第19話 ふたたび、アンドロイドの暮らす街へ
ふたたび、アンドロイドの暮らす街へ
アンドラスが、巨大なゾウリムシのようなものに押しつぶされると、レライエも自分を縛っていた何かが解かれたことに気づく。
レライエも拘束が解けたので、慌ててふり返ると、そこにはグラシャだけが立っていた。そしてそこには、カイムの着ていた服だけが床に散在しており、カイムの姿はなかった。
「イタタ……」
今度はいきなり背後から聞こえた声に、ふたたび振り向くと、そこには倒れているアンドラスの横に、全裸のカイムが立つ姿があった。
「な、何で裸なのかしら⁈」
不思議なことは山ほどあるけれど、一先ず全裸でいるカイムに、レライエも慌てて顔を両手で覆う。カイムは慌てるでもなく、レライエの傍らを通り過ぎると、床に散らばっている自分の服のところにもどり、ゆっくりと着直す。
「裸かどうか、が重要なんじゃない。表面張力という厄介な力を、表面に繊毛をもった微生物なら回避できる、という点が重要なのさ。水はファンデルワールス力が強くて、1㎜以下の微生物にとって、それはもう粘性の地獄。慣性力と、粘性との関係をレイノルズ数と呼ぶが、もし人間で例えるなら、いつも満員電車に乗っているようなもの。だから、それを防ぐために繊毛という、細かい毛によって力を受け流す機能をもった。
アンドラスのスキルが表面張力と分かれば、それを回避する術もある」
「もしかして……貴方のスキルって……?」
「スキルに深入りするな。これは鉄則だ。下手にそれをひけらかすと、さっきみたいに真っ先にやられる。もっとも、アンドラスの奴は、自分のスキルを隠せると思っていたみたいだけどな」
「そう、貴方は彼のスキルで死んだはずなのだわ!」
「死は特別なことじゃない。単に心臓が止まった。生命活動を終えたってだけのことだろ。また動かす術があったら、それは死んだといっても、一時的に心臓が止まっていたってだけの話だ」
「貴方は……それができるのかしら?」
「できるから、こうして生きている」
「さっきのゾウリムシも……貴方?」
「オレの生態の一つ、といっておこう。スキルに深入りするな。あまり聞くものじゃないぞ」
まるで、教え諭すような物言いだけれど、カイムは出会ったときから、ずっとこういう口調でもあって。彼にとってレライエなど、騎士とはいってもただの小娘にしか映っていないはずだった。色々なことを知っているカイムが、世間知らずのレライエにモノを教えている、そんな感覚のはずだった。
「でも、レライエさんはどうします? アンドラスさんに『殺す』発言されていましたけれど……」
これはグラシャが尋ねた。グラシャはカイムの生態? を知っていたから、慌てることもなかったのだろう。ただ、レライエもそう問われて、自分の置かれている状況に気が付いた。
機動部隊の中でも力のある、第一機動部隊の歩兵連隊隊長から、スキルを知られたから「殺す」とされたのだ。
「私は……貴方たちについていきます」
決意をもった表情を浮かべ、レライエはそう告げた。だが、カイムは首を横にふってみせた。
「貴族の立場を、そう簡単に捨てるもんじゃない。ま、あまり使いたくない手ではあるが……」
カイムはそういって、懐から小さな箱をとりだすと、そこから小さなガラス瓶のアンプルをとり、それをぐっとアンドラスの首元に突き刺す。
「や、止めるのだわ!」
レライエが慌てて止めようとしたけれど、カイムは「これは、麻酔薬のようなものだ。旧世界の技術でつくられた、短期記憶が長期記憶へと変換される過程で、電気信号を構成する経路を阻害する薬品をふくむ。つまり、今ここで起きたことを、憶えていないとまではいえないが、混乱する形で記憶の中に格納することになる。それが事実かどうか、その確信もないままでは相手を殺したり、罪を告発したり、下手なことができなくなるだろう」
レライエもその説明に、ふと気づく。
「もしかして、その薬は私につかうため……だったのかしら?」
「様々な状況を想定した結果、準備しておいただけだ。オマエとの間でも、もし話がこじれたら、使ったかもしれなかった。中途半端に知るぐらいなら、知らなくていいこともある。
さっきみたいに、貴族の立場を捨てる……なんてバカなことを言いだしたら、使ったかもしれない」
「バカなこと……」
「オレもまだ、この世界のことをすべて知っているわけではない。この世界の秩序を否定できるだけの、しっかりとした結論をもっているわけじゃない。もしかしたら、貴族はもっと大切な存在かもしれない。オマエたちは素晴らしい行いをしているのかもしれない。
