第2話 クリスマスイヴ

 それから、僕と風間かざまさんはちょくちょく一緒に遊びに行くようになって、お互い下の名前で、「ゆきちゃん」「ひかる君」と呼び合うようになった。一緒に遊ぶようになって知ったのだけど、ゆきちゃんは結構茶目っ気のあるタイプで、よく僕のことをからかったり、変ないたずらを仕掛けてくる。


 ある時は、意味深に飲みかけのジュースを渡してきたり。またある時は、カップル限定の店に誘って、「あ、ひょっとして意識してる?」なんて言ってきたり。そんな悪戯に抵抗できないのが悔しくもあったけど、とにかく、そんな日々を過ごしている内に、僕はすっかり彼女にぞっこんになってしまったのだった。


◇◆◇◆


 校長先生を兼ねる神父さんが聖書の一節を朗読する中で、隣で黙想をしている彼女を見やる。彼女は、あの時言ったように、ストレスが溜まった時、考えをまとめたいとき、落ち込んだ時に黙想をして心を落ち着けるらしい。だとすると、今は何を考えているのだろうか。


 そんな風にして彼女を観察していると、ふと、雪ちゃんの目が開いた。


「黙想してたの?」

「うん」

「何考えてたの?」

「知りたい?」

「できれば」

「秘密……と言いたいけど、放課後にはわかるよ」

「放課後?」

「うん。ほんとは夜にしようと思ったんだけど、パパとママがうるさいしね」

「夜は家族で一緒に過ごすことになってるんだっけ」

「そうそう。そんなに、厳格にしなくてもいいのに」


 愚痴をたれる彼女。そんなところも彼女らしいな、と思えるようになっていた。


 その後、僕らを含む全校生徒による聖歌合唱やオーケストラ部による演奏などを経て、無事、クリスマス・イヴのミサは終了したのだった。


 そして、流れ解散となったわけだけど、僕にとってはこれからが本番だ。


「ねえ、雪ちゃん。ちょっとこれから時間ある?」

「用事?」


 見返してくる瞳は純粋に疑問に思っているようだった。


「うん。そんなに時間は取らせないから」

「私も光君に用事があるんだけど。後でいいか」


 後?放課後にはわかるとか言ってたっけ。何か悩み事の相談だろうか。そんな事を考えつつ、僕は彼女をに連れて行ったのだった。


「ここって、聖堂よね?」

「うん。前に行こう」


 いよいよか、と思うと、胸の鼓動を抑えられなくなっていく。聖堂の一番前にある台座まで彼女を連れて行って、彼女と向かい合う。


「ちょ、ちょっと待って。これって……」


 僕の意図に気づいたのか、ぎこちなくなっていく雪ちゃん。当たって砕けろだ。


「待たない。雪ちゃん、僕は……」


 決定的な一言を告げようとした瞬間。


「ちょっと待って。ストップ、ストップ!」

「はい?」


 不機嫌そうな彼女に制止されてしまう。ひょっとして、迷惑だったのだろうか?


「ご、ごめん。ひょっとして迷惑だった?」

「そうじゃなくて。私から告白しようと決めてたのに、先越そうとするから」

「え?」


 今、なんて言った?雪ちゃんの方から告白?ということは……


「それって、雪ちゃんが僕のことを」

「あ。私の馬鹿馬鹿馬鹿。こんな形で告白しちゃうなんて……!」


 髪をかきむしりながら身悶えする雪ちゃん。そんな姿も愛らしい……じゃなくて。


「あのさ。やり直し、してもいい?」


 答えがわかった後にやるのは、とても微妙なのだけど、なし崩しは避けたい。


「うん、どうぞ。あー、私、失敗しちゃったなあ」


 がくんとする雪ちゃん。そんな様が少しおかしい。


「僕は、雪ちゃんの事が大好きです。付き合ってください!」


 事前に考えていた言葉は全て吹っ飛んでしまったので、ストレートに伝える。


「はい。私で良ければ、喜んで」


 とづづけて、


「ホントなら、私が言うはずだったのに」


 ため息をつく彼女に、僕も苦笑い。お互いに、同じことを考えていたなんて。


「この場所も、クリスチャン(仮)な私らしいかなって、考えていたのに……」

「いい加減諦めてよ、アナスタシアちゃん」

「洗礼名で呼ばれるのはビミョーなんだけど」

「ごめん」


 クリスチャン(仮)な彼女としては、そこら辺はビミョーなのだった。


「とにかく、結果オーライにしない?」

「うん。そうしようっか」


 こうして、締まらない告白は幕を閉じたのだった。


 聖堂から外に出て、上を見上げると、ぽつぽつと雪が降っているのがわかる。


「ホワイトクリスマスだね」

「ホワイトクリスマスより、ちゃんとした告白がしたかった」

「もう、それは諦めてよ」


 よっぽど悔しいのだろうけど。


「冗談だってば」

「それならいいんだけど」


 恨み言が若干本気が入っていた気もするし。


「それにしても、私は不信心者だけど……」

「クリスチャン(仮)だもんね」


 いつか言っていた言葉を思い出す。


「クリスマス・イヴにきっかけをもらえたものは良かったのかな」


 空を見上げる彼女はどこか遠くを見ているようだった。


「いっそのこと、真剣に信じてみたら?」


 僕も、同じく空を見上げながら言う。


「ううん。私は、やっぱり、クリスチャン(仮)でいいや」


 相変わらずな彼女に、僕は苦笑いしたのだった。


 そうして、クリスチャン(仮)な彼女と僕の日々が始まったのだった。宗教は人を幸せにするか、ということを考えたことがあるのだけど、たとえ本気で信仰しなくても、案外雪ちゃんのような立場もありなのかもしれない。そんな事を考えたのだった。

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彼女はクリスチャン(仮) 久野真一 @kuno1234

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