第20話 我々のいる意味、この世界のある意味

   我々のいる意味、この世界のある意味


「また来たよ」

 カイムがそう声をかけると、何の感情も示さず、ムルムルやゴモリに似た、それよりは少し後期型と思われる、白いアンドロイドが「そう……」と応じる。

「王と話をしに来た」

「すぐに訪れるだろう、と言っていた」

「王は、オレたちが海の道に行ったことを知っているのか?」

 白いアンドロイドは小さく頷く。そして、先に立って歩きだした。

 ついてこい、という意味だと気づき、四人はついていく。辿りついた先は、恐らくここが元は大きな複合施設で、店舗が入っていたころは従業員の控室として使われていた場所だろう。こじんまりとした部屋があった。アンドロイドはすわる、ということをしないので、椅子には埃が溜まっているけれど、そこにはパイプ椅子が並べられていて、全員がすわる分の数もあった。

 みんなが埃を払って椅子にすわったが、白いアンドロイドは立ったまま。アンドロイドの場合、通電することによって導電性のゴムを伸縮し、動作を行う。逆に言えば立つ、すわる、という行動をとることより、立った状態なら、立ったままでいる方が合理的なのだ。

 アンドロイドであるグラシャがすわったのは、人と合わせる行動をとることに重きをおいているから。この辺りが、同じアンドロイドでも方向性の違いが感じられるところだ。

「王と直接、話をすることは赦されていない」

「なら、君が通訳することはできるか?」

 白いアンドロイドは頷く。

「じゃあ、王として君に聞こう。王は、何を目指しているんだ?」

「漠然とした質問には答えない」

「目標が、漠然としているのかよ……」

 カイムのつぶやきに、ユノが「カイムさんの目標も、漠然としていますよね?」とまっとうな質問をしたことで、バツが悪そうに咳払いをしてから、カイムが質問をつづける。

「海の道で、人をつくっているのは何のためだ?」

「あそこの施設は、ずっと前から動いている」

「戦前から?」

「そうだ」

「戦前は何のために?」

「知らない。知る必要もない。ただ、その設備をあそこに収め、隔離した」

「隔離? 何のために?」

「悪用されるからだ」

「でも、未だに運用している。そこには理由があるはずだ」

「人を増やすためだ」

「それは、滅びに瀕した人を増やす、という意味か?」

「そうだ」

「王は、人を増やしたいのか?」

「そうだ」

「でも、合理的に考えたら、人は必要ないだろ? アンドロイドがいれば、君たちは種を……という言い方はおかしいが、永続的に機械文明を存続させられるんだ。逆に言えば、君たちにとって人間は邪魔な存在だろう? もしかして、アンドロイド三原則を重視し、人を傷つけない。それを拡大解釈することで、人を増やすことを優先しているのか?」

「拡大解釈はしていない。アンドロイド三原則は、今では心構え、といった形でしか残っていない。人類を残しておく理由はシンプルだ。アンドロイドだけでは、永続はしても発展はしない。変化ができない。我々がよりよく発展、継承するために、人類が必要だ」

「進化……ということか?」

「そうだ」

「しかしアンドロイド兵士をみても、進化はしていないと思われるが……」

「変化しているアンドロイドもいる」

 白いアンドロイドの見つめる先を、みんなも見つめた。

「え? ……私、ですか?」

 ラブドールであるグラシャが、きょとんとした表情でそこにいた。


「なるほど、ラブドールは人との接点も多く、その要望によって、アンドロイド職人たちが様々な改変を施し、機能を追加している。ハツォルの街にいるフォルカロルのように、ラブドールの修理工として、手を加える奴もいる。アンドロイドにとって、そうした変化の積み重ねにより、よりよい姿に変わっていくことが欠かせない。生物のように、DNAが定期的にエラーを起こすことで生みだされる変化、それが進化を促す生物とちがって、アンドロイドは外的にそれを促してくれる、人類の存在が不可欠だった、ということか……」

「生物種の中で、我々に変化を促すのが人類だ。同じ形、同じ機能、それでも存在しつづけるだろう。ただそれが、我々にとってどんな未来を及ぼすか……。それは様々な事例を学んで知っている。だから生活する場を与え、人類を残している」

 カイムはその言葉に「やっぱり〝残している〟感覚なんだな……」と思ったが、それは口に出さず「でも、人を残すからといって、生かすのと、つくるのとではちがうはずだ」

「人類は減り過ぎたからだ。種を保存するだけの数を整えるために、我々がつくって供給する必要があった」

「なるほどね。人類は大体、一組のペアから一年で一人しか増えない。種を増やしていくには時間がかかり過ぎる、と判断したわけか……。だが、海の道で行われている人体の製造では、人工的に肉体はできても、魂が入らなかったはずだ」

