第16話 転生者の、転生者たる所以は肉体を乗り換える点にある

   転生者の、転生者たる所以は肉体を乗り換える点にある


「オレはここから、ちょっと一人で出かけたいと思う」

 カイムがそう言いだした。

「一人って……どちらに?」グラシャがそう尋ねる。

「海の道をみておきたい」

 海の道――。ルミナもユノも、一般市民にもぐりこもうとしたとき、その出身であることを名乗っていた。そう語ると、周りが同情的になるのも不思議なほど、その言葉にはインパクトがあった。

「どこにあるか、ご存知なんですか?」

「大体、目途はつけてあるけれど、はっきりした場所はオレも知らない。だから一人で……」

「ダメです!」

 このとき、強く反発したのはグラシャである。

「そんな危ないところに、一人で行かせるわけにはいきません! 私も行きます」

「危ない……わけじゃない。ただ、まだそこがどういうところなのか、分かっていないだけだ」

「だから、何があってもよいように、私も一緒に行きます。ついていきます」

 グラシャの必死の訴えに、カイムも唸ってしまう。ただそれに輪をかけて

「私たちも行きます! このまま残されるなんて嫌です」

 ルミナがそう言いだしたことで、全員で行く流れになってしまった。

 用事が早く終わった……といっても、食糧はそれなりなので、その間に行って帰って来られるのかも分からない。とにかく行けるところまで、ということ、四人で調査に行くこととなった。

 夏場であり、時おり吹雪も止む。その間に多くすすむことで、かなりの距離をすすむことができる。今回、目途といっていたけれど、かなり確信もあるのか、カイムはずんずんとすすんでいく。

「……あれ?」ユノもその匂いに気づく。明らかに、これまでとは違う香りが鼻孔をくすぐるようになった。「磯の香だ……」

「…………海?」

「海まで行かない。でも、この辺りは近くにある川に沿って、海風が上がってくるんだろう。この辺りで、入り口があるはずなんだが……」

 カイムもこの辺りは初めてのようで、入り口が分からないようだ。この辺りは強く海風が入ってくることから、雪は少ないように感じるけれど、逆に物陰などに吹き溜まっており、また核戦争があった、とされており、瓦礫の山であることも捜索を難しくする。

 やがてグラシャが「ありましたよ」と声を上げた。それは壊れたビルにつぶされかけているけれど、確かに地下鉄の入り口があった。知らない場所だけに、下水から通じていけるのか、など分からないことだらけで、地下鉄の入り口から入っていく、というオーソドックスな侵入方法をとることにした。

 中に入って、コートを脱いで一先ずホッとする。

「ここは、海に近いから海の道なんですか?」

「そう語られるな。でも、ここは塩をつくるために建設された、ともされるが、実体はよく分かっていない。そして、ここでは人間が酷い扱いをうけている、もしくは船をつかってやってきた者を、一時的に受け入れているなんて噂もあって、ここの出身者は同情的な目をむけられる」

「それで私たちに?」

「身柄もよく分からず、受け入れてもらえる肩書は、ここしかない。時おり、ここから逃げだす者もいて、それを王都が受け入れる。要するに、ここは王都とはまったく離れた組織、と認識されているんだ。ただ……」

「ただ?」

「さっきも言ったように、誰もここの実体を知らない。どんなことをしていて、どんな警備を布いているかも分からない。誰も、本当のことは分からない。勿論、オレも知らない。ここからは慎重にすすむぞ」

 カイムも緊張しているのが分かる。四人は崩れかかった壁など、これまでとはちがう、明らかに爆心地に近くて、かなりひどいダメージを負ったその地下を、慎重にすすんでいく。

 そこは暗くて、人の気配は一切感じられない。ただ、カイムだけは「ここはヤバイな……」と、何かに気づいたようだ。

「埃の積もり具合をみても、時おり何かがここを通っているようだ。それは人か、アンドロイドか、いずれにしろ通過点。この先に、目的の場所があるはずだけど、それまでは一切の興味がない、ということだ。それだけ、奥にあるものが重要、ということだろう」

「それこそ、誰かが逃げるときの跡では?」

「それだと走っているから大股だろうし、暗くて歩いていたとしたら、不規則な足並みとなるだろう。ここについた歩幅は規則的だし、焦っている様子もない。だから、ヤバいんだ」

 カイムの言葉に、一同は緊張しながらすすむ。すると、急に大きな鉄製の扉をみつけた。どうやら足跡はここに続いているが、カギがかかっていて開く様子もない。

「監視カメラもあるし、ここは通さないってことか……」

 カイムがそう呟くと、ガシャリと鍵のひらく音がして、鉄製の扉がゆっくりと開いてきた。そこからでてきた相手に、カイムも「ムルムル……」


 プラスチッキーな白い体に、造作もかなりラフな、初期型のアンドロイド。ただアタッチメント機能など、機器の補修、メンテナンス用として重宝されるらしく、度々こうして同じタイプの機体と出会うことがあった。

