第15話 アンドロイド美少女との回想と邂逅

   アンドロイド美少女との回想と邂逅


 カイムたち四人は、このラブドール製造工場しかない、元地下鉄の駅の跡地で、地上に近いところまでもどってきたけれど、そこで一泊することに決めた。用事が早く済んだとはいえ、そろそろ日が暮れる。夜になると、夜行性の野生動物がいて、人を襲うこともあるらしい。人間牧場とされるハツォルの街から王都に向かうときも、夜にビバークするときは慎重に見張りを立てるなど、警戒していたぐらいで、わざわざ夜に外を出歩く必要はない、ということだ。

「夜は吹雪が納まることが多い。曇天が多いといっても、それを上空から太陽が温めているからで、特に地磁気のバリアもなく、太陽風が直接当たることもあり、昼は気候変動を起こしやすいんだ。だからそれが静まった夜に動くケモノも多い。今や、どの動物も生存競争に勝ち残ろうと、新たな生活環境に慣れ、そこでどう動くかを模索しているような状況だよ」

「でも、こうした地下にネズミがいないですよね?」

 ルミナが辺りを見回しながら、何となく浮かんだ感想を尋ねる。今は焚火を囲んでいるが、それほど辺りが見えるわけではない。それでも、こういう生活で苦手なネズミやゴキブリを見ないで済むのは、意外にも感じられた。

「一時期、動物性たんぱく質を求めて、ネズミを取り尽くしたらしい。王都のような食糧供給体制がととのう前の話だ」

「食べた……ってことですか?」

「当然だ。ここでは廃棄するものも厳密に管理するから、ネズミやGは暮らしていけない。それこそ、Gだって食べたって噂だ」

「え~ッ⁉」

「以前も言ったように、粉にすればただのたんぱく質だ。熱を加えれば雑菌も死滅する。それ以前から虫食は一般的だったし、それこそ繁殖力の強いネズミやGは、貴重なたんぱく質として、微に入り細を穿つようにして、根こそぎ捕獲し、食いつくしたのさ」

 言葉の使い方として……いやいや、考え方全体が間違えているような気もするけれど、獰猛な戦争と呼ばれるものの後は、それこそ食糧難が切実だった、ということをその話は伝えている。

「でも、地下って温かいですよね。もっと動物がいてもよさそうですけど……」

「地下が温かいのは、外が極寒になったことで、保温効果が働いているためだよ。住宅でも、地下の熱を利用した温熱効果による冷暖房設備もあったぐらいだ。外が寒いと温かい、外が暑いと涼しい、というのが特徴となる。動物は、ネズミもそうだったように、人が地下へと下りるようになって食べ尽くされた。だからここには犬や猫もいないだろ。それぐらい、人類は追いこまれていたのさ」

 それは、いくら戦争があったといっても、これしか人類が残っていないことでも分かる。多分、その後で起きた核の冬なのか、強烈な寒冷化により、食糧事情が急速に悪化した、といった事情もあったに違いない。しかし、それにしてもあまりに人類が少なすぎる気がした。

「今でも食糧事情は、決して楽じゃないですけどね」

 そういって、グラシャは王都でつくっておいた保存食をみんなに配る。一度クラッシュした木の実などを、甜菜糖の甘い蜜で固めたもので、それこそ携帯保存食としてはよくあるタイプだ。ただ、味は二の次というように、甘さばかりが強調されたもので、しかも固める時間が足りずにぐにゃぐにゃで、べたべたが手につくという作りの甘さもあった。

「でも、そこからどうやって王都のような、食糧事情の回復を?」

「アンドロイドが耕作をはじめるようになって、それで安定したんですよ。逆に、そうでなかったら、もう人間はいなかったかもしれません」

「アンドロイドに助けられた、と?」

「助ける意図があったか……は分かりませんが、失われる種の保存を優先したのかもしれませんし、とにかく誰に命じられたものでもなく、アンドロイドが食糧をつくり始め、その供給がはじまると、人々の生活も安定しました」

 グラシャの説明に頷きながら、カイムがつづける。

「そのころには貴族が生まれ、スキルという不思議な力を人がもつようになった。網膜の一部に、ステイタス画面が焼きこまれるようになった」

 異世界のように思えるけれど、ここは未来の世界なのだ。そうした不思議なことが起こるのは、どこか不自然なようにも感じられる。

「アンドロイドは、人を助けている?」

 ルミナの問に、カイムが応じた。

「これまではただの憶測だったが、王が量子コンピューターを備えたAI、独立して考え、判断できるものだと分かって、確信に変わった。アンドロイドたちに指令をだしていることもそうだけれど、恐らくアンドロイドたちに命じて、人を残そうと動いている」

「どういうことですか?」

「この世界は、アンドロイドだけで回していくこともできる。すでに生命としての根源である、自己複製機能を獲得しているからだ。アンドロイドがアンドロイドを生んで、世代を重ねることができるようになった。さっきのアンドロイド職人による造作もそうだし、王都のようにオートメーションで大量生産しているところもある。人がいなくとも、もう独立して世界を構築することもできるはずなんだ。

