服装には気を付けて

 セルビリアの部屋は、一言で言うならばかなり散らかった作業部屋です。


 あちらこちらに端切れが散乱し、フリルやレースのリボンが飾りつけのように、長く伸びてテーブルをラッピングしています。


 床には…丸いカラフルな物が散らばっていました。見たところ、ずいぶん固い素材です。


「これは…?」


「あぁ、それ。ビーズよビーズ! 最近流行りだしてねぇ。夏ごろには主流になると思うわ。」


 衣装係ということもあり、セルビリアはファッションの流行にとても敏感です。そのセンスから、ドレスやお出掛け服などを一人で手掛けているその道のプロフェッショナルです。


 しかしファッションやおしゃれ以外には無頓着のため、部屋はご覧の有り様です。


「それで? いったい全体どうしたの? イチゴケーキのオーダーなんてここ最近出てなかったじゃない。」


 ここ最近こもりきりで衣装を手掛けていた彼女は、尚更館の情報に疎くなっていました。


 事の荒巻を簡潔に説明すると、彼女は奇抜さに負けぬくらい豪快に笑いだしました。


「あっはっは!そりゃエリザベルお嬢様が奉仕活動なんて、やるわけないわねぇ!」


「笑いことではないですよ、セルビリア。」


 咳払いをして見せましたが、彼女の態度が変わることはありません。笑いながら、トルソーにかけていたドレスの手直しを始めました。


 見事な赤いドレスはすこし小柄で、所々にピンクのレースが施された可愛らしいデザインです。


 手首に針刺しを巻き付け、器用にビーズを縫い付けていきます。その動きは洗練され、美しいとさえ思えるほどです。


「猶予は1ヶ月しかありません。貴女の力を貸してほしいの。」


「そう言われてもねぇ。今はマリー様の社交界デビューあるし、そんなに力は貸せないわよ?」


 セルビリアはドレスの仕上げに集中しているのか、こちらに一切目を向けません。


 彼女は館の専属デザイナーでもあるため、自由に動くことはできないのです。


 現に今も、もうすぐ社交界デビューをなさる、エリザベルお嬢様の異母姉妹にあたるマリー様のドレスを仕上げています。


 旦那様は奥さま…エリザベルお嬢様のお母様を早くに亡くされ、今の奥さまと再婚されていらっしゃいます。


 当時4歳だったお嬢様にとって、旦那様の再婚は受け入れがたいものでした。そのため、すぐに生まれた妹であるマリー様とは距離をおいておられます。


 また旦那様も…その愛情はいささかマリー様に傾いておられる。


 お嬢様がわがままばかり言うようになったのも、そんな旦那様の愛情を確かめる手段のひとつでした。


 しかしお嬢様の気持ちとは裏腹に、旦那様はお嬢様を甘やかすだけで…次第にお嬢様と話す機会を減らすようになりました。そのせいもあって、余計にお嬢様のわがままは加速していきます。


 だからその事を知っている使用人は、誰もお嬢様のわがままを恨むものはおりません。


 そのわがままが、ただ愛情を欲しがっているものだと、わかっておりますから。


「マリー様は今年で12歳…早いものねぇ。このドレスがデビューの花になればいいんだけどねぇ。」


 独り言を呟きながら、セルビリアはあっという間にドレスにビーズを縫いつけていきました。黄色いビーズが光に反射して、キラキラと可愛らしく光っています。


「オレンジ色…ですか。マリー様の好きな色ですね。」


「えぇ、マリーゴールドの色だから絶対にいれて! って言われたのよ。」


 マリー様の名前にもなった花の色。それがドレスをより美しく飾り付けています。さすがはセルビリアです、一工夫でドレスの出来を格段にあげてしまうのですから。


「で?なにしてほしいの? 」


 ようやく一段落、作業が終わりを迎えたためセルビリアは私へと目を向けました。


「社交界での流行りを教えてくれないかしら。」


 春先ということもありパーティーやお茶会が増える季節。彼女自身を動かすのは無理な話です。


 しかし、彼女はデザイナーという仕事の傍ら、社交界での情報をいち早く掴む情報網を持っています。


 地位のあるものしか参加のできない社交界の情報は、事を優位に進める上で必要不可欠。


 あとは、彼女が情報を渡してくれるか、です。


 時おり気まぐれなところがあるため、気分によっては教えてくれないこともあります。特に、スランプに陥ったときなどは協力など求めることはできません。


 今の作業を見ている限り、大丈夫だとは思いますが…。


「今の流行?そうねぇ…表立っては言えないけど、今の貴族の間ではメロドラマがものすごく流行ってるわよ。ほら、本喫茶のおかげで皆、読書をするようになったから余計に。」


