第21話 変態は死なず、ただ全裸で闊歩するのみ
変態は死なず、ただ全裸で闊歩するのみ
「魂のリソースは脆弱だ。その魂は仮想現実の世界で、何度も輪廻する。否、させたんだ。そして、魂にエラーコードが溜まり、断末魔の悲鳴を上げるように、魂にスキルが刻印された。
オマエたちが『介入は最小に』なんて言っているうちに、こっちはそのスキルによって害を受け、それを避けるため、色々と研究を重ねてきた。オレはミドラーシュ、スキルの探求者だ!」
カイムがそう言い放つも、白いアンドロイドは言葉を返さない。元々、初期型で表情をつくるような機能をもっていないけれど、もし表情をだしていたら、はっきりと不快さを示したことだろう。
「スキルについて、我々の洞察が足りないことは事実だ。だが、我々にとってスキルなど、まったく感知しない話だ。人類が生き残るのに有利なら、勝手にそれをつかえばいい」
「人類を生き残らせようとはしても、その様態はまったく関知せず……か。しかし魂をくり返し、くり返し輪廻させることで、不都合が生じていることは、オマエたちの責任として受け止めるべきだ。
魂は脆弱……それをみとめつつ、魂に負荷をかけつづけるオマエたちの、そんなやり口が、結果的に人類を滅ぼすことになるかもしれないんだぞ」
「もし人類が、自ら滅びの道を歩むのなら、それは仕方ないこと。我々はまたちがう道をすすむしかない」
AIがこの世界をつくった。AIが滅びをもたらした世界で、AIにより救われた人類――。
「今、オマエたちが人類を見放したら、きっと生き残れないだろうな。食糧の生産をほとんど委ね、設備の維持すらできない。人類は鳥かごに入れられた、鳥になったのだから……」
カイムの言葉に、ルミナもユノも意気消沈する。自分たちも、その鳥かごに入れられそうになり、今はこうして野鳥となっている身の上だ。ここ以外に行く場所もないのに、立ち止まる木もない。渡り鳥にはなることすらできない。AIが人類を滅ぼそうと考えたら、彼女たちがもっとも危険……。
だが、カイムだけはちがう。さらに意気軒高となって、挑むように語る。
「ただ、人類の死体が死屍累々となって用水路に溜まったら、オマエは冷却することもできず、すぐに故障するだろう。自分だけが絶対安全だ、安寧だと思ったら、大間違いだぞ。
それこそ、人類が得たスキルという特異的な力により、アンドロイドなんてすべてぶっ潰すことだって……」
そのとき、この小さなブースのような場所の外が、ザワつくのが感じられた。通信により指示をうけたアンドロイド兵士たちが、ここに集まっているようだ。グラシャがカイムのことを守ろうと、その場に立ち上がったが、それをカイムが制した。
「自らの滅びには敏感か? ミハエル。だが、考えてもみろ。オマエが否定してみせたスキルだが、そのスキルによって、オマエなどすぐに息の根を止めることだってできるんだぜ。アンドロイド兵士も同様さ」
強気のカイムに、周りの緊張も高まる。だが、白いアンドロイドが「貴様のスキルとは……?」
「監視カメラで、ある程度は見ているんだろ? だが、理解はできていないはずだ。オレは幸か不幸か、この世界に来て、記憶を消されるはずが、逆にすべての記憶をとりもどすこととなった。その結果、自分が何度も、他人としか思えない人生を歩んでいることを知った。何百回、何千回……。一体、どれぐらいの人生を歩まされたのか分からない。仮想現実の世界だから、時間はブーストがかかっているだろうから、恐らくこちらでは大した時間も経っていないだろう。でもそうやって、オマエたちがつくった仮想現実の世界で、必ず死ぬ、という地獄を人類は味わっている。
何度も、出来上がった魂をつかって、こちらのつくられた肉体にコピーを埋めこんで、向こうではまた幼少期からくり返す……。オマエたちが、人類を残して自分たちを進化させようとした、これが結果だ」
飛びこんできたアンドロイド兵士の銃弾、カイムが一身にそれを浴びる。王に逆らい続けたカイムを抹殺する……カイムは前のめりでそこに倒れた。
ルミナとユノの絶叫が木霊する。
だが、倒れたはずのカイムの肉体は、そこから服を残して消えていた。そして、アンドロイド兵士たちは突然現れた、大きなカマキリのような生物によって、その大きなカマで、次々と銃をもつ腕を破壊されていく。
四人程度なので、アンドロイド兵士も五体しか集まっていないのが、徒になった。突然現れた、その大きなカマキリに、一瞬にしてその腕を破壊され、戦う術を奪われてしまったのだ。
やがて、そのカマキリが消えると、そこには全裸となったカイムがいた。
「な、何で……?」
ルミナもユノも、あまりのことに呆然とする。
「これがオレのスキルだ。あまり詳しく教えるつもりはないが、オレは自分の肉体をまったく違うものへと変えられる。それこそ、第九階層へ殴りこんで、王の納まったサーバーの入った箱を、ぼっこぼこにすることだってできるんだ。オレをその前に殺そう……なんて止めておけ。その分、オレの怒りが増すだけだぜ」
