第22話 変態する変態と、その変態についていくアンドロイドと

   変態する変態と、その変態についていくアンドロイドと


 ルミナとユノも、その話は初めてだった。

 自分たちがレライエの部隊に運ばれ、ハツォルの街の近くの場所に放置された、なんて……。

 しかしそれ以上に、レライエの驚愕の方が大きかった。

「父上が……。転生者を運んでいた……。何の冗談かしら?」

「これは……、最初から説明が必要かな」

 ハゲンティもそう呟く。わずかに動く首を傾け、グラシャに向けて「あの男には、君の方から伝えてくれ」と前置きしてから、ハゲンティは語りだす。

「貴族というのはファースト・トランスファー。つまり、初めてこの世界に転生した者なのだ。我々はこの世界に現れた段階から、スキルという特殊な力がつかえ、わずかに残っていた人類を支配することに成功した。旧世界の残っていた技術と、我々が知っている仮想世界の話をまじえ、人々に恐怖を与えることによって……。

 だが、やや誤算だったのは、それ以降も、王は転生者を送りこむシステムを止めなかったことだ。

 我々、貴族としては自分たちの地位を脅かされるのは嫌だ。一方で、それを受け入れないとなれば、王が次にどういう手段にでるかも分からない。そこで、放置という手段をとり、そこから生き残った者を、しかも私たちが受け入れるという形で、その仕組みを受け入れることとした。太陽光に当てないと、魂がうまく定着しないという事実に鑑み、街の近くに放置することで手を打ったわけだ」

 貴族が最初の転生者、というのも驚く話だが、今のレライエにそれを受け入れるだけの余裕もない。これはグラシャが尋ねた。

「だから貴族は、スキルを使えるのですか?」

「そういうことだ。転生者を受け入れる一方で、その記憶を消すことで、スキルそのものも弱めてしまう。そうすることで安寧を得ようと考えた。やり方は簡単だ。何しろ、魂と肉体を定着させることができるのだから、その逆をすればいい。一度貼りつけたものをまた引き剥がすのだから、相当な苦しみもあっただろう。だが、ほとんどの者が記憶を失うのに、逆にすべてを思い出す者が現れた。それがカイムであり、ミドラーシュだ。

 貴族はヘーレムを恐れ、ミドラーシュを恐れた。ファーストより強い力をもつのではないか……と。それがあの病的なまでの武装、甲冑なのだよ。

 だが、自分のありように疑問をもつ私のような者にとって、あの男を生かしておく方が、人類にとって有益ではないか? そう考えるようになった」

「やっと本音を話したな。タヌキめ」

 そのとき、部屋の入口から入ってきたのは、カイムだった。

「王と話したのだろう? なら、もう隠すことは何もない」

「記憶も、毛根と一緒に落ちてなくなったかと思っていたぞ」

「毛根に記憶は紐づかんわ! それに、毛根は落ちたわけじゃなく、今はちょっと冬眠しているだけだわ!」

「オマエの毛根だけ、外と同じで氷期かよ……。それだけじゃないだろ。貴族だけがスキルを子々孫々、受け継ぐ手法もそれと同じ、だろう?」

「やはり、そこまで気づいていたか……。安寧を得たはずの貴族だったが、齟齬が生じていることに気づく。元々、脆弱だった魂と肉体との接合のせいか、どうしても子供ができにくかったのだ。

 レライエ君の父親も悩んだように、跡取り問題が生じた。そしてもう一つ、力の源泉たるスキルが、子供の代で使えなくなるのは、実に困ったことだ。そこで、貴族は複数の女性を囲っておけるようにする一方で、生まれた子供を王に預ける、という手法がうみだされた。ものごころつく前、数ヶ月に亘って王に預けておくと、スキルを移すことができると分かったのだ」

