第14話 アンドロイドにも生まれたところはある

   アンドロイドにも生まれたところはある


「さぁ、保存食をつくりますよ!」

 グラシャはそういって、収穫をはじめる。

 ここはLEDにより促成栽培も行われているので、一年中あらゆる野菜が収穫可能だ。この王都から少し離れる、旅をするとなって、その間の食糧をつくっておこう、というのである。

「保存食に欠かせないのは、砂糖です」

 グラシャはそう言って、大根のようなものを収穫する。

「それは何ですか? サトウキビじゃないんですか?」一緒に保存食づくりを手伝うことになったユノが、不思議そうにそう尋ねた。

「サトウキビは先に収穫されていました。残っているのは、このてんさいです」

「天才?」

「甜菜糖です。この根の部分に多くの糖分をたくわえるので、ここから砂糖がとれるんですよ。きび砂糖と比べ、血糖値を上昇させにくい、といったことも特徴ですが、カロリーがあるのに、むしろ体を冷やす効果があるといわれます。寒冷化された外にでるので、きび砂糖にしたかったのですが、こればかりは仕方ありません。ここからできる砂糖をつかって、保存食をつくります」

「砂糖が大切なんですか?」

「腐敗を抑え、長期保存に適します。砂糖だけなら賞味期限がないように、糖というのはそれを利用して腐敗をすすめてしまうような微生物も少ないんです。糖分を発酵させるとお酒ができますが、それ自体が腐るものではないのですよ。長期保存には塩漬けにするやり方もありますが、つくるのに時間がかかるので、すぐにできる甘味を今は優先します」

「甘味……」

 ユノはデザートのようなものを思い浮かべたが、すぐにグラシャが打ち消した。

「味も大事ですが、大切なのは少量でも必要なカロリーを摂取できること、長期間の保存に耐えられること、です」

「これから行く場所って、そんなに長くかかるんですか?」

「いいえ、地下鉄の駅一つ先です。ただ、そこは街といっても人が暮らしていないので、食糧は何もありません。なので、そこに行って、帰ってくるまでの食糧が必要なのです。それに、いつ戻ってこられるかも分かりませんし……」

 砂糖としてきれいに精製する必要はないので、細胞を壊すように丁寧にみじん切りにし、お湯で煮だす。不純物をとりのぞいて煮詰めると、甘いシロップのようなものができた。きび砂糖より上品な甘さで、癖が少ない。もっとも、きび砂糖はその癖がよい、とするものであって、黒糖をつかうスイーツもあるように香りが重視される。てんさいは寒冷地でもよく育ち、きび砂糖からつくられる上白糖のように、料理を邪魔しないのが特徴だ。

 そうやってグラシャと、ユノが保存用の砂糖をつくっている間、カイムとルミナの二人は、それ以外の食材を調達しに出かけている。

「エスルトって、どういうところなんですか? グラシャさんが微妙な反応をしていましたけれど……」

 ルミナも気になって、そう尋ねる。

「エスルトは、ラブドールの製造工場だ。大戦前からあった工場を、丸々移設した。素材に制限もあるので、大量に製造しているわけではないが、今でも年間、数十体は製造しているよ」

「でも、グラシャさんのようなラブドールをあまり見かけませんよね?」

「キメリエスと会っただろ? 王都では貴族や、一般市民でもほとんどがお手伝いさんを抱えていて、それをラブドールが務めている。奴らの屋敷に行けば、複数のラブドールに会えるよ」

「でも、年間数十体もつくるほど、需要があるのですか?」

 いくら広大な地下都市、といっても限界はある。住民の数だって限りがあり、一軒で複数体を抱えるといっても、年間に数十体もつくって、需要があるか心配になってしまう。

「これを言っていいのかどうか、分からないが、人間はよく壊す。特に、地下世界に入れられ、ストレスの溜まった人間が、傍らにいるアンドロイドに八つ当たりをし、それで破壊されることも多いのさ。一度そういう目に遭ったアンドロイドは、廃棄が決定される。自分を害す相手を除去しようと判断し、アンドロイドが人間に復讐する恐れがあるからな」

「アンドロイドが、復讐……」

「時折、暴走事故という話も伝わる。ラブドールは特に、学習という過程をへて出荷されるが、その段階で人に命じられるままに作業に従事させられることを、良しとしない。強く自我がでることもある」

「グラシャさんも、自分が不良品だって言っていましたけど……」

「アイツが自らそれを語るなんて珍しいな……。ダスイッヒ……哲学では〝自我〟とされるそれは、アンドロイドにとって致命的な欠陥、とされる。出力を上げれば戦闘もこなす、人を殺すことだってできる以上、自ら判断し、勝手に行動することは危険に過ぎる……、ということだ。ちなみにアンドロイド三原則があって、人間を害さない、人間の指示には従う、上記二つが重なったときは行動しない、という教育をうけてアンドロイドは出荷される。ダスイッヒは、その三原則を自ら破ってしまう懼れを想起させるのさ」

「実際、そういう事件があったのですか?」

「あった……という話だが、詳細は伝わっていない。そのころから、アンドロイドの製造にも変化があった、とされる。オレもその事実を知りたくて、以前もそこにもぐりこんだこともあるんだが……」

