうしかありません。今から歩けば…そうですね、1時間ほどでたどり着くでしょう。
体力にはあまり自信はありませんが、これもお嬢様のため。そのためでしたら、何処までも歩いていきましょう。
胸元の柊が日光を浴び、心なしか元気そうに羽を伸ばしておりました。
まるでこの後の出会いを祝福しているかのように。
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