猶予期間
お嬢様の部屋にたどり着くと、今朝よりさらに大荒れなことなっていました。
こうなることを見越して、あらかじめお嬢様の起床には、サーニャとリーリア以外立ち入らないよう指示はしておりましたので、部屋には三人しかおりません。
お部屋の状況ですが…あちらこちらに破片が散らばっております。白い陶器の欠片…恐らく、カップとティーポットでしょう。
美しく優雅な赤いカーペットには大きなシミが出来上がっており、その上を欠片が散乱しています。素足で歩けば、まちがいなく怪我をすることでしょう。
これは…お嬢様が激高なさってお茶を投げつけたのでしょうね。
かくいうお嬢様は…透き通るほど白く美しい肌をほんのりと赤く色づかせ、真っ赤な髪はそのままに、息を切らして部屋の隅を睨み付けておりました。
寝起きのお嬢様は元より機嫌が悪いのですが、本日は更にというべきですね。
今にも飛びかかりそうな険しい視線の先には、部屋の隅で縮こまるサーニャの姿がありました。
「な、なんで…何で、全部…避けるの、よぉ!!」
「ひぃ!お許しくださいぃぃ……。」
半泣きで震えているサーニャの周りには、特に陶器の欠片やその他様々なものが散乱しておりました。ほとんど、彼女に向けられて投げられたのでしょう。
それなのに、彼女は全く、怪我をしていません。
「相変わらずぅ、サーニャのあれぇ、すごいですねぇ…。」
物陰に隠れていたリーリアが、私を見つけて出てきました。お嬢様の機嫌が悪いときは、決まって隠れています。彼女だって、怪我はしたくないでしょうから。
「そうね、だからサーニャはお嬢様の起床係を勤められているのよ。」
お嬢様の寝起きの悪さは凄まじく、大抵ものを投げたり暴れたりと、酷いものでした。
そのため怪我をする侍女が後を絶ちません。
しかし、サーニャは違います。普段そそっかしく不器用な彼女ですが、自己防衛能力がすさまじく高いのです。
今も見ての通り、お嬢様が投げられたものを全て避けてしまい、傷ひとつありません。
今のところ、勤続1年にして無傷記録を維持し続けているのは彼女だけです。今日も記録更新といったところですね。
「おはようございますお嬢様。」
頃合いを見て部屋をノックし、頭を下げて入室しました。しばらくお嬢様とサーニャの攻防戦は続いておりましたが、投げるものがなくなってしまったのです。
「レイ!!何で直談判を止めたのよ!今日言えば全然間に合ったのに!」
今朝の事をまだ諦めていないお嬢様は、頬を膨らませておりました。その最中にサーニャは部屋の片付けを、リーリアはバスタオルとお嬢様の制服を持ってきました。
「ですので、時期尚早と申し上げたばかりではありませんか。」
「今一番注目されてるのよ!?どうやっても支持が下がることなんてないじゃない!」
お嬢様自身、本喫茶の人気は自覚しているご様子です。だからこそ、焦っているのでしょう。
「人の流行などすぐに移り変わるものです。そうですね…1ヶ月程度もすれば、流れは変わるでしょう。」
私の発言を聞いたとたん、お嬢様は不機嫌な顔から一転、にやにやと笑いました。
…どうやら私のこの発言を待っておられたようです。
「…言ったわね! 1ヶ月よ! 1ヶ月で本喫茶の支持が下がらなかったら、お父様に言いつけるんだから!」
侍女である私の制止など、お嬢様にとっては不愉快きわまりないこと。それでも私の顔をたてて1ヶ月の猶予を待ってくださるのですから、よき主です。
端から見れば、1ヶ月以内に何とかしろ、という無茶難題に聞こえるでしょうが、私には関係ないこと。
1ヶ月でお嬢様の願いを叶える。それだけですから。
「それではお嬢様、お目覚めの運動もお済みの事ですし、シャワーのご準備をしております。どうぞ汗をお流しください。」
「それもそうね。それよりレイ、約束は約束だからね!」
「存じ上げております。」
リーリアが先回りして浴槽の準備をしてくれていたお陰で、お嬢様をシャワーにうまく誘導できました。
お嬢様も私に猶予期間を設けられたことに機嫌をよくしたのか、最後に念を押されてバスルームへ向かいました。
これで少しは時間が稼げるでしょう。イチゴケーキをデザートに出せば、これでお嬢様の機嫌も完全に回復いたします。
「レ、レイさん…いいんですか…1ヶ月なんてすぐですよ…?」
部屋の欠片を綺麗に片付けたサーニャが、不安そうな声をあげています。そんな彼女に、微笑みを返しました。
「問題ないわ。なんとかしますから。それよりサーニャ、私は外にでますから、 後の事はゲルドルトに指示を仰いでちょうだい。あぁ、あとカーペットは替えておいてね。」
はい、とまだ不安げな声を背に受けながら、バスルームの前まで歩み寄ります。中から甘い香りと、水の流れる音が響いています。
「それではお嬢様、私は失礼いたします。またお帰りの際にお迎えに上がります。」
「……ふんっ、いいわ。サーニャとリーリアもいるし。好きにしなさい。」
「ありがとうございます。」
お嬢様は少し不機嫌そうな間があったものの、次には鼻唄混じりでシャワーを浴びていらっしゃるご様子ですので、心配は無用のようです。
後の事を二人に任せ、私はお部屋を後にしました。
…さて、お屋敷の事はゲルドルトに任せてありますから、私は私で情報を集めませんと。
何せ猶予は1ヶ月しかないのですか。
早急に問題を解決しなければなりません。
そのためには、もう1人手助けが必要です。
私の足は別館ではなく、そのまま本館のとある部屋へと向かいました。
使用人のうち、唯一本館に作業部屋を設けることを許された部署。
衣装係のセルビリアの部屋です。
セルビリアは館でも美意識の高く優れたセンスの持ち主です。
気まぐれで変わった性格の持ち主ですから、たまに扱いに困ることがあります。
ですが、今は彼女の力を借りなければならないとき。
なんとしても、協力してもらわなければ。
意を決して扉をノックすると、返事の代わりにすぐに扉が開かれました。
「はぁいー、って、レイちゃんじゃない!ちょーどよかったわぁ!」
長く細かな細工のされた爪が扉にかけられ、すこし黒い肌の女性が顔を出しました。
ウェーブの強い青く長い髪をポニーテールにまとめ、前髪は赤や黄色、紫といった様々なカラーで染められた派手で奇抜な彼女は、嬉しそうに私を手招きしています。
「聞いたわよ。イチゴケーキのオーダーが出たんだって?緊急会議もしてたようだし、詳しく聞かせてよ!」
「えぇ、そのつもりです。」
ハイテンションな彼女につれられ、部屋へと足を運びました。
…この後、散々振り回されることになるとも知らずに。
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