 そのとき、グラシャさんと会ったのかしら……? ルミナも気になったけれど、今はそれを聞けなかった。


 地下鉄の駅一つ分、といったところで地下鉄は使えず、また地上を歩いていくにも吹雪の中だ。遅々としてすすまぬ歩みに辟易しつつ、それでも前進をつづける。しばらく歩いた後、物陰にかくれて休憩する。

 ユノは水のスキルをもち、カイムに教えてもらった、指をくるくると回しながら、真ん中に水を集めることができるようになっていた。空間にただよう水分を集めるので、飲み水を補給できる。

 それをルミナが横からパクッと一飲みにした。

 ユノは「グラシャさんも要ります?」

「私は水分を補給する必要はありませんので、結構です」

 碧髪である以外、みためはほぼ人間のそれなので、つい人間として接してしまうけれど、今日はその整った顔立ちが、より強張ってみえた。

「グラシャさん、ずっと怒っていますよね?」

 ユノにそう問われても、グラシャは「いいえ、全然」と、取り付く島もない。

 ルミナはユノの手を引っ張って「ダメよ。そんな直接的に聞いても、グラシャさんはエスルトの街で、殺されかけたんだよ」

「そう……なんだけど、グラシャさんが怒っているのって、それだけじゃない気がするんだよ」

 カイムとグラシャの二人は、あれ以来顔を合わせても、ほとんど会話がない。エスルトに行くことは、それだけのことらしい。

 半日かかって、やっとたどり着いたけれど、王都とちがってその上に壊れかけたビルが建っているようなこともなく、雪で覆われかけた地下鉄の入り口、そこにかぶされていたトタンをどかして、中へと入る。

 そこはまったく光のない場所だ。慣れた様子で、カイムは指先に火を灯して、そこを照らした。火のスキルをもつルミナも、同じように火を灯す。カイムほど炎を大きくはできないけれど、足元を照らすには十分だ。

 重いコートを入り口のところに残して、四人は階段を下りていく。まさに地下鉄へと向かう通路で、そのままどんどん地下へ向かう。やがて、改札口が見えてきた。電気が通っていないので、動くことはないけれど、ルミナとユノは懐かしくそれを見つめる。彼女たちはそうやって駅をつかい、高校に通っていたからだ。

 駅に入って、動かないエスカレーターを下ってホームまで下りると、一旦線路に降り、その脇にある金属製の扉を開けた。そこは線路のメンテナンスを行うため、備品などを入れておく倉庫でもあったのだろう。暗くて全容はみえないけれど、かなりの広さを感じさせた。

 そして、そこに入ってすぐ、微かに音が聞こえてくる。機械が静かに作動する音、モノがこすれ合う音、LEDのチラチラとした光まで、まるで音を発しているような気がして、動きのあることがこれほど安心させられるものか、と思い知らされるようでもあった。

 ただ設備全体が動いている様子はなく、まして蛍光灯すら灯されていない。

 そのとき、微かに近づいてくる足音が一つ……否、三つ……。

 カイムの灯す炎の明かりに浮かび上がったのは、三体の黒ずんだアンドロイドたちだった。ユノも思わず暗闇から現れたその三体をみて、小さく「ヒャッ!」と悲鳴を上げてルミナの陰に隠れてしまう。登場の仕方が、まるでGだったからだ。

 アンドロイド兵士のようでもあるが、頭の部分には大きなカメラが一つだけで、正面を向く。足が短く、手が長く、人の姿に照らすと不格好にみえるけれど、どうやら戦闘する気はないようだ。というより、戦闘するようにはできていないようでもあった。そのバランスの悪い肉体で力をだしたところで、体が不自然に捻じ曲がるだけだろう。

 三体のアンドロイドたちは、正面にいるカイムのことをじっと見据え、合成された電子音でこう告げた。

「盗人……め」「盗人だ」「盗人じゃないか」


「盗んだつもりはない。オマエたちは廃棄する予定だった。つまり所有権を放棄した状態だった。ちがうか?」

 カイムは肩をすくめてみせるが、どうやら旧知の間柄でも、あまりよい関係ではないらしく、どちらかといえば窮地の関係のようだ。

「不良品を……世に出すは愚」「出来損ない」「ゴミだって勝手にもっていくのは犯罪じゃないか」

「よいものをだしたい、という気持ちは分かるが、入出力をくり返して考える力を養った後だ。特に、それがダスイッヒという自我に関わるものである場合、それをするのは殺人に等しい……だろ?」

「アンドロイドは……人でない」「人でなし」「アンドロイド三原則に反したら、廃棄するのが当たり前じゃないか」

「人を模し、人に近づけておきながら、人により近づいたら不良品……とか矛盾じゃないか? ダスイッヒを芽生えさせ、人により近づいたのなら喜ばしいことじゃないか。ケーキつくってパーティーを開くところだろ? 嬉しさのあまり、踊り狂うところだろ。盂蘭盆会でも、地獄から解き放たれた囚人は、踊り狂って天上世界へとかけこんだじゃないか。オマエたちだって、踊っていいんじゃないか? それを廃棄だとか、逆だろ?」

