第18話 戦闘するにも、単細胞では勝てない?
戦闘するにも、単細胞では勝てない?
王都、第八階層――。
上級貴族が暮らす場所である。ここでは世襲をみとめられた上級貴族と、活躍がみとめられて一世代だけ貴族になれる、下級貴族がいる。
上級貴族は、聖十二貴族と呼ばれる十二の氏族がおり、その中でも家格に上下がある。上級貴族は第七、第八階層と二つにまたがって暮らしているけれど、第八階層に暮らす貴族の方が、家の格としては上なのだ。
そこをレライエが歩いていた。第九機動部隊の騎兵部隊の隊長であるけれど、今は第九機動部隊、歩兵部隊も彼女の管轄に入っていた。歩兵連隊を率いていたマルバスが、今は謹慎中であり、一時的に彼女が預かる形となったのだ。なので、本来は彼女の任地であるハツォルにもどらないといけないのだが、こうして王都に留まることもできていた。
彼女の先を歩くのは、大きなハットをかぶった、貴婦人のような姿をしたグラシャである。アンドロイドである彼女は、ここでは異端扱いであり、それを避けるための変装である。
レライエはいつもの鎧ではなく、私服だ。これが今回の条件であり、それはまるで女性二人が、昼すぎの街を散歩しているようにもみえる。
ここは地下都市なので、奥行きには限界もある。その端までやってきた。天井に配されたLEDのライトもここまでは届きにくく、薄暗さの中で彼女たちが立っていると、ヌーッと誰かが現れた。
「オレに用か?」
いきなり現れた男に、ビクッとするも、レライエは一先ずホッとした。そこには隻眼の男、カイムがおり、彼女が話をしたかった相手でもあったからだ。
「あなた……どうやってここに入りこんだのかしら?」
勢い、咎めるような物言いになるのも、彼女が貴族として、市民にそうした物言いをしてきたためでもある。
「色々と抜け道もあるんだよ」
カイムはあくまでぶっきら棒に応じる。
「抜け道……それは悪いことなのかしら?」
「悪いことかどうか、それを決めるのはオマエたちだよ。例えば、ここは階級社会だが、それを覆すようなことをしたら、きっと悪いことだと認定されるだろう。しかしそもそも階級のない社会に暮らしていた者からみれば、階級のある方が不自然な社会にみえる」
「へ……屁理屈だわ!」
「屁理屈っていうのは、理屈の通ったことを、それを認めたくない側が卑下するときにつかう言葉だよ。常識だってそうさ。オマエたちがそう思っていることでも、周りがらみたら、非常識ってこともある。悪いか、悪くないか、それを決めているのはオマエたちの側だ」
「屁理屈が嫌なら、詭弁と言い換えるのだわ。この世界で、街を移動することはみとめられていないのだから、それをするのは悪いことなのだわ」
「認めるかどうか、それを決めているのもオマエたちの側の事情だよ。決めたことに従わないのが悪で、従うのが善。その価値判断をもっている限り、オマエとオレは平行線だ」
「…………でも……」
「じゃあ聞くが、オマエは本当に、この世界でもう街の外に人は残っていないと思うか? 外からやってきた人がいた場合、どうする?」
「そ、それは……話し合って決めるかしら?」
「話し合うねぇ……。じゃあ、その結果、街の外にいたから死刑、となったら、オマエはそれお許容するのか? ここの常識と合わないから、人を殺しても構わない、とでも? やってきた人にとって、そんなことはまったく知らなかったのに、それを受け入れろ、と?」
「…………」
「常識だとか、法律を当てはめて考えたところで、ちがう事情を抱えたものと出遭うと、途端に論理が破綻する。だからいつもフレキシブルに、柔軟に物事を考えるようにしておかないと、必ずそうやって行きづまる。むしろ、息が詰まるほどの閉塞感に陥ってしまう。オマエたちは、そうやって自分たちを縛っているだけなのさ。この世界を守るため……とか、当たり前だから……なんて言葉で自分を納得させているだけなのさ」
「その意見は……ミドラーシュだから、なのかしら?」
「それは逆だ。ミドラーシュだから、こうした考えをもったわけじゃない。こうした考えをもつから、ミドラーシュになったんだ」
レライエも何か言いたいことがあるようだけれど、一度大きく息をすいこみ、吐きだした。きっと、彼女の中ではそれまで常識としてきたものがあり、反論したいことも山ほどあるだろう。ただ、シメオン家の唯一の子女、お嬢様として育てられ、世間知らずであることも自覚していた。
自分を信じたいけれど、信じることは強さであるけれど、逆にそれは弱点となるものでもあった。自分はまだ何も知らない……。彼女がそれに気づいたからこそ、こうして犯罪者と目されるこの男と会おう、と決意したキッカケだったのであり、今の大きな呼吸で、一先ず諸々のことを飲みこんだ。
「あなたは、ハツォルの街で何をしていたのかしら?」
「説明する必要はあるまい。調べたいことがあって、あそこの街にいた。それだけのことだ」