「私は、ムルムルではない。ここのメンテナンス担当。そしてあなたたちが来たことで、対応を指示された。私たちはゴモリという」

 ゴモリ……私たち、というように、数体がいるらしいけれど、恐らくこうした地下にいる彼女たちのことを、誰かが『籠り』という言い方をしたのだろう。それを固有名詞としているようだった。

「対応? 隠さない、ということか?」

「隠す必要はない」

 ゴモリはそういって、先に立って歩きだす。四人もその後に従った。

 扉の中に入ってまず驚いたのは、そこはかなり幅の広い通路のような場所で、両側に並んでいるのは透明な容器で、そこには裸の人間が入れられていることだった。

「何……これ?」ユノも思わずそう呟く。ホルマリン漬け……ではないようだ。頭にはフルフェイスのヘルメットのようなものを被り、そこで呼吸もしているのだろう。胸の辺りが小さく動くのが確認できる。ただ、一部は胎児の状態のものもあり、擬似胎盤にへその緒でつながる。高校生ぐらいまで育った個体もあり、その中で大きくなっているようだった。

 ゴモリは淡々と「ここは人間の製造工場」と告げる。

 驚きのあまり、口が鯉のようにぱくぱくするだけのルミナとユノに、カイムもため息をついて説明する。

「人間を試験管でつくる技術は、戦前から確立していただろ? ただ、それは臓器製造のため、だったはずだ。とりだした幹細胞から、増殖を促して臓器をつくり、それを移植する。だが、ここは人間そのものをつくっている。受精卵をつかって、人間を育てているのか?」

「私は知らない。ただ、ここで必要な作業をすると、人間ができる」

 辺りを見回すも、そこには実験をする機器のようなものはなく、あくまで液体を封じて、人をその中で育てるためだけの施設のようだ。

 時おり、容器の中に入った人々が一斉に手足を動かす。それはまるで、無重力状態にいた人が、リハビリをするようでもあり、外に出るときのためのトレーニングにも見える。

「人をつくってどうするんだ?」

「私は知らない。でも、人間をつくる、ここはそういう場所」

「まるでミサイルをつくっても、私は人殺しには協力していない、使う人が悪い、と言い張っているようにも聞こえるな……。何か目的があるから、こうして人を育てているんだろ? こんなところに押しこめて……」

「押しこめているつもりはない。ここに入っていないと、人は死ぬ」

「死ぬ? どういうことだ」

「自立して生きられない。外にだしても動かない。食べることもしない。力なく横たわったまま、ただ死ぬだけ」

「意識がない……のか?」

「意識……? 私には分からない。でも、生存するための教育を与えても、外に出すと間もなく死ぬ。だからここに入っている」

「人をつくって魂入れず、か……」

 むしろ仏をつくっても魂が入っていないので、そのまま仏様になる、といった方が適するか……。

 ここに居並ぶ者たちが、まるで機械じみたように、一斉に動くのをみると、どちらが管理しているのか、分からなくなった。


 人間をつくるのは、そう簡単なことではない。臓器をつくるときもそうだった。幹細胞を培養液につけこみ、誘導因子を投入し、目的の臓器をつくるために細胞分裂を繰り返させる。ただし、必ずしも同じ結果とはならない。臓器が大きくなるときに、血管を通して栄養を補給するが、血管を誘導する因子を雑ぜると、うまく細胞が塊とならないのだ。例えば、心臓をつくるために誘導因子を与えても、肉片までしか育たず、臓器そのものの一部の欠損を補うぐらいのものしかできなかった。

 そもそも、人類がクローンをつくるのは困難だ、細胞に電気ショックを与えても、万能細胞に変化しない。そこが他の動物とちがうところで、人間のクローンをつくるといった野望は、いつのころからか衰退していった……はずだった。

 受精卵なら、そういったクローン技術を用いない分、倫理的な面を除くとハードルも低い。

 ただ人工胎盤にしろ、人工羊水にしろ、どれだけ人のそれに似せても、完全に模倣するのは不可能だ。

 その結果、ここでつくられた人間は、意思をもっていない?