「…………私も、なのかしら?」

「君も、だよ。レライエ君」

 レライエはここにいる中で、自分だけが何も知らないのだ、と気づいた。


「だが、その魂が王に預ける前のそれと同じか、そこに疑義が生じた」

 カイムの言葉に、ハゲンティも頷く。

「その通りだ。魂と肉体がちがうものであることは、貴族が一番知っている。肉体は確かに自分たちの子供だが、魂も果たしてそうなのか……。愛情がもてず、距離をおく貴族も多くなった」

「だから私、一人だったのかしら……? 父も、母も、ほとんど私の相手をしてくれなかったのも、私が子供とみとめられなかったから……」

「そういう面もあっただろう。だが、そうすれば霊性も高くなり、スキルが継承できる……そうするしかなかった」

「やっとできた子供を王にさしだして、その代わりを受けとっているんだ。まったく貴族っていうのも、おめでたい奴らだよ。そして、その抜かれた子供の魂が、仮想現実の世界で輪廻する素材、として使われているんだ」

 これに驚いたのは、ルミナとユノだ。「え? 私たちの魂って……」

「王は仮想現実の世界をつくって、魂を輪廻させることで、そのコピーを転生者の肉体に乗せている。でも、考えてみろ。そんな使い方をしていたら、魂だって劣化し、いずれエラーを起こすだろう。そのとき、どこから魂のソースを補給するか? それが不思議だったんだが、これではっきりした。

 スキルを与える、という名目で。魂にすき間をつくる、という名目で。

 自分たちの子供の魂を、貴族がさしだす。そして仮想現実の世界で輪廻した魂は、適格と判断されると、それを肉体に乗せてこちらの世界へ供給する。そういうシステムだったのさ」

 カイムはレライエと、ルミナとユノを指さしながら「オマエたち、同じ魂かもしれないし、下手をすれば兄弟とか、そういう可能性もあるわけだ」

 初対面の三人は、互いに顔を見つめ合っている。

「さすがだな。そこまで突き止めたか……」

「ハゲンティがもう少し教えてくれていたら、遠回りはしなかったよ」

「私は若くして、こうした体になって、子を残せなくなり、自らのこと、この世界のことに疑問をもつようになった。だが、この体だ。私が知る事実から推測することはできても、証明することはできん。変な予断を与えるかもしれん。あくまで助言を与えるにとどめ、お前が気づくときに教えた。だが、王と対話したのなら、もう隠しておく必要もないだろう」

「やれやれ……。ふり回された挙句、こっちは孫悟空か?」

「釈迦ほどの威厳もないが……」

「螺髪もないし、どっちかというと坊主に近いか……」

「坊主じゃない! まだ少し生えている! 毛は残っているぞ!」

「オマエの毛の状態より、これからどうするか、だが……」

「お前は事情を知ってから、どうするかを決める、と言っていたが……。ここではスキルもある。そう簡単に、世界を変えることなんてできんぞ」

「とりあえず、ここにいるメンバーが納得できる結論を考えている」

 カイムはそういって、悪党ぶってニヤッと笑った。


「貴族のみなさ~ん! また、ミドラーシュがやってきたよ~‼」

 全裸で、股間に鬼の面をつけたカイムが街を走り回っている。やがて、以前と同じように、機動部隊の本部、その屋根へと駆け上がった。彼を捕まえようとする者、興味本位の者、などがその下に集まってくる。

「今日は、新しいオトモダチをご紹介します。どうぞぉ~!」

 カイムに促されて、ルミナとユノの二人がそこに現れた。

「この二人、この世界にやってきた転生者です! そして、この世界の誰かのお子さん、その魂を受け継いでおります!」

 カイムのその言葉に、聴衆はザワつく……。一部の人間には、この世界に転生者がいることも、子供の魂をさしだしていることも周知の事実だからだ。

「そうです。みなさんが小さい頃、王と接触するときに魂を抜かれた、その魂が転生者に宿っているのでございます。だから、転生者は特殊スキルが使えるんですよ。では、実践してもらいましょう!」

