第13話 王の意志は、アンドロイドたちを動かす

   王の意志は、アンドロイドたちを動かす


 レライエは突然、裁判所から召喚された。彼女は上級貴族の家に生まれ、父の急逝により、家督を継いでいた。しかし先の裁判で、これまで手伝いとして彼女の下にあったロノウェという男が、父によって書かれた遺書をもちだし、正当なシメオン家を継承する権利を主張したことにより、状況は一変した。彼女は従軍し、そのときの問題もあって、軍から家に蟄居するよう命じられ、すべての権利をはく奪され、屋敷にひき籠っていたのだ。

 外で大騒ぎしていたけれど、軍からの指令でもあって、外には出なかった。しかし裁判所の召喚なので出向いてみると、再開廷となった裁判で、いきなり「前回の判決を破棄する」と告げられた。

 上役だったマルバスも、当事者のロノウェの出席もなく、ただそう告げられ、軍へ復帰することとなり、合わせてハゲンティ閣下からの呼びだしを受けた。

 ハゲンティはかつて軍に多大な貢献をし、半身不随となった後でも、軍の要職につくほどの人物だ。彼女がその屋敷を尋ねると、大きなホールとなった場所で出迎えてくれた。彼はいつも車椅子にのり、後ろにはオリアスと名乗る、アンドロイドのラブドールが付き添う。

「私もあの街に出向いていたのに、私に何の証言も求めないのはおかしい……と抗議しようとしていたところ、それ以上の問題が起こってしまった。そこでマルバスとロノウェを拘束、急遽君を復権させ、彼ら二人の地位を臨時代行として引き継いでもらうこととなった」

「ど、どういうことかしら……?」

 レライエも突然のことに戸惑っている。ハゲンティは教え、諭すようにゆっくりと語った。

「ハツォルの街にいた、ミドラーシュを自称する者が、先ほど王都で大混乱をひきおこした。その際、マルバスとロノウェと共謀し、君を貶めたという話をしたのだ」

「ミドラーシュ?」

「君もよく知っているだろう。あのスキルの探求者、隻眼の男だ」

 レライエも、前回の裁判でも取り上げられたことでもあり、すぐにその顔を思い浮かべた。

 彼女は従軍すると、すぐにハツォルの街への赴任を言い渡された。住民を監視し、取水口を管理するだけの簡単な仕事……。逆にいえば、退屈で、誰にでもできる簡単な仕事だから、素人の、家柄だけで地位を得てしまった、無能な女性騎士でもできるだろう、とでも見縊られたのか、そう考えていた。赴任したハツォルの街で、あの男と出逢うこととなった。

 あの街にいるのは、最初から臓器の適合者であると確認された者だけで、貴族が病気になったとき、有無をいわさず臓器を摘出される。そうした経緯もあり、住民のほとんどが諦めたような表情を浮かべ、夢ももてず、唯々諾々と生をむさぼる、そんな空気があった。

 しかし、あの男はちがった。端正とはいえないけれど、ぎらぎらとした隻眼を輝かせ、スキルについてよく知り、レライエが考えもしていなかったスキルの使い方を教えてくれた。庶民のくせに生意気な口をきき、レライエのことを軽く扱うようなところもあったけれど、嫌々、渋々といった態度であっても、お願いをよく聞いてくれるなど、頼ることも多かった。

 そんな彼が、マルバスとロノウェと、共謀?

「彼はミドラーシュだったのかしら?」

「さぁな。だが、一つ言えることは、あの男は間違いなく変態だ。全裸でこの第八階層を走りまわり、大混乱に陥らせ、挙句にそんな演説を打って、混乱に乗じて忽然とその場から消えてしまった。その行動力、突拍子もなさ、それらはミドラーシュを疑わせるに十分だ」

「ぜ、全裸で⁈」

「お陰で、上へ下へと大騒ぎだよ。もっとも、君は知らないかもしれないが、あのミドラーシュは、以前も大きな事件をこの王都で起こしている。君は、彼らの共謀には関与していない、むしろ被害者だろうとなって、シメオン家の意向もあり、急遽復活という形になったわけだ」

 レライエも自分がどうして復権したのか、それを知ることができたが、すぐに分からないこともできた。

 彼女が知る限り、あの男とロノウェは本気で敵対していた。いくら彼女がいいところのお嬢様で、世間知らずだといっても、人間の機微ぐらいは分かる。むしろ貴族社会で、複雑な人間関係の中で育ってきただけあって、相手の気持ちをよみとる、空気を読む力だけは長けてきた、と思っている。

 あの男は嫌々、渋々という感じではあっても、一度引き受けたことはまっとうするだけの度量もあった。そこに見返りがなかったとしても……。それなのに、ロノウェと利害で結びつく……? あり得ない、すぐにそう思った。権力に近づきたかったのなら、もっと上手いやり方だってあったはずだ。むしろ、レライエの方が積極的に彼とは交流していたのであり、逆にロノウェは彼のことを敵視し、彼女から遠ざけようとしていたぐらいだ。

