第17話 もどってきた王都で、意外な人から声をかけられる
もどってきた王都で、意外な人から声をかけられる
「カイムさんが……ヘーレム? 転生者だったんですか?」
ルミナもユノも、突然の告白に戸惑うばかりだ。
「もう前世の記憶なんて、ほとんど残っていないけれど、オレもこの世界に転生してきた者だ」
はぐらかしていたけれど、転生者に与えられる特殊スキル、冒険や経験によっても与えられる、とされるけれど、それをもっているのだ。彼が転生者である可能性は十分だった。
「そ、そうして転生してきた人は、多いんですか?」
「オレの知る限りでも数人はいる。もっとも、転生してきてもすぐに殺された者も多いけれどね。だが、この世界にとりこまれ、順応した時点で、ヘーレムとしてもっていた、転生前の大部分の記憶を消失する」
「消失? 一体どうやって……」
「薬なのか、装置なのか……。オレも記憶を消されたときの状況について、ほとんど憶えていないが、そこでこの世界で生きる資格を得ると、洗礼名が与えられて、それを名乗ることとなる。この世界の人間や、アンドロイドの名前が特殊に感じるのも、それが洗礼名だからだ」
「私たちは……そうじゃない?」
「一般市民として受け入れられていたら、恐らくそうなったはずだよ」
ルミナもユノも、東洋系の顔をしている人が、西洋風の名前をもつことには違和感もあったが、そういう事情を知ると、未だに自分の名前がのこっていることに、深く安堵するところもあった。
「オレは、前の世界でどう生きていたか、どんな名前だったか、それすらよく憶えていないけれど、その一部が残っていたことで、色々な疑問をもった。そしてミドラーシュとなった」
ミドラーシュとは〝探求する者〟をさす。失われた自分の記憶、経歴、それを失われた、と自覚できるだけのものが残っていた。それを探求しようと、それをするだけの使命を感じるものかもしれない。
「ミドラーシュは多いのですか?」
「いいや……。時おり現れる、突然変異体って感じだ」
「略して、変態です」
「グラシャさん? 変な略し方をしないでもらえるかな? むしろ、その言葉で略すなら〝突変〟だろ」
「そうですね。分かり易く言えば〝いきなり変態〟です」
「それ、〝突然〟の部分だけ分かり易くしたよねぇ? 肝心の〝変態〟の方を直してないよね、それ。い、だけ略されたよねぇ?」
「いいじゃないですか。ミドラーシュはいきなり変態、で」
「…………。ミドラーシュは討伐される対象になることもあるが、ヘーレムより扱いやすい、とされる。記憶をだいぶ抜かれているからな。要するに、大した奴じゃないって判断だ」
カイムはニヤッと笑う。自分を卑下しているはずなのに、むしろ楽し気なところも変態にみえる。
「オマエたちのように、前の世界の記憶を残しているうちに、ここを知ることができて、幸運だったのかもしれない……否、不幸だったのかな……。でも、もうこの世界にとりこまれたい、と思わなくなっただろ?」
ルミナとユノの二人とも頷く。それは記憶を消される……と分かっていて、それを望む者などいるはずもない。
「でも、人は忘れたい記憶もあるんじゃないですか?」
これはグラシャが尋ねた。彼女たちアンドロイドがいくら人に見えても、人のようにふるまっても、肝心なところでは人と差ができてしまう。彼女たちは記録として、それを残すために忘却する過程がない。
「忘れたいことと、忘れさせられることは別だよ。問題は、記憶を消されることではなく、記憶をもったまま、この世界に転生してくることの方だ。もし、記憶を消すなんて技術があるのなら、最初から記憶なんて消しておけばいいはずだ。特に、オマエたちのように集団で、一度に亡くなった者が、同じタイミングでこっちの世界に転生してくる……なんて、通常は起こりえないはずだからな。それを解明すると、転生なんてものがどうして起こるのか、それも明らかになるかもしれない」
ユノもその言葉で、ふと気づく。「もしかして、転生者の肉体をつくっていることも……ですか?」
「わざわざ器をつくっているぐらいだ。転生者を受け入れるタイミングも知っているとしたら、何者かがそれをコントロールしている……としか思えないだろ? コントロールしている、というのなら、解明できる余地もある」
「何のためにそんなことを?」
「さぁね。でも、ここが〝人のいる世界〟をつくろうとしているのだとしたら、同じ理由かもしれない。肉体をつくったのに、入らない魂……。だったら、転生してくる魂を、肉体に入れてしまえばいい……」
途中でカイムは、何かを思いついた様子で「逆……か」とつぶやく。
「逆?」ルミナに尋ねられても、カイムは言葉を濁して、答えようとせず「さて、ここはこれ以上、見ることもないだろう」
「どうしてこんな離れた場所に、こんな施設をつくったんでしょうね?」
これはグラシャが尋ねる。カイムも