 カイムに促され、ルミナはもっていたタオルにスキルを使うと、それが剣のように固く、鋭く、ユノがもっている木の枝をスパッと斬ってみせた。

「いや、すばらしい! ヨッ! ヘーレム。ヨッ! アグリティ」

 胡散臭く、カイムがそう煽ってみせる。

 そのとき、カイムたちがいる同じ屋根に王都第四機動部隊、騎兵隊長のハルパスが駆け上がってきた。彼は王都を守る騎士であり、今回は迎撃に間に合ったのだ。

「貴様! 王都を騒擾する罪! すぐにでも殺……、はうあッ!」

 ハルパスが最後、呆けたようになったのは、ユノのスキルにかかったからだ。彼女は幻影をみせるスキルの持ち主、そうして幻影をみせられたハルパスは、ナゼか鼻の下を伸ばして、だらしない顔を浮かべている。どうやら、もう戦うどころではないようだ。

「変態のミドラーシュに、転生者のアグリティか……。厄介な取り合わせだな。私がでるしか、ないようだ」

 そういって同じ屋根に上がってきたのは、王都機動部隊の総督、ヒゲを貯えたヴァラファールだった。聴衆も「ヴァラファール様だ」「ヴァラファール様だ」と、口々にその姿を称える。それぐらい、彼は有名人でもあった。

 彼は高齢で、ゆっくりとした所作だったが、その姿がまるで長い髭が揺蕩うのと呼応するようにして、ゆっくりと黒い煙となり、その煙がカイムへと迫っていく。

「煙なので捕まえられない。相手に攻撃をできないが、こちらは攻撃できるってスキルかよ……。ま、ラスボスにありがちな、都合のいいスキルだな」

 ナゼか飄々と、そう分析してみせるカイムだったが、その煙が首の周りにまきつかれて、言葉すら発しられなくなった。やがてそのまま息の根が止まったように、ガクンと項垂れる。

 だが、次の瞬間、彼の体はパッと消えた。そして、股間につけていた鬼の面が外れて屋根から落ちと、そこに隠し持っていた紙の束が、パッと散って、まるで紙吹雪のようにばら撒かれた。

 ヴァラファールも、相手を倒したと思って元の人の姿に戻ろうとすると、高速で襲ってきた相手に気づき、慌ててまた煙のまま避ける。それは、碧い髪をもった美少女アンドロイド、グラシャの姿であった。

 聴衆も、ナゼそのアンドロイドがヴァラファールを襲うのか、理解もできなかったけれど、類稀なその動きが、徐々にヴァラファールを追いつめていくのを、まるで剣劇でも眺めるように見つめる。やがて、屋根の一番上にまで追い詰められた。

「ミドラーシュの仲間……? だが、アンドロイドでは攻撃することも難しいし、何よりこの動き……厄介だ」

 だが、このときヴァラファールは気付いていなかった。ここは地下都市、しかも天井が高いといっても、三階建ての王都機動部隊の本部なので、三階の屋根は天井にギリギリだ。そしてそこに、空調をコントロールする通風口があることに……。

 しかし煙の粒子はすべて自分の体、コントロールしているので、そんな通風口があったとしても、何も問題ない……はずだった。

 そのとき、彼は見た。見たこともない、巨大な鳥がそこにいることに……。

 その巨大な鳥は、巨大な翼を大きく羽ばたかせた。ヴァラファールは煙となっているので、その風力に耐えかね、通風口へと吹き飛ばされる。慌ててヴァラファールも自分のスキルを解いて、人の姿にもどって、その通風口に嵌められた金網にしがみついたのだが、そこに碧い髪のアンドロイドが迫ってくるのが見えた。煙に変わることもできず、グラシャのもっていた剣で峰打ちされ、意識を失って、そのままヒゲと洋服が金網にからみつき、ぶら下がる形となった。