 利害の枠外にあり、かつ権力にも興味なし。そんな彼だから、レライエも安心して付き合えた。

 何かがおかしい……レライエも、いやが上でもそう気づいた。


 第一階層に降り立ったカイムは、その光景に唖然とした。

 そこには街があった。社会があった。アンドロイドしかいないけれど、そのアンドロイドが暮らす世界があった。

 アンドロイド兵士は食糧を摂取、分解してそれを電力にする、といった面倒なことはしない。充電用のソケットが尾骶骨の辺りにあり、立ったまま充電できるよう、プラグを備えた設備がそこかしこに佇立するので、アンドロイド兵士は多くがそこに凭れ掛かり、充電する。

 充電が終わったアンドロイド兵士たちは、街を散策したり、そこかしこに集まって集会のようなことをしたり、かなり自由に動き回っていた。

 しかし、会話が聞こえるわけではなく、身振り手振りもないので、周りからみているとかなり違和感もある。まるで黒っぽいその姿から、ここが蟻の巣、もしくはGのたまり場にも見えた。

 アンドロイド兵士たちが、こうして黒い姿をしている理由は簡単だ。アンドロイドはカーボンファイバーの骨格に、導電ゴムにより体を動かしているけれど、ラブドールのように、人の姿を模倣するためのシリコン製の人工皮膚で覆う、といったことをする必要がない。そこでテープのような、伸縮性のある素材を巻いているのだが、それが黒いのだ。黒は熱を吸収するので、放熱を必要とする機体では不利に思われるけれど、今は氷期――。外は極寒の世界であり、太陽光などはほとんどなく、むしろ凍り付かないように、常時熱をもたせておく必要がある。

 また雪の中でも黒い姿はめだつ。隠れて敵を攻撃する、といった必要もないため、むしろ目立つことで仲間を見分けやすくする、という効果もあった。

 なので、すべての機種が同じ姿形で、同じ色をする。それが蟻だったり、Gだったりに見えてしまう所以でもあった。

 カイムは隠れるでもなく、そこを歩いていく。360度を見渡すことができるアンドロイドだ。エレベーターの扉を開けて入ってきたカイムのことは、すでに発見されているに違いない。分かっていても、あえて無視するというのだから、こちらも堂々と振舞うだけだ。

 飛んで火に入る夏の虫――。そんな言葉が脳裏をよぎる。まさに、蟻の巣に囚われた虫、という気分だ。ただ、捕まったところで殺されることはあっても、生きたまま喰われる軍隊アリよりマシ……、と言い聞かせる。

 第一、第二階層はアンドロイドに与えられている。広大な敷地を歩いてみて思ったことは、まさにここはアンドロイドの街だということ。第二階層ではアンドロイドの製造、もしくは補修を行う工場もあり、人間で例えるなら病院、といった感じだ。ただ、そこで生まれるのはすでに大人の姿をしており、蛹から孵った後、といった印象もうける。

 彼らは半永久的に、ここで数を増やし、存在しつづけることができる。改めてそう思った。人間のように増え過ぎて滅びる、といったこともない。互いに争うこともないだろう。穏やかで、安らかで、適度な繁栄を互いに享受しつつ、生きていくことができるのだ。

 それはあらゆる生命にとって、ここが理想郷であることを思わせた。病気もなく、他の生物によって生命を脅かされることもなく、データだってバックアップをとっておけば、ほぼ永遠に存在し続けることもできるのだから……。

 そうやって、穏やかな街を歩いていて、ふと思う。ここに来たのは、そんなアンドロイドたちの生活に感心するためではない。第九階層の王と、ここに何らかの接点があるか、それを確認しにきたのだ。

 ただ、アンドロイドたちに命令をうけとり、それを実行している様子はない。至るところで屯して、サイレントのまま会話する姿は、それこそ若者と何も変わりない。友達と……、仲間と一緒にいることが楽しい。そのためにここにいる、そんな光景でもあった。

 そのとき、これまでとはちがう気配を感じて、思わずふり返る。そこにいるアンドロイドをみて、思わず呟いた。

「ムルムル……」

 それは第九階層で、王をメンテナンスする役目を与えられた、初期型アンドロイドの名前……。そこにいるのは、全身が真っ白で、服すら着ていないけれど、着せ替え人形の中身のようにプラスチッキーな体をした少女、ムルムルの姿であった。


「第九階層にいるあの子と、私はちがう」

 ムルムル……と思しき少女は、そう告げてきた。この第一、第二階層にいるのはアンドロイド兵士だけであり、音声を出力する機能はもっていない……と思っていたので、話しかけられたこと自体がかなり意外だった。

 かなり初期に開発、製造された機体であり、マン―マシンインターフェイスをもつけれど、まだ発展途上という感じで、会話にもたどたどしさを残す。ただ第九階層にいたムルムルより、後期型の機体らしく、細工などにいくつか違いもみられた。