「生命維持装置に入れておかないと死んでしまうなんて、ただの木偶か、ここにいるのは……」

 このとき、ふとカイムも気づく。「ここか、ヘーレムの製造工場は……」

 その言葉に反応したのは、ルミナだった「ヘーレムって、私たちのこと……?」

「転生してくる者の肉体をどこかでつくっていると思っていたが、それがここだったのか……」

 驚愕して言葉を失った二人に、カイムもつづける。

「転移ではなく、転生なのだから、こちらの世界では別の肉体に入る必要がある。その器を、どこかで準備しないといけないはずだが、オレは人間牧場とされるハツォルの街を疑っていた。だが、ここでつくった肉体だけの存在なら、転生者を受け入れるのも容易のはずだ」

「器……私たちはそこに入れられた、と?」

「オマエたちだって、自分の姿が前の世界のそれとちがうことに気づいたはずだ。過去に亡くなった人の魂を、意思のない、肉の塊に入れるのだから、これほど合理的なことはない」

 カイムは改めて、ゴモリに向き直った。

「ここで魂を入れているのか?」

「そんな装置、ここにはない。時おり搬出の依頼がきて、やってきた兵士たちが装置からだし、連れていく。この前、大量にもちだした。今はケースに空きが多い」

 意思をもたない肉体に、失われるはずだった魂を入れるのだから、これほど合理的なこともないが、その方法論は不明だった。しかも、時を超えているのだから、尚更である。

 ただこれ以上、ゴモリに聞いたところで、まともな返事は期待できない。彼女はここに籠っているからゴモリなのであって、外のことに関しては、何の知識もないはずだからだ。

 改めて容器に入れられた人々をみる。顔はみえないけれど、肉体的特徴をみても、少ない選択肢から選りすぐられた、という感じではなく、種としての多様性をもって択ばれた感じがする。きっとそれは、特定の人間が、自分の遺伝子をのこそう、として介入したものでないことを示しており、こうした設備を運用する者が、どういったものかをよく表していた。


 ショックを受けて、呆然とするルミナとユノに、カイムは冷たく言い放った。

「別に、今さら両親が欲しいってわけじゃないだろ? 両親が愛し合って、それで自分ができた……なんて過去は必要ないはずだ。だったら、体をどこでつくっていようが、構うまい」

「そうですけど……」ユノは恨みがましい目で睨みつけるけれど、それが通用する相手でもない。

「肉体は、魂の座でしかない。問題は、どうやって時間も場所も超えて、空の肉体に意思をうめこむか? だ。それを知るカギは、オマエたち。まだ、前の世界の記憶をハッキリと残す、オマエたちだけだ」

 二人も、不思議そうにカイムのことを見返すと、怖いぐらいに真剣な目がそこにはあった。

「オマエたちは、二人でいたところを一緒に誘拐されそうになり、その車が事故を起こしたことで、誘拐しようとした男たちとともに死んだ。一緒に転生してきた、そうだよな?」

 二人とも、あまりに怖いぐらいに真剣なので、怯えたように頷く。

「そうなると、場所が問題なのか……。六人で一緒に死んで、六人が同時に、同じ場所に転生されるなんて、そんなことが有り得るのか? 大量にもちだされたのが、六体同時に転生させるためだった……とすれば、奴らは転生するのを知っていたことになる。前の世界と、連絡でもしているのか? それとも過去のことだから、記録でも残っているのか……?」

 カイムは記憶の渦に沈んでしまったように、じっとあらぬ一点をみつめ、動かなくなってしまった。そんな彼に、背後から近づいたグラシャは、その耳元に口を寄せて「わッ!」と脅かす。カイムも飛び上がって「な、何だ⁈」

「考えすぎても、悪知恵も働きませんよ。余裕をもって、腹立たしいほど腹黒い答えをだすのが、カイム様ではないですか」

「腹を立てた上に黒いって、もうその答えは切っていいんじゃない? というか、オレが腹を切りたい気分だわ。切腹して詫びたいレベルだわ。

 考えて、答えの出せるレベルならいいけれど、今はまだそういう状況でもなさそうだ。何しろ、分かっていることが極端に少ない」

 カイムは一度ため息をつくと、

「アメリカ人医師、マクドゥーガルが魂の重さを計量すると、21gだったという。死んだ瞬間からガスが抜けていき、体重が軽くなっていくともされるが、問題は魂の入っていない、座だけの肉体に、転生者が入ると一体、どれぐらい体重が増えるんだろうな?」

 急におかしな話をはじめたカイムに、二人も戸惑ってその顔をみつめる。

「どの肉体に入っているか? が問題なんじゃない。オマエらの魂の価値は、オマエらの為したことで決まる。落ちこむぐらいなら、何を為すべきか、自分の頭で考えてみろ!」

 怖いぐらいに強く言われ、ふとルミナが「もしかして、励まそうとしてくれています?」と尋ねた。

「は……励まそうとなんてしてないし! か、勘違いするんじゃない!」

「なんだかんだ言って、カイム様は優しいんですよ」

「や、優しくなんてねぇし! このままここで座りこまれても、面倒なだけだし!」

 カイムはそうツンデレっぽい対応をした後、真顔になって言った。

「オマエたちも、この世界を知りたいと言って、ついてきたんだろ。知った途端に意気消沈、なんて止めてくれ。知って、どうするかはオマエたち次第だが、知ったことによる責任、自分がどうするかを決めなくてはいけない」

 ルミナもユノも、改めてカイムをみる。彼は自分のことを指さしながら「オレも、元はヘーレムだ」と語った。

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