 突然現れた巨大な鳥は、カイムが股間につけていた鬼の面からばら撒かれた紙の束を、その翼で舞い上げるよう羽ばたいた。

 屋根の上に散らばっていたそれが、聴衆へと舞い上がった姿は、まるで紙吹雪が舞うかのように見えるほどで、みんながそれに気をとられている間に、巨鳥は消えた。みんなも、入っていたところがところなので、汚らしいものとしてプチパニックとなるけれど、そこに何かが書かれていることに気づく。

「ミドラーシュとは、探求する者……。そこに書かれているのは、私たちが調べたこの世界の真実です。みなさん、それでも自分たちの子供を犠牲にするのですか? 転生者を敵視するのですか? 階級社会にこだわって、息苦しい世界をつづけるつもりですか? 改めて考えてみて下さい。

 人間同士ばかりでなく、アンドロイドとも、仲良くしてください。私たちはアナタたちに仕えるばかりでなく、いつでも寄り添う、パートナーになりたいと思っているのですから」

 凛としたグラシャの言葉に、拍手する者がいた。そこに見に来ていた、ハゲンティの車椅子を押す、オリアスだった。


「これで良かったのかしら? ハゲンティ閣下」

 ハゲンティの傍らにいたレライエも、思わずそう呟く。

「すぐには何も変わらんだろう。だが、一石は投じられた。これから少しずつ、何かが変わっていくのかもしれん」

 そのときには、屋根の上にいたグラシャも消えていた。人々も、突然のことで戸惑いながら、そこに書かれたことを読み、思案している様子だった。

「ミドラーシュから情報は与えられた。これからこの世界を変えていくのは、君たちだよ」

 ハゲンティにそう話をふられ、レライエもしっかりと頷く。

「そうなのだわ。一緒に戦う、姉妹もできたのだし……」

 レライエの見つめる先には、まだ屋根の上に残っているルミナとユノがいた。彼女たちを頼まれた。これからは彼女たちを受け入れ、一緒にやっていける世界をつくってくれ、と頼まれていた。

「最後まで、変態チックに振舞っていったね」

 ルミナもそう呟く。

「仕方ないよ。恥ずかしがり屋の童貞が、キレたら変態さんになるだけだもん」

 ユノの言葉に、ルミナも「潔癖だったユノが、そんな言葉をつかうなんて……」と驚いている。

「世間知らずだった私を、連れだそうとしてくれたこと。そしてそこで襲われ、死んだこと……。私は怒ってないよ。だって、そうしなければ真実を知ることもできなかった。もしかしたら、こちらに転生できていなかったかもしれないんだから。今では感謝している。ありがとう、ルミナ」

 ルミナも心の痞えがとれたように、ぽろぽろと泣きだした。ずっと、彼女をこの世界に連れてきたことを後悔していたのだ。でも、この世界をうけいれて、この世界を変えていこうと前向きになったことで、二人はまた親友にもどれた気がしていた。


「また、街を追いだされましたね」

「ま、仕方ないさ。ほとぼりが冷めるころ、舞いもどればいい」

 カイムとグラシャは、旅支度をすすめていた。王都でここまでやったのだ。しばらく戻れないことを覚悟していた。

「これから、どこへ行きますか?」

「さて……。まだまだ衛星都市のようなものがこの周りにあるというし、そこを巡ってみるか」

「私は、カイム様が行くところなら、どこでも行きますよ。カイム様が妻とみとめてくれるまでは」

 カイムも頭を掻きながら「それは、もっとお互いを知り合ってから……だな」

「構いませんよ。カイム様はそういう点、へたれですからね」

「人間の、変態するスキルをもつ男と、その変態を追いかける、アンドロイドの変態と……。オレたちは態様が変化しつづける、変態だ。だから固定観念にとらわれず、真実をみつづけようとする。苦労をかけるな、グラシャ」

「変態についていくんですから、苦労は承知の上ですよ❤」

 二人は歩きだす。まだこの世界がどこまでつづくか? それが分からない。分からないから、探求したくなる。まだまだその旅は終わりそうもなかった。




 ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。一先ず、二人の旅はここで筆をおきたいと思います。またどこかでお会いする日がありましたら……。

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