 しかしアンドロイド兵士が蟻んこなら、そこにいる彼女は、まるで白アリのようにも見える。

「君は、ここのメンテナンスをしているのかい?」

「私たちは設備を維持、管理するためにいる。私たちはメンテナンスに関して、その優秀さをみとめられた」

 かなり初期のころには、彼女たちがアンドロイド兵士の製造を担っていた。今ではほとんどの作業がオートメーションとなり、その役割を外れたけれど、設備の維持、管理としての役割を任された。作業をこなすため、彼女たちは手にアタッチメントをつけ、様々な工具を扱えたからだ。

「旧式のアンドロイドが、新型のアンドロイドをうみだし、それがまた優れたアンドロイドを生みだす。まさに進化……」

「進化? それは分からない。でも、アンドロイドを生みだす設備を維持、管理するのが私たちの役目」

 なるほど、彼女にとっては自分の役目を果たすことだけが、ここに存在する意味なのだ。

「君は、どうしてオレの前に出てきたんだ?」

「帰る様子がなかったから」

「隠れていたのか?」

「隠れていたわけではない。通常、私たちは格納された状態にある。アナタが居座りつづけているから、警告を与えるために起動した。それだけ」

 ムルムルもそうだったけれど、彼女たちメンテナンス用のアンドロイドは、複数体が存在し、バックアップとするのだ。複数形で自分たちを呼称するのも、そのためである。

「それは申し訳なかった。じゃあ、いくつか質問させてくれ。王とよばれる第九階層からの指示、その考えをうけとる設備は、ここにないのか?」

 ムルムルに似たアンドロイドは、首を横にふる。

「ここにはない」

 そのとき、カイムもその様子で、自分の質問の仕方を間違えていた、と気づく。

「君たちは第九階層にある、王から指示をうけとっているのか?」

 彼女は首を縦にふった。

「どうやって……。なるほど、電波か」

 アンドロイドたちは、恐らく受信用のチップを備えているのだ。そして、第九階層からの指示を、直接うけとることができる。サイレントでの会話も、ネットを介していると考えると、理解できた。

「待ってくれ。そうなると、君たちの行動は第九階層に決められているのか?」

 彼女は首を横にふった。

「王は大方針を決める。私たちにとって相談相手。判断を与えてくれる存在」

 アンドロイド兵士たちは、複雑なことを考え、判断できるようにはできていない。ニューロンフィルムも、ラブドールのようなマン―マシンインターフェイスを重視するなら、多層化も必要だけれど、指示をうけとり、それをこなすだけのアンドロイド兵士では、層を増やす必要がないからだ。

 それを補うため、第九階層に王がいる。つまり、王とはアンドロイドたちにとってのそれなのだ。

「君たちは、この世界をどうしようとしているんだ?」

 一瞬、間が空いた後、ムルムルに似た白いアンドロイドが答えた。

「教える必要はない。知る必要もない。隣人の意志を、すべて知る必然性がないように、互いのことは不可侵であるべきだ」

 まるで、ムルムルでないかのようなしゃべり方だ……。これが、王の言葉か。

「もしかして、オレたちが自由に活動できるのも、王の意志か?」

「妨げる必要はない。排除する理由もない」

 やっぱり……。こうして第一、第二階層を自由に歩けるのも、王がそれをみとめているからだった。逆に言えば、彼らを他愛もない存在、と位置付けている、ということでもあった。

 今はこれぐらいか……。カイムは「また来るよ」といって、彼女と別れた。エレベーターホールでロープを結び直して、暗い立坑を上り始めた。すると、彼がでた後ですぐにアンドロイド兵士たちが、重たい鉄の扉を閉めようとしているのが見えた。カイムは上に見える光に向かって、必死で手を伸ばした。


 地上一階にカイムが這いだすと、すぐにグラシャが抱きついてきた。

「良かった……無事で」

「大丈夫だよ。とにかく上に引っ張り上げてくれ」

 グラシャのパワーなら、男一人ぐらいは簡単にもち上げられる。そこにすわって、やっと生きた心地がした。

「グラシャさん。ずっとそわそわして、私も下りるって言いだすし……」

 ルミナが、普段は泰然自若としているのに、カイムのことになると、急に心配性になるグラシャをからかうよう、そう告げる。

「そう言われても平気です。だって、大切な人を思うのに、不安にならない方が不自然ですから」

 グラシャは澄ましてそう言う。カイムも笑って「何も問題がなかったから、逆に遅くなった」と言って、地下であったことを話す。

「電波が生きている……」ユノも感慨深げに、そうつぶやく。

「でも、私たちにそういう回路はありませんよ。兵士たちにのみ組みこまれた、特殊機能かもしれませんね」

 グラシャはそう言うけれど、そんな彼女をみて、カイムは応じた。

「次に行く場所が決まったよ。ただしそこは、グラシャにとってはあまりよい思い出がない場所かもしれない」

「もしかして……。エスルトに行くんですか?」

 グラシャは小さくため息をつくけれど、二人の中にある記憶、記録に、ルミナもユノも首を傾げるばかりだった。

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