第12話 人を騙すのなら、スケールの大きい方がいい

   人を騙すのなら、スケールの大きい方がいい


 全裸に、股間の辺りに大きめの葉っぱ巻きつけただけのカイムは、機動部隊の本部にある屋根にのって、まるでこれから演説でもはじめるように、そこに集まってきた貴族たちを前にしていた。

 ぐるりと辺りを見回し、そこに見知った顔をみつけると、嬉しそうに話しかける。

「よぉ、ロノウェ。久しぶり!」

 緑色の鎧で身をつつみ、頭の部分も緑色の兜で覆っているため、その顔がまったくみえない相手、それがロノウェだ。それでも、大きな声で呼びかけられ、びくっと体が動くのが見えた。

「ハツォルの街で、上手くやろうって言っていたのに、何もいわずにもどっちまうから、こうして出向いて来てやったぞ」

 カイムに話しかけられ、明らかに焦っている様子がうかがえた。

「な、何を言う! キサマなど……」

「あれれ? おかしいなぁ? 上司であるレライエ嬢を失脚させれば、上手いことできるからって、協力してくれって言ったのは、オマエだろ? 良かったじゃないか。シメオン家も引き継げるんだろ? ちゃんと約束した報酬をくれよ」

「や、約束など……何をバカな……」

 衆目が彼に集まる中、カイムはそんなイイワケなど気にしない、とでも言うように今度は違う方向に声をかけた。

「やぁ、マルバス! オマエからも言ってくれよ。俺たちの間で、ちゃんと約束したよな? 第九機動部隊を掌握したら、街の統治権をみんなで分け合おうって。そのために、みんなでシメオン家のレライエ嬢をはめるんだって。だから、オレはハツォルの街にいたんだぜ。約束ぐらい守ってくれよ」

 そこにいたのは、白い鎧で身をつつむマルバスだった。マルバスもさっと蒼褪めながら「な、何を……」と呟くのが精いっぱいだ。

 何しろ、カイムの語ることは明らかな嘘であるにも関わらず、彼らの中に後ろ暗いこともあるのを知って、あえてそれを投げかけているからだ。

「家柄のよさを鼻にかけ、目障りだから、レライエ嬢を排除したいって言っていたじゃないか。それとも何か? ちょっと脅かしてやったら、腰を抜かして、気を失ったのを根にもっているのか? まぁ、騎士としては恥ずかしいよな。こんな平民、ミドラーシュにちょっと驚かされたぐらいで、白目を剥いてひっくり返るなんて」

 マルバスは反論しようと、ぐっと体を乗り出そうとしたが、その途端に青い顔をしてひっくり返ってしまう。どうやら、情勢の変化、急激な自らの立場の悪化に、また意識を失ってしまったようだ。

 しかしロノウェはそうはいかない。注目が集まっていないことを逆手にとり、剣を抜くと、それで自らの左腕の肘の辺りを、ざくっと切り離した。その途端、その左腕はそこから消え、空間を超えてカイムへと向かう。

 カイムはまるで辺りをうるさく飛びまわる蠅でも払うように手をふると、そこにはロノウェの左腕が握られていた。

「オマエのスキルは、すでに見切ったと言っていただろ? 確かに、肉体の一部を切り離すと、空間を飛び越えて送りこむことができる、すごい能力だよ。だが、弱点もある。空間を飛び越えることができても、物質を貫通できるわけではない。そこから流れ落ちる血をたどってしか、元の肉体にもどれない。つまり相手の肉体に送りこんで、息の根を止めようとすると、自分も肉体の一部を失う、下手をすれば出血多量で死ぬことになるんだ。

 だからこうやって、対象の近くに出現させて、腕を操ってつかんだら、空間を超えて引っ張りもどすしかない。命を賭けてでもその技をつかうのでなければ、こうやって軌道さえ先読みできれば、食い止めるのは造作もないのさ。もっとも、命懸けで相手の肉体に送りこもうとしても、オレなら簡単に食い止めてみせるけれどね。べろべろベロ~ッ!」