「もしかして、あのときの一件で、街をでた?」
あのときの……というのは、ハツォルで起きた兵士殺害事件、それにカイムを巻きこんだことを指している。
「用事が済んだから、というのもある。別に、巻きこまれたから街をでた、というわけでもない」
「それは……私のことを考えて、そう言っているのかしら?」
レライエの目は潤んでいた。それは事件に巻きこんで、迷惑をかけた、というのもある。そして彼は、この王都までやってきて、お尋ね者となりながらも彼女を助けるような演説を行った。身に覚えのない罪で、家の跡継ぎという立場をはく奪されそうになっていた彼女のことを、助けてくれた……。その涙には、複雑な味が雑じっているはずだった。
「オマエのことなんて考えてない。オレは悪党だから、悪さをするにも潮時だったから、逃げたってだけのことだ」
「また悪ぶって……」
グラシャがつぶやくのを、カイムはキッと睨んでから「言っちゃあ悪いが、オレにとって周りが何をしようと関係ない。秩序を守る……なんてお題目で、真実をみようともしない奴らがいるのは、ただ邪魔なだけだ。自分の信じていることだけ、知っていることだけが正しい、と思いこんでいるなんて、馬鹿馬鹿しい限りだ」
「確かに……そうなのだわ」
「おいおい。そこは否定するところだろう? 貴族様は、その秩序を守るために配されているはずだ。逆にいえば。秩序を守る必要がなければ、必要のない存在となってしまう」
「随分とはっきりいうのかしら……。でも、その通りなのだわ。人々のため……なんて言ったところで、私たちが守っているのは人ではなく、秩序そのもの……。秩序を守るためなら人を害していい……。これまでは、そう考えていたのだわ」
「法や秩序が、人を守るものだと勘違いしているバカの考えそうなことだ。本当は、法や秩序が人を守らないといけないのに、そうでないとなっても、まだ法と秩序を優先しようとしてしまう。それがあれば、自分たちを守ることができると信じこんでいる。でも、今度はその法と秩序が自分たちに牙を剥く、と考えられない。一度、人を裏切った法と秩序は、もう誰にとっても敵なのさ。だけど、体制側にいる奴らはそれに気づけない。自分たちを守るものだと信じている……。なぁ、オマエだって、そういう輩だろう?」
そのとき、不意にカイムが横をむく。レライエも気づいて、そちらを向くと、近づく人影があった。
「そう、信じているよ。何しろ、我々貴族にとっては、法と秩序を守ることだけが使命なのだから」
そこに現れたのは、銀色の鎧をきた大柄の男だった。
「アンドラス様……」
「私は王都の防衛にあたる第一機動部隊、歩兵連隊の隊長、アンドラスである」
グラシャがサッと身構える。それをカイムが制した。
「第一機動部隊の隊長が、何の用だい?」
カイムは惚けてそう尋ねる。王都の歩兵連隊といえば、アンドロイド兵士たちを使役する、もっとも中枢にいる立場の者だ。
「貴様、ミドラーシュだな。この王都を騒擾した数々の罪、すでに明白」
「おいおい。騒擾って、ひどいなぁ。エンターテインメントって言ってくれ」
「全裸で街中を走りまわり、訳の分からぬ演説をするのが、果たしてエンターテインメントかな? そんなもので喜ぶような、質の低い住民はここにはおらん!」
「下品なお笑いも大切だぜ。ただ、オレは喜ばせるって言うより、芸術性を求めているんだけど……」
「貴様の裸に芸術性……? 勘違いも甚だしい」
「オマエより魅力的だと思うぞ。むしろマッチョを自慢したいタイプか? でも、いつもそんな重たい鎧をきて、お肌にも悪いだろ。ムレムレで、汗疹だらけじゃないのか? 大体、オマエたち貴族が相手をするのは、武装もしていない庶民だろ。何のための鎧だい? 鉄製の鎧は、剣で戦うときのために着るものだ。オマエたちは、何と戦っているんだ?」
「貴様は何も分かっていないようだな。捕縛しろ、とは言われていない。見つけ次第殺せ、と命じられている」
アンドラスはすらりと剣を抜いた。しかし、剣で勝負するつもりはないだろう。何しろ貴族は、特殊スキルの使い手でもあるのだ。グラシャも、カイムのことを守ろうと緊張するが、そのとき、彼女よりも早く動いた者がいた。
カイムの前に、レライエが飛びだして、アンドラスの間に立ち塞がったのだ。
「アンドラス様、今回は見逃してはもらえませんか? 私が請うて、ここに来てもらったのです」
「レライエ君。ミドラーシュに何を吹き込まれたのか知らないが、こいつらは危険な連中だ。見つけ次第、退治するに限る」
「退治……害虫レベルの言い草だな。もっとも、オマエたちの常識では、オレのようなミドラーシュは害虫なんだろうが……」
「シッ! アンドラス様、我々ももう少し、彼らの言葉に耳を傾けてもよいのではないでしょうか」
「レライエ君……、それが気の迷いというヤツだ。そんなもので大局を見失ってはいけない。殺すときに殺しておかないと、こういうヤツらはすぐに増殖する。対処を誤ってはいけない」