 どうやら本喫茶の人気は、社交界にも影響を及ぼしていたようです。不安をよそにあっさりと教えてくれた彼女は、手でハートマークを作っていました。


 メロドラマ…波瀾万丈、感傷的な恋愛物語のことです。不倫や女同士のどろどろした争いを描いた…確かに表立っては話題にできるような内容ではないジャンルです。


 しかし抑圧されたものほど、何故か人を魅了してしまうものです。


「どぉ? ちょっとは役に立てたかしら?」


「えぇ、十分よ。ありがとうセルビリア。」


 学園の生徒はほとんどが上流階級の貴族です。つまり社交界での流行も、少なからず影響を及ぼしているでしょう。


 午後の定例会議での情報待ちとなりますが、きっと何かの役に立つでしょう。


 セルビリアはまだ忙しそうですし、本格的な協力は求められそうにありません。


 しばらくは情報提供のみ尽力してもらいましょう。


「この後外に出ますが、午後の定例会議には戻ります。定例会議には出席するでしょう?」


「それには顔を出すわ……って、ちょっと待ちなさい!」


 踵を返し外に出ようとした矢先に引き留められ、気がつくと手を捕まれていました。


「まさかとは思うけどレイちゃん…あのだっっさい私服で出掛けるわけじゃないわよね!?」


 肩を掴み凄まじい形相で凄まれてしまいました。


 あぁ、嫌な予感がします…。危機回避をしたいところですが、思ったよりも強く捕まれてしまって逃げられません。


 これは…まずいです……。


「私服はあれ一着しか持っていませんから……。」


「ダメよ!! 絶対にダメ!! レイちゃんもいい歳なんだから! いい加減おしゃれしなさい!」


 おしゃれに塗られた爪が肩に食い込み痛いのですが、それよりも…彼女からのプレッシャーの方が重くのし掛かって居たたまれなくなります。


 彼女は流行に敏感ですが、それと同じくらいおしゃれにも聡いのです。


「侍女が主より着飾る必要はありませんから…。」


「あのね!! この際だから言うけど! 侍女がとってもダサいって言うのは主のセンスに泥塗るのと同じよ!? エリザベルお嬢様と一緒に外に出る訳じゃないんでしょ? なら館に恥じない格好をなさい!!」


 どうにも彼女と私の価値観はたまに合わないようで、時おり困惑してしまいます。


 別にお嬢様の代わりに出掛けるわけでもない、私個人の外出に…館の恥などあるのでしょうか…。


 確かに使用人は主の所有物ではありますが、所有物が主より目立ってはいけません。


 …というのに、セルビリアの考えは真逆なのです。主の所有物だからこそ、見劣りしてはならない…だそうで。


 どうしても理解に苦しみます。


 しかしそれと同じように、私の価値観も理解してもらうことはできないのでしょう。


「さぁ! 着替えの時間よ!」


「っえ、い、いえ…セルビリアも仕事がありますし、手を止めさせるわけには…っ!」


 必死に、遠回しに遠慮したのですが…伝わりません。ずるずると試着室へと引っ張られていきます。


 な、なんと言う力でしょう……。


「ほ、本当に大丈夫ですから! あの、聞いていますか!?」


「はいはーい、聞いてますよー。続きは着替えとメイクが終わったあとね!!」


 最後まで試着室に入らぬようテーブルにしがみつきましたが、抵抗むなしく試着室へと放り込まれました。


 …その後彼女のお着替え人形にされ、試着室から出てきたのがおよそ20分。


 さらにそこからメイクだのへアセットだの…大幅な時間ロスをくらい、ついに解放されました。


 もちろん、始終文句をいいながら、です。


「よっし完成!はいレイちゃん、きれいなお顔とご対面ー!」


 その際一切鏡を見せられぬまま事が進み、漸く鏡を手渡され…。


 写った姿に、思わず鏡を落としそうになりました。

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