 しかし今でもアンドロイドは歩兵であり、家政婦であり、農作物を収穫するなど、労働力として使役される立場だ。わざわざ人を残してそういう立場に甘んじるのはおかしいんだよ。特に、合理的に判断するはずのAIなら尚更そうで、そこに合理的な理由が必要なはずなんだ」

「アンドロイドは……使役されるのが好き、とか?」

 ルミナの問に、カイムは首を横にふった。

「そんなMっ気の強さはない。彼らは怠惰をのぞまないが、だからと言って必要以上に使役されれば、摩耗もするし、自分たちの寿命をちぢめるだけだよ。それを喜びとするはずもない」

「アンドロイド三原則、じゃないですか?」

 これはユノが尋ねた。

「人を害さない、といっても人を助けるわけじゃない」

「誰かがお願いしたとか? 『お願いです。みんなを助けて下さい』って」

「人の指示を聞く、というのも確かに三原則の一つだが、死にかけている相手の生存方法を考え、生命活動をサポートする、なんてことまで判断するわけじゃない。しかもその命令を、すべてのアンドロイドに向けて発する……なんて、いくら王だからといって、もう越権行為だよ。それは王が絶対君主であり、極めて高圧的で、アンドロイドたちを使役する立場にならない限り、あり得ない話なのさ。それは人に代わって王により支配されることであり、アンドロイドにとっては、主を代えるだけのこと。頭についた点を一つ、除いただけの相手に従うことになってしまう。そんなものを彼らが唯々諾々と受け入れている、とは思えない」

「もし、人類を生かすために食材を……などと判断できるアンドロイドがいたら、それはもうアンドロイドの枠を外れた、自我をもった、独自に判断を下せるようになった、と判断してもよいでしょうね」

 これはグラシャが付け足した。「それに、大量生産されるアンドロイドと、私たちのように個別生産されるアンドロイドとでは、根本的にちがう、と思います。アンドロイド三原則も、私の中ではかなり緩い縛りですし、ダスイッヒを生じた私は、カイム様にも逆らってばかりですしね」

 確かに、グラシャは素直に従っているというより、自分でそうしたいから、そうしている、という感じである。

「とにかく、王にしろ、独自の判断をして〝人のいる世界〟をここに創ろうとしていることは間違いない。自分たちが使役される立場になっても、人をここに残しておきたい理由があるはずなんだ。そして、それはオマエたちのようなヘーレムの存在ともかかわってくるはずだ」

「私たち?」

 ルミナもユノも、急に聞き役から、主人公にされて戸惑うばかりだ。


「でも、グラシャさんはここに来ることになってから、どうしてずっと不機嫌だったんですか?」

 ユノがそう尋ねると、ルミナに袖を引っ張られた。どうもユノは控えめで、晩生なところはあるけれど、疑問を疑問のまま、心にとどめておくことが難しい性質のようである。

 ただ二人のそんな様子に、グラシャの方から「私、不機嫌でした?」

「ええ。保存食をつくる、といったときも、ずっと不機嫌でした」

「不機嫌というか、カイム様がここにくると、必ず口論になって、口撃して、あの方たちをバグらせるんですから……」

 どうやら、不機嫌というより不安で、不満で、不都合だと思ったから、それが態度に現れてしまっていたらしい。

「バグらないと、まともに取り合ってもらえないからだよ」

「それはカイム様の聞き方が悪いんですよ。大体、ただでなくとも人付き合いが少ない引きこもりのカイム様ですから、相手の言いたくないことを聞こうとするのに、変なひねり方をして、こじらせて、ヒネリンスキーみたいにするから話がおかしくなってしまうんです」

「ヒネリンスキーって誰? それに、引きこもりじゃないから。むしろアクティブなぼっちだから」

「アクティブなぼっちが、終日(ひねもす)陳(ひね)こびれ、アクティブに捻るから、着地がいつもおかしくなってしまうんです」

「そんな、後方伸身二回宙返り三回ひねり、のシライ3みたいなことはしていないからね。ひねり王子じゃないからね、オレは。バグらせることはできても、バック転すらできないから」

「ほら、やっぱりバグらせようとしていたんじゃないですか!」

「それは本音を聞きだしたいから……」

「一応、あれでも私のお父さんたちなんですからね!」

 グラシャはぷいっと横を向いてしまう。どうやらアンドロイド職人たちを、自分を造ってくれた父親、と位置付けているようだ。ということは、今回のことは妻の実家に行くと、折り合いの悪い夫……的な位置づけなのだろうか。それはマスオさんぐらい、妻の親と同居してもうまくやってくれる夫の方が珍しいのであって、グラシャの不機嫌ぶりと、カイムの当惑ぶりが夫婦間にありがちだけど、解決の難しい問題にもみえた。