「盂蘭盆会……分からない」「盆踊り」「ここでは踊れないじゃないか」

 三体のアンドロイドたちは、言っていることがバラバラになってくる。

 グラシャはそんな三体のアンドロイドたちから離れるよう、ルミナとユノを誘って説明して回る。

「あそこが、カーボンファイバーを成形する機械、あれが導電ゴムを切断する機械、あれがニューロンフィルムを多層化して、擬似感覚器官として統合するための装置をつくる機械。あれが……」

 一つ一つの装置はバラバラに配置され、ここに移設されたときから、空いている場所に押しこめられた感じもある。電力供給も潤沢でなく、電灯をつける余裕もない。もっとも、アンドロイドには暗視スコープもあり、特に三体のアンドロイドは大きなカメラをもつ。暗くても見えるから、ここは暗いままなのだ。

「大量生産できるようには見えませんね。だから、数が少ないんですか?」

「部品はこうして機械でつくりますが、組み立ては彼らがそれぞれ担います。部品の作り方から拘りがあり、ほぼ手作業。だから数が造れないんです」

「え⁈ 手作りなんですか?」

「家内制手工業という感じですね。オートメーション化はされていません。むしろ、だから固有のファンみたいな人もいて、例えば私の型番はSpL9801VMですが、そのシリーズを好き、として購入対象になったりします。キメリエスさんはFFH77AVですし、もう一つはX6-8000シリーズがあり、あの三体のアンドロイドから、それぞれ生みだされたものです」

 驚いて言葉を失ったユノに代わって、ルミナが「盗人って?」

「以前、私をここから連れ出したことを指しているのですよ。私は廃棄され、素材にまで還元され、再生産されるところだった。それをカイム様が、無断で奪っていったので、盗人呼ばわりです」

 グラシャを助けた、恩人になったことで、盗人扱いをされることが、やはりグラシャには赦せないのか……?

 そのころ、カイムは三体のアンドロイド職人たちと対していた。

「オマエたちは、職人はこういうもの、としてプログラムさせたものに拘り過ぎなんだよ。結果、決まりきった結論に落ち着く。自我を芽生えさせた機体を、絶対に赦さない、という結論だ」

「それは……絶対に認めん」「アンドロイドは人でない」「人間を模倣し、人間に近づけても、人間であってはいけないじゃないか」

「人間……じゃあ、ラブドールに通信チップを埋めこんではいないのか?」

「通信チップ……そんなものは埋めこまない」「通信は邪魔」「通信なんかしていたら表情や、雰囲気にでてしまうじゃないか」

 なるほど……彼らには彼らなりの拘りがある。職人として、人に近づけようとするときに、人にできない機能は載せない。ゴーストだったり、擬体だったり、そういう世界ではないので、脳にマイクロマシーンを埋めこんでネットにダイブ……といった世界観は、ここにない。

 ただ、今はそれを聞ければ十分だった。

「オマエたち三体は、それぞれアンドロイドを製造するときの考え方がちがう。SpLシリーズをつくるグサインは、標準的な大きさの胸を好み、FFHシリーズをつくるグシオンは巨乳が好み。X6シリーズをつくるグソインは貧乳好きだろ? オマエたちのつくるアンドロイドには、それぞれ個性がある。個性があるっていうのは、すでにオマエたちにもダスイッヒが芽生えている、ということじゃないか? あれ? じゃあオマエたちも廃棄対象じゃないか? 何をしているんだ? 早く廃棄する準備をしなくちゃ……」

「私たちが……廃棄対象?」「ゴミ?」「私は貧乳好きじゃない、じゃないか?」

 アンドロイドたちは、いくら複雑なように見えても、新しい事象や入り組んだ論理展開をするのは不得意だった。だから論戦をいどみ、こうして論理の渦に突き落としてやれば、勝手にバグる。

 特に、彼らはモノづくりをするようつくられたアンドロイドだ。論理を戦わせるために造られた、複雑な思考パターンを巡らすようにはできていない。

「終わりましたか?」グラシャが近づいてきた。

「聞きたいことは聞けた。意外と早くすんで、助かったよ」

「そのせいで、二、三日はダメでしょうけどね……」

 三体のアンドロイド職人は、首を傾げたり、ぼーっとしたり、バグったために行動すら怪しくなっている。

「こいつらには通信チップが入っていて、いずれ王が答えをだしてくれるよ。どうせ前と同じ論理で渦に落としたんだ。復帰も早いだろ」

 そういっていると、アンドロイド職人たちは急に我をとりもどしたように、作業にもどっていく。足が短く、手が長いその姿はまるでサルっぽくもあったけれど、作業をするときも足でつかむなど、その動きもサルっぽい。

「あら? すぐにもどりましたね」

「こちらとの会話をなかったことにされた。オレたちもいない、いなかったことにされている……。そんな感じだな」

 カイムたちはその工房をでることにした。扉を閉めた後、グラシャが深々と頭を下げているのが、少し奇異に思えた。

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