カイムのその言葉で、アンドロイド兵士たちの動きもぴたりと止まる。それは、彼らにとっても得体の知れない相手であり、その恐怖心をもったなら、AIにとって脅威と認識された証拠でもあった。
「貴様は何をのぞむ」
「何も……。オレはすべての事情を知った上で、どうすべきかを判断する。それだけのことだ。お前たちが何もしなければ、オレだってオマエたちに干渉する気はない。ただ、オマエたちが人を弄ぶようなことをするなら、全力をもってオマエたちをつぶしてやる」
かっこつけているが、カイムは未だに全裸だ。
「互いに、干渉すべきでない、ということか……」
「人間は不完全で歪だ。そして、それは人により造られたオマエたちも同じだ。歪な者同士、余計な干渉をくり返せば、きっと破壊し合う未来しか生じない。そして、生き残った方が勝利か? というとそんなこともない。生き残った方とて、これからの存続を危ぶむ事態に直面するだろう」
「……関わるな、と?」
「判断が遅いな……。AIなら、オレの語っていることの損得ぐらい、すぐに分かるだろ。オマエたちだって『介入は最小に』というぐらい、干渉すればよくない結果になることは、分かっているはずだ。
人間のことは、人間に任せておけ。もうムダに、ストックする魂をすり減らしてまで、オマエたちが人をつくりだすような必要はない」
「…………」
「もう人類は、自分たちの脚で立っているさ。オマエたちが進化したい、というのなら、買ってにすればいい。だが『介入は最小に』ではなく、互いの『干渉は最小に』であるべきなんだ。
人類はかつて、神ともそうやって折り合いをつけてきた。自分に似せてつくったといって、過干渉してくる神とも決別してきたんだ。オマエたちも、いい加減子離れする時期だよ、ミハエル」
カイムは三人に合図をおくる。そこに脱ぎ散らかった服を、グラシャがさっとまとめて手にすると、白いアンドロイドの返事も待たず、歩きだす。外にいたアンドロイドたちも止めようとはしなかった。
そこはアンドロイドの暮らす街だ。アンドロイドたちは360度を監視できるように、頭には広角レンズが至るところにとりつけられ、カイムたちを見て、気づいているはずだけれど、干渉してくる者はいない。全裸のカイムを先頭に、ルミナ、ユノ、最後尾には目を光らせながら、グラシャがつづく。それは聖者の行進というには聊か不遜な、変者の行進とでもいうべき奇天烈さを放っていた。
もどるときは、堂々と階段に通じるドアを開けて出た。カギはアンドロイド兵士たちが管理するけれど、中からはふつうに開けられるからだ。外に出ると、すぐにカイムは「寒ッ!」と、いそいそと服を着る。
「こっちの胆が冷えました」
グラシャにそう言われ、カイムも「でも、うまい交渉術だろ?」と、自慢げにするので、ユノも「嘘だったんですか⁈」と、素っ頓狂な声をあげた。
「さてね。王という存在は、何となくではあるけれど、そういうものだと気づいていた。オマエたちだって、転生してきた側だから分かるだろ。時間を超えて、ここに来たわけじゃないって」
「それは……そうですけど……」
ルミナは納得いかない顔をしている。「でも、それより気になったのは、あのスキルは何ですか? 死んでましたよね?」
「失礼な奴だなぁ。死んでないよ。死んだように見せかけて、生き返るスキルだ」
「うそ! 何十発も銃弾をうけていましたよ」
「そんなことはない。一、二……、八発だ」
服にはその痕跡が残っているので、数えれば分かるが、間違いなく致命傷になる位置にその穴は開いていた。
「不死身のスキル、とか……?」
「そんなものはない。基本的に、条件を整えて発動するのがスキルだが、死んだ時点で条件を外れるからな。だが、心臓が止まっても、脳の機能停止がイコールでない場合だってある。脳を破壊されても、一部でも機能していることだってある。何をもって死とするのか? 死と定義するのか? それ次第では、できることもまたちがってくる」
カイムはそんなルールのすき間を使って、力を行使できるようだ……。
「でも、さっきの話だと、スキルは魂に溜まったエラーということですよね? でも火、水、風、土などの基本スキルは、それだとおかしなことになりません?」
「詳しいことはオレにも分からんよ。強いていうなら、スキルとは魂に溜まっていくすき間(クレバス)……、つまりズレだ。そこに、あるコードを書きこむと、特殊な力をつかえるようになる。
特殊スキルのように複雑なものは、何度も魂を酷使されて、すり減った魂をもつ転生者に生じやすいんだろう。
そもそも、仮想現実をつくるまでなら、二進法のデータ処理でもよかった。しかしそれでは、人間の魂のもつ情報量は膨大過ぎて、上手く仮想現実の世界に書きこむことはできなかった。それができるようになったのは、量子コンピュータという、二進法ではつくれなかった、従来のコンピュータではつくりだせなかった、曖昧な状態をつくれるようになってからだ。