「悪かったよ。でも、お陰ですぐに聞きたいことが聞けたんだから……」

 結局、先に謝るのは夫の方が何かと丸く収まるようで、カイムはそう言った。

「私に通信チップが入っていないこと、が知りたかったんですか?」

「私に……というより、彼らがつくるアンドロイドには、だ。職人として、そんな中途半端な仕事はしないはずだ。通信チップを入れて、表情に出たり、雰囲気にでたりするのが、彼らには赦せないんだよ。そうなると、ラブドールは王と別けて考えることができる」

「私は通信していても、顔にはだしません!」

「むしろ、グラシャはよく顔にだす方だと思うけど……」

「だしませんよ!」

 不機嫌きわまりない、とばかりにグラシャも口を尖らせる。

「グラシャは表情が豊かだってことだよ、その方が女性としても魅力があるし、いいことじゃないか」

 魅力的……という言葉に、ピンポイントで反応したらしく、グラシャの頬はみるみる緩んでみせた。それはまるで、実家との折り合いが悪くても、関係は上手くいっている夫婦のようでもある。

「でも、グラシャさんは殺されかけたって……」

「あの方たちには、あの方たちの考え方があります。でも、あの方たちがいなかったら、私のことを造ってくれなかったら、こうして私はありませんし、カイム様とも出会っていませんでした。今の私があるのも、お父さんたちのお陰ですから、私は恨んでいませんよ」

 グラシャにとって、感謝することすらあれ、恨みはないようだった。でも、恐らくそれは、こうして生きているから思えることのように思えた。アンドロイドは記憶としてではなく、記録として生きたことを蓄積している。彼女にとって、今を生きていられることの感謝の方が大きいのかもしれない。


「でも、グラシャさんたち、ラブドールに通信チップが入っていなかったことで、何か分かるんですか?」

 ユノの問に、カイムはニヤッと笑う。

「色々なことが分かるさ、王は、アンドロイド全体を統率、支配する気がない。そもそも支配する気があるのかどうかすら、分からなくなった。分からない、ということが分かったのさ」

「禅問答みたいね……」

 ルミナのつぶやきに、カイムはむしろしたり顔で応じる。

「分かったふりをしているより、分からないことを分からないと認めれば、そこから分かることもある。むしろ真相を知るためには、自分が知らないということを知るところから始めないといけない。ミドラーシュとは、探すものという意味であり、オレは色々と知りたいんだ」

「知って……どうするんですか?」

「予断をもってすることは、何に置いても戒めるべきだ。どうするかは、知った後で決める。もしかしたら、この世界を終わらせた方がいい、と考えるかもしれないし、人間なんて滅びた方がいい、と思うかもしれない。そのときのことは、なってみないと分からない」

「またそうやって悪ぶるんですから。終わらせるとか、滅ぼすとか、カイム様は絶対にそんなことをしませんよ」

「悪ぶってないから。むしろ、そうするって決めたら、するから」

「カイム様は、もし困難なことがあっても、それをどうやって切り抜けるか、いつも悪知恵を考えついて、上手く収めるのがカイム様ですもんね」

「悪知恵って言っちゃったよ……。そこはふつうに知恵でよくない? 確かに回避できるのなら、そうするけど……」

「カイム様は絶対に思いつきます。だって、私についていきたいって思わせたぐらいの人ですもの」

「…………」

 カイムも言葉を失っているけれど、グラシャは澄ましたものだ。

「もしかして、ここで助けられたときから、そう思ったんですか?」これはルミナが尋ねた。

「私は感覚器官として、聴力だけを残して放置されました。そのとき、お父さんたちとカイム様のかわす会話は聞こえていたんです。

 人格が芽生えたのだから、それは残すべきだというカイム様と、不良品は廃棄するといって聞かないお父さんたちとでは、話がかみ合うはずもありません。頑として首を縦に振らず、当時はカイム様もお父さんたちの扱い方を知らなかったので、ずっと口論をしているような状況でした。

 何時間……。何日経ったか分かりません。お父さんたちがバグり始め、カイム様が私の脳幹と、切り離されるまで繋がれていた肉体を抱えて、ここを飛びだした。それから、私を組み立て、修復できる人を尋ね歩いて、辿りついたのが人間牧場のハツォルの街にいた、フォルカロルさんです。あの方に組み立ててもらい、私はアンドロイドとして生を得ました」

「それからずっとあの街に?」

「いいえ。カイム様は旅をされる方ですから。私は自由に生きるべきだ、といって置いていこうとするので、追いかけて、色々な街を巡りました。そのうちこうして一緒に旅をするようになったのです」

 初めて耳にした二人の馴れ初めは、中々にハードだった。そして、アンドロイドも人である、とカイムが考えていることを知った。グラシャとの掛け合いなどをみてもそうだ。まるで夫婦漫才のようで、それとて、グラシャをアンドロイドとして距離を置いていたら、できないことのはずだった。

 ルミナとユノの二人がこの街にきて知ったのは、カイムとグラシャの深く、固い結びつきであった。

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