「誰かに知られたくなかったのかもしれない。さすがにインパクトが強すぎる。いくら今は住民も外を出歩かない、街を離れないとしても、バレる可能性だって十分にあるわけだから」
「でも、カイム様ですら場所も、内容も知らなかったんですよ」
「海の道……なんて、都市伝説のような都市をつくり上げたのも、きっと転生者を受け入れる余地をつくっておきたかったんだろう。住民が、それを聞くと何も言わずに同情的になるのも、そういうものだと思いこまされている可能性だってある。例えばオレと出会ったから、オマエたちはそういう名前を知っていたが、仮にそれを知らなくとも、言いよどめば『あぁ、海の道から来たのね』と察してくれるよう、すでに準備されている、ということだ。そして、そこが厳しい場所だと知っている……知ったように思いこまされているから、それ以上、深くは詮索しない」
「知った気になる……怖いですね」
「人間には、往々にして起こることさ。知らない、ということを知らないことだってある。知った気になると、それで満足してしまうからな。離れているから、知ることはできないけれど、知った気になっていれば、それに疑問も抱かないし、それ以上に知ろうという気にもならないだろ」
カイムはそう説明した後、考えすぎたとばかりに大きく伸びをした。
「ここで知りたいことは知れた。王都にもどろう」その後、まるで独り言のように「あそこで聞きたいこともできたし……」と呟いた。
カイムたち四人は、ふたたび吹雪の中を歩く。王都までもどるのは大変で、恐らく地理に詳しいカイムがいなかったら、道に迷っていただろう。それぐらい雪深く、また破壊された街は、ほとんど同じ情景がつづく。
食糧も底をつく。
「私のお小水、飲みますか?」とグラシャが提案してきた。
「私は基本、糖しかつかわないので、余ったアミノ酸やミネラル、ビタミンなどはすべて、お小水にして排出します。栄養たっぷりですよ」
「……え? それを呑むってことですか?」
「はい。大丈夫です。ちゃんと容器にだしますから、それを呑んで下さい」
嫌でも〝検尿〟という言葉が脳裏をよぎる……。そういう健康法もある、と聞いたことあるし、アンドロイドのそれは違う、といっても、より人間っぽいグラシャのそれだけに、中々にハードルも高い。
「前に一度、俺もその提案をうけたけれど、超非常事態だと思うときまで、遠慮しておくことにしたよ。その領域に一度でも足を踏み入れると、変態扱いが確定しそうだから……」
「残念ですねぇ。でも、本当に汚くないですよ。クエン酸の強烈な酸で、食道に当たる部分は、常に殺菌、洗浄していますからね。元々、ラブドールを開発するとき、飲めるお小水というコンセプトで、機能としてつけられたそうです。もっとも、機能を維持するためにも、清潔にしておくことは必要なんですけどね」
クエン酸回路という、生物のもつ機能をつかっていることからも、雑菌が繁殖しやすい面もあるだろう。免疫系などをもたないアンドロイドなので、酸をつかった洗浄機能を搭載するときに、一緒にそうした〝人が飲んでもいい〟といったオプションも載せたにちがいない。
とりあえず、グラシャのお小水を呑むことなく、何とか王都まで辿りつく。王都は地上にある壊れたビルの部分で野菜や果物をつくっており、一先ずホッとする。王都にいる住民に供するための施設であるけれど、彼らが頂戴したところで、まだ余裕があるほど潤沢だ。
「しかし、ここに来たときもそうだったが、どこか別の場所でも食糧をつくっているらしいし、これからも人を増やすつもりかもしれない」
「これからどうするんですか?」
「王とは直接、対話する術がない。第九階層も、第一、第二階層でも、王と話もできない。今はどうやって話をするか、その思案中だよ」
「でも、通信チップを入れているんですよね? だったら、それで通信端末でもつくればいいんじゃない?」
ルミナの言葉に、ユノも「スマホ⁈」と反応する。
「スマホほど小さくできるとは思えないけど、通信チップがあって、それで連絡をとれるのなら、通信端末もできるんじゃないかって……」
「う~ん……。恐らく、多層化されたニューロンフィルムをCPUにしていると思われますが、そうなると多層化されたニューロンフィルム、それに音声出力のためのスピーカーぐらいは準備しないといけないでしょうね……」
グラシャがそういうと、ユノが「そういえば、グラシャさんはどうやって音声を出力しているんですか?」
「人でいうと、鼻孔にあたる位置にスピーカーがあるんですよ。声帯を震わせ、舌の動きで……、なんて面倒なことはできませんからね」
「人間の弱点の一つだな。呼吸器系と、食道とが一体になっているため、より複雑な機構を必要とする。アンドロイドはより簡素に、フィルターでエネルギー源である個体と、気体とを分けているように、音声の出力もよりシンプルなのさ。
でも、きちんと学習したニューロンフィルムでないと、CPUとしては使えないだろうし……」
カイムも考え込むばかりだった。