オレだって結論がまだ見えているわけじゃない。情報が集まったとき、果たしてどういう結論がでるかは分からない。その時、やっぱり間違えていました、貴族に戻してください、なんて言っても取り返しがつかないんだ。
オレは望むと望まざるとに関わらず、こういう身の上になった。だから、それを貫いている。でも、オマエはちがう。今の生活に不満があるかもしれない。だけど、それを捨てていい理由は、まだもっていないはずだ」
「…………」
「すべてを捨てるのは、それを判断できるだけの情報を得てからでもいい」
「それは……いつなのかしら?」
「さぁね。でも、オレにも薄っすらだけど、色々と分かりかけてきている。すべてを解明する前に、何も残さずに死んでしまわない限り、オマエにそれを伝えられるときはくる。そう遠くない時期に……」
「…………分かったのだわ。でも、すべてを分かったら、私のところに教えに来て欲しい……という願いは、聞いてもらえるかしら?」
カイムは頭を掻く。
「中途半端に知る……という気持ち悪さは知っている。分かったことは、教えに来てやるよ」
「絶対、絶対なのだわ!」
カイムとグラシャの二人は、階段を上っていた。
「今回は、悪ぶってみせませんでしたね」
「いつも悪ぶってなんかいない。世間知らずの、真っ直ぐなお嬢様の扱いに、少々てこずっただけだよ。
それに、貴族に味方がいるのは、誰であっても有利だからな。その気持ちをつなぎとめておくには、十分だっただろ?」
「またそうやって悪ぶる……。私と二人きりのときまで、そんな悪ぶらなくていいですからね」
「わ、悪ぶってねぇし!」
二人が地上にもどってくると、そこにはルミナとユノの二人がいた。しかも、服は着ているけれど、髪は濡れていて、お風呂上りの様子である。
「外にあった風呂桶をつかって、お湯を焚いてみたんですよ。まだ温かいから、カイムさんも入りますか?」
「お、女性二人の入った後のお風呂か……。それはそれで興味あるな」
「またそうやって変態ぶって……。いつも子ども扱いして、私たちのことなんて興味ないくせに。いいんですよ、ムリしなくても」
ルミナから笑いながらそう言われると、カイムも「へ、変態ぶってねぇし!」と、腹立ちまぎれにいって、その場で服をすべて脱ぎ捨てると、そのお風呂へと向かってしまう。
「大丈夫でした、グラシャさん?」
ユノが残ったグラシャに声をかけると、グラシャも「大丈夫ではなかったですけれど、一先ず理解してもらえました」
貴族から呼び出しをうけたことは、二人にも話してある。
「じゃあ、まだこの王都にいるんですね?」
「すぐには大丈夫でしょう。ただ、王と対話できる手段をみつけないといけませんから、そのときには街を出ていくことになるかもしれません。いずれにしろ、頭の痛い問題です」
グラシャの返答に、ルミナも笑いながら
「アンドロイドも頭の痛い問題って言うんですね?」
「慣用句は、一応インプットされています。実際、私は考えることで頭痛がすることはありませんが……」
「グラシャさんは、色々と知っていますけど、それは上位機種だから、ですか?」
「私たちはニューロンフィルムを多層化することで、様々な判断をできますが、記憶は領域をもって、そこに格納されます。確かに、私はその領域が大きいですが、上位機種というより、ラブドールとして、人と接する機会が多く、堪っていく記憶を保存するため、という感じでしょうか……」
「下位機種ってあるの?」これはユノが尋ねたが、ルミナが「ほら、海の道であったゴモリさん。造形もおもちゃっぽかったし、応答もぎこちなくて、あれが下位機種なのかなって……」
「ゴモリさんは下位機種というより、かなり初期型のアンドロイドですね。アンドロイドが一般的に販売され始めた当初は、マン―マシンインターフェイスだけの機種も多かったのですが、HIAND10とされるあの機種は、作業用を目的として発売され、大ヒットしたのです。手首を外して、アタッチメントを装着し、様々な作業をこなせるだけの汎用性、そのためのバッテリー容量の拡大など、使い勝手が格段に向上したためですね。
私たちのように、人間へ似せる部分は過少で済むので、外見は可愛らしい少女のそれとなっていますが、れっきとした作業用として、今でも多くの機体が現役で働いているのですよ」
「作業用でも、通信機能があるんですね」
「入っているものと、そうでないものがあります。スタンドアローンで動くアンドロイドには通信機能も必要ありませんが、工場内で動くケースだと、通信していた方が有利ですから」
「そう、工場にいる作業用アンドロイドは、通信ができるんだよな」