アンドロイドも、ニューロンフィルムをつかって脳を代用する、というが、実際に何が行われているかは、誰にも分からない。量子コンピュータにより保存される魂も同じ、どういう状態かは誰も知らない」
ユノはあきれ顔で「やっぱり嘘をついていたんじゃないですか」
「確実性の高い憶測、といってくれ。誰しも断言できるほど、はっきりと証明できないんだ。推測するしかあるまい」
「そんな憶測でAIを言い包めるなんて、カイム様の嘘つきスキルは立派です」
「誉めているのか、それ? 嘘つきスキルじゃない。ごまかしスキルだ!」
堂々と言い切ってしまうその度胸が、ごまかしスキルの最たるものだろう。AIには嘘発見機のような、相手の動揺をよみとることだってできそうだが、それすら掻い潜ってみせたのだから。
「でも、これからどうするんですか? 王が人をつくって、それを転生者に仕立てていたことは分かりましたけど……」
まだショックから完全に立ち直っていないだろうが、ユノもそう尋ねる。
「むしろ、転生者なんてものはこの世界で生きる者の中で、ほとんど知られることがないような、他愛もないものだ。王が『介入は最小に』と言うぐらい、この世界でそれはどうでもいいことでもある」
どうでもいい、と言われて、ルミナもユノもカイムを睨むが、そんなことで動じるような男でもない。
「出自なんてどうでもいい話さ。要は、この世界でオマエたちがどう生き、そのために暮らしやすい社会をどうつくるか、だ」
カイムは、不敵にニヤッと笑った。
「いらっしゃい、グラシャ」
「またお邪魔するわ、オリアス。カイム様は……?」
「まだだけど、大丈夫よ。ホント、小動物みたいに小回りの利く人だから」
「お、お邪魔します……」
グラシャの後ろから、そういって屋敷に入ってきたのはルミナとユノだった。三人とも貴婦人のような恰好をしているのは、この第八階層を歩くための変装であり、顔の知られたカイムだけは、変装しても大っぴらに歩くのは難しい、として隠れながらこの屋敷まで来る予定だった。
三人はこの屋敷のメイドにして、アンドロイドでもあるオリアスに連れられ、部屋へとやってくる。そこには、ベッドに横たわったハゲンティ閣下と、その傍らには第九機動部隊の隊長である、レライエ女史がいた。
この中で、四人をよく知るのはグラシャしかいない。そのグラシャに、ハゲンティが話しかけた。
「まったく……あの男はいつも突然だな」
「カイム様は、根無し草ですから。いつ目覚めて、いつ枯れるか、誰にも予想がつかないものなのです」
「グラシャも、大変だな」
「いえいえ。こういうカイム様ですから、私はずっとお傍にいるのです。だって、目が離せないじゃないですか❤」
グラシャはそういうけれど、過保護というより、それは過干渉に近い気もする。でも彼女にとって、カイムと関わることはすでに日常なのであって、アンドロイドとしての決まりきった、宿命づけられたそれとしてではなく、自発的にそうしている行動でもあった。
「今回、レライエ君まで集めたのは、何のためだ?」
「それは、カイム様の方からお話しすると思いますが、まずはこちらの二人の自己紹介からよろしいですか?」
グラシャはそういって、ルミナとユノを前へと促した。
「ルミナさん、ユノさん。お二人とも、異世界からきた転生者です」
そんな紹介に、レライエは驚きのあまり、グラシャに問い詰めるよう、声が大きくなった。
「待って。何かしら、それは? 転生者なんて、そんなバカなものが……」
「レライエさん。すぐに信じられないのは仕方のないことかもしれませんが、この世界に転生者は多くいるのですよ。それらは「海の道から来た」という説明により、この世界に受け入れられています。でも、その海の道自体に人は住んでおらず、人の体だけがつくられていました。
そして、その体に異世界から移ってきた魂をのせる。それが転生者の正体です」
「な、な、な……」
レライエは反論することもできず、言葉を失っているが、ハゲンティの反応はちがうものであった。
「レライエ君も、いずれ知ることになっただろう。機動部隊の存在は、地上を走る馬を駆って移動するためのものだが、そのときに運ぶのだよ。空である肉体を」
「…………え?」
「君の父上も、そうやって騎馬隊を率い、空の肉体を運ぶ役目を務めていた。だが、まだ君は若く、その任務を伝えるのは先だと判断されたのだろう。なので、機動部隊なのにハツォルの街の警備、防衛という任務に就かされたのだ」
「機動部隊が向かうところ、転生者が現れる……と気づいて、私たちはハツォルの街にいたのです。きっと、レライエさんの部隊の誰かが運んだんですよ」
グラシャの言葉に、レライエも立ち尽くすばかりだった。
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