グラシャは第八階層を歩いていく。彼女はツバ広のハットをかぶり、貴婦人のようなドレスを着ているけれど、それは第八、第九階層が上級貴族の暮らす場所で、その格好に合わせているのだ。
グラシャはとある屋敷にやってくる。入り口のところに、同じアンドロイドのオリアスがでてきた。
「いらっしゃい。ハゲンティ様は今、ご病気で床に伏せっているの」
「大丈夫ですか?」
「風邪だけれど、痰を吐きだす力もないので、付きっ切りの看護よ。お話はできるけれど、短い時間にしてね」
部屋に通されると、ベッドに横たわるハゲンティがいた。横たわる、といっても腰かけている、といった感じが強いのは、完全に横になると衰えた食道の機能など、不具合もでるからだ。彼は首から下の機能が、ほとんど失われており、痰を吐きだすような筋力もないので、オリアスが付き添って吸引などをする。アンドロイドであるオリアスは、介護のために常時付き添っているのだ。
病気という割に血色もよく、ハゲンティは久しぶりに、オリアスと同じSpL9801型のアンドロイドである彼女を歓迎して「おぉ、グラシャ。息災か?」
「お体は大丈夫ですか? 風邪ということですが……」
「健康体なら、歯牙にもかけんレベルだよ。ま、私のレベルでは牙を抜かれているから、大変なのだが……」
ハゲンティは自虐的にそういって笑うと「また何かやらかしたか?」
「カイム様は、王と対話したい、と……」
「それは難しい。以前も語ったように、あそこは獰猛な戦争の前に閉ざされた。それ以後、誰も中のことは知らんし、音信もない」
「でも、ならばナゼ王とされているのか? と。王とするだけの、何かがあってそう呼んでいるのだろう、と」
「う~ん……、私が知る限りでは、人々を救った、この世界に必要な存在だ、ということだけだ。王の存在こそ、この世界を守る試金石として、稼働させつづけるものとされている。逆にいえば、我々は王を守る存在なのだ、と……」
「王を……守る?」
「実際,会うこともできないが、人を救ってくれた恩を返す、という感じか。我々も何の疑いもなく、そういうものだと思いこんでいたが……」
「カイム様は、恐らくここにいる住民は、多くのことを思いこまされている、と仰っていました。きっとそれは、この世界をつくったときに不都合な部分だけを斬り捨てたからだ、と……」
「そうかもしれない。だから私は、お前のようなミドラーシュを支援している、ということは、忘れないで欲しい」
「カイム様は、ちゃんと心得ていらっしゃいますよ。でも、王と連絡する手段はご存知ありませんか……」
「貴族には……否、人にはその権利を与えられていないんだよ、きっと」
嘆息すると同時に、ハゲンティは息苦しそうに咳をはじめる。オリアスが彼に寄り添い、グラシャに向けて首を横にふる。
短い時間と言われていたので、グラシャも頭を下げてそこを出ていこうとすると、ハゲンティが苦しそうな表情をしながら「王に……手をだすのだけは気をつけろよ」と告げた。
グラシャはもう一度、深々と頭を下げてから、その場を立ち去った。
屋敷を後にしたグラシャは、誰かに呼び止められて立ち止まる。彼女はアンドロイドでも、ラブドールとしてかなり人間に近づけられており、目さえ合わせなければそれと気づかれないはずだ。目深のハットで顔を伏せるようにしながら「何かしら?」と応じてみせる。
「あなた、あの変態男の近くにいた人よね?」
グラシャも恐る恐る、顔を上げると、そこにいたのはレライエだった。ハツォルの街にいたとき、何度か顔をみかけたことはあるけれど、カイムとちがって、直接用があるわけではなかったし、相手はハツォルの街を収める騎士であって、そんなレライエと直接話をしたことはなかった。
「変態男って……誰です?」
「カイム……。ミドラーシュと名乗って、この街を全裸で走り回ったという、あの男のことよ」
グラシャは言い逃れできそうもない、と感じた。走って逃げる? 恐らくそうすることは可能だろう。ただし、彼女がハゲンティの屋敷からでてくるところを見られているのだ。ここで逃げれば、ハゲンティに迷惑がかかるのは必定だった。
消そうか……。グラシャにはアンドロイド三原則がある、といっても、弱い縛りでしかなかった。だから人を害そうと、決意すればできてしまうだろう。でも、そんなことをすれば、カイムから絶縁されるのが必定だった。カイムがそうであるように、切り抜ける悪知恵……悪知恵……。ダメ、思いつかない。それが、アンドロイドの限界でもあった。
「あの男は、この近くにいるのかしら? 会いたいのだけれど……」
「会いたい? 何のために……」
「私は知りたい。あのとき、何が起きていたのかを……」
レライエは真剣過ぎて、グラシャがアンドロイドとも気づいていないようで、グラシャも戸惑うばかりだった。
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