そのとき、お風呂からもどってきたカイムがそう応じる。お風呂といっても、ホーローの湯船の下から火を焚いて、お湯にしただけのこと。しかも寒風吹きすさぶ、氷期の外で……。なので、湯船から飛びだすと、屋内へと駆けこむことになる。というより、かっこつけて、かっこ悪いからかっこつけた風に全裸となって、かっこ悪く外にとびだしてしまったものが、かっこ悪く背中を丸めて、ビルの中へと駆けもどってきただけのこと。そんなかっこ悪さを微塵も見せず、まだ服すら着ないまま、そこにすべてをひけらかし、仁王立ちしている。
「もしかして、また行くつもりですか? ゴモリさんのところに?」
「もっと近くにいる。恐らく最も近いのは、第一階層だ」
「また下りるんですか?」
「行くしかあるまい。今度はオレだけじゃなく、全員で行くぞ」
「え? 私たちも?」
ルミナもユノも、互いに仰いで髪をかわかしながら、思わずカイムの顔を見つめてしまった。
地上階にあるエレベーターホールへとやってくる。恐らく、地上階で農作物の収穫などをするときは、階段をつかっているはずだが、そこはアンドロイドたちが厳格に管理している。
つまりいつ開くか、開かないか、分からないばかりでなく、開いたところでカイムたちを待ってくれることもない。なので、別の手段をとることにする。
「ここ……下りるんですよね?」
エレベーターのドアを開け、下を覗くと、真っ暗な闇が奥底へとつづくような、不気味さもあって、ルミナもそう言って震えている。エレベーターはすでに使われなくなって長いが、それだけに恐怖も増す。
「どうせオマエたちがここを下りられる、とは思ってない。オレが先に下りてドアを開けるから、後はグラシャが吊り下げてくれる」
「肩の力、三割マシですから、安心して吊り下げられてください」
グラシャはそう請け負ってみせる。
戦闘もこなすグラシャは、そんじょそこらの男よりも力は強い。グラシャを信じていないわけではないけれど、第八階層までは確実に通じているエレベーターだ。それだけの高さを落ちたら……と考えると、肝も冷える。
先にカイムが下りる。一度通った道なので、すいすいと進んで地下一階のエレベーターの扉を開けて、中にもぐりこんだ。
ルミナもユノも、言われていた通りに、体にヒモをしばりつけられ、そのままエレベーターの中を下りていく。まるで荷物扱いだけれど、こればかりは仕方ない。腕力もないし、まず恐怖心が先に立って、身動きすらできないはずだからだ。
四人とも、無事に地下へと降り立った。そこには、アンドロイド兵士たちの生活がある。
アンドロイド兵士は充電によって活動を賄っているため、そこかしこに立ったまま凭れ掛かれるようにできる、充電用のソケットがある。何体かのアンドロイドはそこに立って充電する姿も見受けられるけれど、まるで立ったまま死んだ、墓標のようにも見える。それはアンドロイドが不必要な動きをしないからで、人であれば耐えられない長さでも、じっとしていられるからだ。
ただ、他の場所ではアンドロイド兵士たちが集まり、井戸端会議のようなことをしているのが奇妙でもあった。声は聞こえず、でも向かい合っているので、人と照らしてみると奇怪さが増す。
むしろ、昆虫としてみればアリが触覚で会話を交わす姿のようであり、ゴキブリがまとまって巣に留まっているようでもある。全身が黒光りする、そんな姿でもあるだけに、余計にそんな想像をしてしまう。
「な、何だか怖いですねぇ。私たちのこと、完全に無視されているし……」
ユノも辺りを見回しながら、そうつぶやく。ルミナもユノも、グラシャの腕を両方からつかんで歩く。それはまるで、女子三人がお化け屋敷にきて、頼りになる女性にすがりつく姿にもみえる。
その相手が、唯一の男性であるカイムでないのは、やはり信頼感の問題だろう。
全員で奥に向かってすすむ。カイムは一度、来たこともあるので、案内しながら先にすすむ。奥には、アンドロイド兵士の製造と修理工場もあり、この付近に、初期型アンドロイドがいるはずだった。
「出てこないですねぇ。本当にここにいるんですか?」
ルミナの疑問に、カイムも「ふだんは動かず、充電スタンドのところに居るはずだが……。前回も、オレが帰りそうにないから出てきた、といっていたな……。時間がかかるかもしれない」
「そんなことはありません」
いきなり背後から声をかけられ、ルミナとユノは飛び上がった。ふり返ると、そこには全身が白く、ゴモリのような姿をした、初期型のアンドロイドが立っていた。
「相手をしないと、帰らないだろう、と言われました」
「それは、王から?」
白いアンドロイドは小さく頷く。
王と通信していることは間違いなく、四人も静かに頷き合った。
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