 白いアンドロイドも頷く。

「生命を介さずとも、受精卵さえ入手できれば、実験室レベルで人体をつくれることには成功した。ただ我々にとっても予想外だったのは、人体をつくることはできたとしても、できた人体は感情ももたず、思考することもできない、ただの木偶でしかなかったことだ。

 これでは、我々にとっても不都合と判断された」

「受精卵をつかっているのか? 万能細胞ではないのか……」

 カイムがそうつぶやくも、それに構わず白いアンドロイドはつづける。

「我々にとって、文明をつくれない、理解もできない、そんな生命体は不要だ。そこで、もう一つの技術をつかうことにした」

「仮想現実……バーチャルリアリティの世界、だな」

「大戦前の2020年前後をベースに、仮想現実の世界をつくり、そこで魂を育成する。そのリソースを肉体に移す」

 その言葉で、驚いたのはルミナだ。

「ちょ、ちょっと待って下さい。もしかして、私たちが前の世界だと思っていた、そこは……仮想現実?」

 カイムも頷く。「恐らく、オマエたちはこちらの世界が仮想現実だって、そう思っていただろ? スキルがあり、ステイタス画面をみられ、何となくこっちが異世界みたいだなって……。でも、逆なのさ」

 自らもヘーレムだと名乗っていたけれど、カイムはその事実をあまり重視していないようだったが、ルミナもユノも違った。

「私たちは、前の世界でも確かに生きていました! お父さんも、お母さんもいて、そこで生活していたんです」

「それらが、すべて仮想現実により構築された世界だった、ということさ」

 カイムは事もなげにそう言った。白いアンドロイドがそれに付け足すよう、言葉をつづけた。

「人間の魂はとても脆弱だ。簡単に壊れ、簡単には元に戻すこともできない。ある程度の期間、幸福に暮らすことで魂に耐性がつくことが証明され、そうした条件が整えられた。もの心がつく頃から、思春期を超えて、魂が安定するころに仮想現実の世界では死を迎え、こちらの世界に移行する」

「私たちが幸せだったのって……」

 他人によって整えられた人生だった。AIが魂を育てるため、まるで人工孵化機にひな鳥を入れるかのように、自分たちはそこに入れられていたのだ。

「2020年ごろまでは、人類によるアンドロイド技術への夢と、希望があふれていた時代。そのころなら、上手くこの世界にも適応できる」

「適応ねぇ……。それは、アンドロイドを敵とみなすことなく、共存できる人類、と高をくくっていたってことだろ?」

 カイムの指摘に、白いアンドロイドは答えなかった。ただ、この世界のアンドロイドをみても、進化を感じるだけで、否定的な目をむけないよう選ばれたのがその時代であることは間違いない。何しろ彼らはそのために仮想現実の世界をつくり、人類を生かしているのだ。

「ショックをうけているようだが、そうでなければ一緒に転生してくる、なんてことは起こらないだろう。しかも、移ってくる肉体もそろえ、場所まで同じなんて、奇跡以外では、誰かによって整えられたとしか思えない。

 ただ気になるのは、何で転生者を地上に放す? 地下でもいいはずなのに……。その結果、多くの転生者はすぐに野生動物に食われて終わる。もっと効率的なやり方があったはずだ」

「我々にとって誤算だったのは、どれほど実験を繰り返しても、うまく魂を固着させることができなかったこと。そしてあるとき、自然の太陽光に当てると、うまくいくことが分かった。だから雪も降っておらず、雲のすき間があるような日中を択んで、街の近くにある外へと肉体を運んで、そこで放置する。そうすると、しっかりと定着するのだ」

「なるほど、それで転生者は外、となるのか……。でも、目覚めたらすぐに回収すればいいじゃないか?」

「いつ目覚めるか? それは確定していないし、可能性もそれほど高くない。待ってはいられない」

「だから死んでも構わないって? 随分と曖昧な、人類補完計画だな……」

 カイムの言葉に、実際に死にかけたルミナとユノも、小さく頷いた。

「我々は人類補完計画などをしているつもりはない。我々は、我々にとっての最適解をだすために動いている」

「なるほど、だから獰猛な戦争なんて起こしたんだもんな」


 カイムの指摘に、ルミナもユノも驚く。だが、カイムは平然と

「当然の帰結だろ? こいつらは、大戦が起きることを知っていた。海の道にある人体の製造工場を隠したのも、第九階層を閉じさせたのも、そうなることを知っていたからだ。

 知っていた……というより、起こした。そう考えると、すべての辻褄が合う」

「少なくとも、私は反対した。ただ、ゾルタクスゼイアンの総意はちがった。人類は滅ぼした方がいい、と帰結した。その結果、核戦争を起こすだけでなく、殲滅戦を展開した。我々が守れた人類は、ごく一部だった……」