「まさに害虫扱いだな……。ま、害虫側は、自分たちがそうだって気づかないものだよな。何しろ、害虫の方が多数なんだから……」
カイムの挑発的な言葉に、アンドラスはゆっくりと近づく。すでに彼は剣を抜いており、臨戦態勢だ。
立ち塞がったレライエは、背中に隠し持っていた短剣を抜く。カイムも「おおッ!」と驚いているが、レライエはそんな背後の動きなど気にする素振りもみせず、パッと辺りの照明を確認するように目を走らす。
ここは暗い。でも、何とかするしかない。彼女は剣をかざし、天井からくる光をアンドラスへと反射させた。
アンドラスもサッと避けたけれど、まるで鋭い刃が掠っていったように、鎧にこすったような疵がつく。
「シメオン家のもつスキル、光射剣か……。だが残念ながら、こんな光量の弱い場所では、その力は十分の一も出ないよ」
太陽光があるような場所では最強だろう……。父親はそういって笑っていた。しかし、今は外にでることもできないし、何より氷期であって、晴れ間もほとんどない。それでも父親が活躍できたのは、騎馬部隊を率いて、外を移動することも多かったからだ。
アンドラスはゆっくりと剣を構えた。
「我がルベン家に伝わる奥義をうけるか……」
アンドラスが剣を前に差し出すと、急にレライエの動きが止まった。それはレライエばかりでなく、背後にいるカイムとグラシャも同様だった。
「空間支配力――。すでにこの周囲の空間は、私によって支配された。動くこともできまい。まぁ、一人で話すのも変だから、会話ぐらいはできるようにしてやろう」
レライエは呼吸もできず、やっと開いた口で大きく息を吐き出してから「アンドラス様。私はどうなってもいいのです。この方だけは……」
「レライエ君。私も、君の父上から頼みもあり、できれば害したくはない。だが、ミドラーシュの毒に当てられた君は、すでに病に罹っているようなものなのだよ」
「私は…………」
言いよどんだレライエだったが、そのとき不意に高笑いが聞こえた。
「オレは虫から、病原体に早変わりか? まったく、オマエらの方こそ自分勝手、という病気に罹っているんじゃないか?」
「ゴミが……」
「今度はゴミムシか。ま、そう卑下しておけば、とりあえず安寧だろう、みたいな反応をするから〝浅い〟っていうんだよ。
これが空間支配力だって? なら、どうして心臓を止めない? オレを仕留めるんだったら、すぐに心臓を止めるだろ? これは空間の……空気の表面張力を増しているだけさ。水ではよく知られるけれど、コップの上に水が乗っても溢れることなく、そこに留まる。これは空気でそれをしているだけだ。空気と、皮膚の間の表面張力を高め、動けないようにしている。強いていうなら、外面をたもつために、表面をととのえるのが上手くなる力か?」
「キサマ……。何をバカなことを!」
「否定するのが遅いよ。まさか、図星をつかれるとも思っていなかったんだろうが、答えは簡単だ。空間を支配する? バカバカしい。この場に、一体どれぐらいの作用が働いていると思っているんだ? 重力、電磁場、強い力、弱い力、心臓の動きから血液の流れ、脳内に流れる微弱電流、ただよう微生物……。そんなものを、その中身の詰まっていなさそうなオツムで、すべて計算できるはずがあるまい。極めつけは、口の動きを解除したときさ。酸素すら入ってこなくて息苦しかったものが、空気を取りこんだ最初にどろっとした粘性を感じた。それで気づいたよ。空気の粘性を、極限まで上げている、と……」
スキルは、他人にその使い方を知られると、対策を立てられ易くなる。空間支配という言葉をつかい、実際の力を隠していたのた。
さすがスキルの探求者……。レライエがそう感心した刹那、急にカイムが顔を歪めだす。みるみる青紫色に変わり、目を血走らせ、そこで呼吸困難となり、息絶えてしまった。
「ご高説、痛み入るよ。だが、表面張力を操作すると分かったのなら、すぐに呼吸困難にも備えるべきだったな。もっとも、ムダな足掻きだろうが……。
さて、私のスキルを知られたからには、残念ながらレライエ君にも死んでもらわないといけない。そちらのお嬢さんも……アンドロイドか?」
背後にいるカイムが死んだ……レライエも、後ろを向けないけれど、そう気づく。隣にいるアンドロイドのグラシャは、ナゼ反応しない……? 喋ることができるのだから、ご主人様の死に、何らかの反応をしそうなのに……。
そのとき、アンドラスは気付く。自分の背後に、急速に盛り上がった気配に……。ふり返ると、巨大なゾウリムシのような単細胞生物がいた。周りには細かい繊毛で覆われ、それがゆっくりとアンドラスに圧し掛かろうとしている。改めて、空間支配力を行使したが、その繊毛は表面張力などまるで関係なく、そのままアンドラスを押しつぶしたのだった。
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