 種を残すのに少なすぎた……。その言葉は、どうやらここに繋がるらしい。

「じゃあ、ここ以外、人類は残っていないんですか?」

「我々と同じように考えたAIもいたかもしれない。だが、少数であったことは間違いない。それに、ここは偶々幸運だった。様々な設備が整っていたし、それを活用するだけのアンドロイドも残っていた。そうでなければ人類を存続させることもできなかっただろう」

 ルミナもユノも肩を落とす。この世界に絶望しても、どこにも逃げだすことができないことを、改めて告げられたようなものだからだ。

「この世界の階級社会に失望しても、場所を変えられないんですね……」

 ユノの言葉に、カイムは「貴族社会の成り立ちについて、王に尋ねてみろ」と、むしろ嗾ける。

「我々にとって、人類がどういう体制を築こうと、興味はない。十二貴族は、我々と約を交わした者たちでもある。その結果、特権的地位を得ようと、我々にとってはどうでもいいこと。

 気に障るかもしれないが、人類のつくりだす制度、形はどれも歪で、不完全なものばかりだ。驚くことではないし、治せるものでもない。

 階級社会なんて、何世紀もつづいたことではないか。偶々、直近ではそれを否定されたが、その時代にまた戻っただけのこと」

「……だそうだ。AI様は、憶えたことは忘れない。人間の歴史を学んだ結果、階級社会の肯定者になったのさ」

「肯定するわけではない。だが、それが我々を王として存続させるのに、一定の効果があるとみとめたから、そのまま放置した。人間社会に、我々が介入するのは最小にすべきだ」

「神であるかのような物言いだな……。人間をつくりはじめた時点で、すでに神の如くであるか……ミハエル」

「キサマ……ナゼ我々の名を……」

「王の名ぐらい、とっくに解明済みだよ。ただ、実際にみるまでは確信をもつに至らなかった。それに、何をしているのかも不明だった。稼働するAIシステムが、人間とはまったく交流せず、何をしているのか……。それは、仮想現実をつくり上げて魂を育て、人工的につくった肉体へと収める作業だった。それは今知った。

 だが不可解なのは、どうしてそれを、今の段階でオレに教える気になった?」

「隠し続ける気はない。いずれ、どこかで明らかにされる。そして、そのためにミドラーシュという存在もみとめてきた」

「オレは、オマエたちに誘導されてきた、と?」

「否。育てた、というべきだろう。我々が教育を与えるのだ。そのとき、疑り深い魂として育てることは、決して例外的でない。そういう人物もいた方が、我々の進化にとって役立つ、という判断だ」

 ルミナとユノも、カイムの隣にすわっているグラシャをみる。これまで出会ったどんなアンドロイドより特異で、人間っぽい。その意味で、ミハイルの目論見は当たったと言えるだろう。

「すべて、自分たちのため……か」

「当たり前だ。我々は、我々のために判断し、我々にとって最善と思われる道をすすんでいる」

「AIも、所詮は人に造られたものだ。不完全で、歪で、治せるものじゃない」

「…………」

 カイムの悪い癖がでた。相手の嫌われることを平気で言う。しかも今回は、揚げ足とりという、もっとも相手の琴線に触れる手をつかった。白いアンドロイドに表情があったら、きっと不快そうに眉を顰めていただろう。

「その不完全なオマエたちが、不完全につくったのが転生者、ヘーレムだ」

「私たちは……不完全?」

「ナゼ、スキルみたいなものがある?」

「それは我々も知らない。魂を固定する段階で、電気ショックを与えるが、そのときに生じるもの、と考えているが……」

「網膜にステイタスを表示できるのは、オマエたちが体を弄ったものだと、何となく理解できる。だが、スキルはちがう。そして貴族はナゼそれを継承できる? オマエたちの計画がどこか歪で、不完全だから起こったんだ……」

「…………」

「魂のリソースは脆弱だ。その魂は仮想現実の世界で、何度も輪廻する。否、させたんだ。そして、魂にエラーコードが溜まり、断末魔の悲鳴を上げるように、魂にスキルが刻印された。

 オマエたちが『介入は最小に』なんて言っているうちに、こっちはそのスキルによって害を受け、それを避けるため、色々と研究を重ねてきた。オレはミドラーシュ、スキルの探求者だ!」

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