 最後は茶化すように、舌をだしてみせた。

 しかし、スキルをすでに見破られている……というのは、それだけの近さ、親密ぶりを周りに印象づけた。

 このとき意識をとりもどしたマルバスが、血相を変え、人混みをかき分けて「キサマ~ッ!」と叫びながら剣に手をかけ、カイムへと走り寄ってきた。だが、はたと気づく。彼のスキルは境界を切断するものだが、今のカイムには境界が見当たらない。そう、服を着ていない彼には、どこにも境界がないのだ。しかも彼の弱点は、多少の凹凸なら問題ないけれど、基本は直線を、刀を薙ぎ払えるようなまっすぐな線を分断する能力だ。今のカイムに、彼のスキルを適用できる部分はない。

「マルバス~。そういきり立って剣を構えても、オマエのスキルは今のオレに通用しない。そう、変態には通用しないのさ!」

 カイムはそう胸を張った後、言葉をつづけた。

「二人とも、仲間だと思っていたのに……。オレのことを裏切るなんて……憶えていろよ!」

 カイムがそう叫ぶと、周りからパンッ! と何かが弾ける音が鳴ったことで、そこに集まっていた貴族たちはパニックになった。しかも、何度も、何度も四方から破裂音が響くので、みんなが頭を抱えて、逃げ走っている。

 その隙に、全裸のカイムも屋根から飛び降りて、すたこらと逃げた。


「へぇ~……。こんなもので、あんな大きな音が鳴るんですね」

 紙で折った三角形のそれは、上下に思いきりふると、パンッと大きな音がするものだった。それをグラシャ、ルミナ、ユノの三人がもって、貴族が集まっている周辺で音を鳴らして回った。それがパニックを生んだのだ。

「今どき、紙も少ないし、こんな折り紙で遊ぶ奴もいないから、破裂音がすることを知らない奴も多いんだよな」

 カイムはそう言いながら、こそこそと服を着ている。脱ぐときは気前よくとも、着るときは気恥ずかしい……。そんな芸人みたいな感覚かもしれない。

「しかし全裸になる必要あったんですか?」

 ユノが、かなり否定的なニュアンスと、嫌悪感をにじます表情でそう尋ねる。

「言っただろ。マルバスのスキル封じと、世間の耳目を集めるためには、全裸になるのが一番だって」

 スキルの探求者を名乗るだけあって、カイムは相手のスキルをよく熟知し、対策を講じた……ということか。それとも個人的趣味を優先したか……。いずれにしろ、全裸で走り回ったことで、効果的に人を集めたこともまちがいなく、目論見は大いに当たったと言えた。

「あれでよかったのですか?」これはグラシャが尋ねる。

「ロノウェやマルバスに、ミドラーシュの協力者ではないか、との疑念が生じた。それは先の裁判の結果にも関わることだからな。スキルすら見抜かれているほどの近い仲、ともなれば猶更だ」

「そんなにスキルって大事なものなんですか?」これはルミナの問い。

「言っただろう。スキルを知られるな、と。対策のできるスキルなんて、もう意味もないんだよ。意味がない……は言い過ぎだけれど、貴族が貴族たる所以は、スキルを継承できる点だ。その家系でスキルを継承してつかえる。だがそのスキルが使いものにならない、となったらどうだ? オマエたちのようなヘーレムもそうだが、スキルは秘密兵器なんだ。その秘密兵器を失ったら、貴族としての立場も危うくする。それぐらいの話さ」

 庶民でも基本スキルはもてるけれど、特殊スキルは異なる。それが力の源泉でもあるのだ。

「でも、さっきの話ってどこまで正しいんですか?」

「ほとんど嘘さ」カイムは事もなげにそう言った。「はっきりしているのは、ロノウェが遺書を偽造したこと。マルバスは身分より高い家柄の者が下についていることで、自らの立場が脅かされることを嫌ったんだろう。マルバスとロノウェも、その点で利害が一致した。そしてそれは、貴族社会の中で権威主義的な、上にいる奴らの目的とも合致した。ただそれを証明するのは難しく、今回はオレが奴らと親しい、と嘘をばらまいて、それで終いだ」

「そのお陰で、レライエさんにも恨まれますよ、きっと」

「別に、好かれようと思ってやったわけじゃない。オレと手を切れて、せいせいしているんじゃないか」

 グラシャが小さくため息をつく。わざと嫌われようとする、というのが、こういうところに現れているのかもしれない。

「でも、どうしてここは階層をまたぐのが簡単なんですか? おかげで、こうやって動けていますけど……」

 ルミナも不思議そうに、そう尋ねた。カイムたちが自由に動き回っていても、一向に取り締まられる気配がない。今は地上の、野菜や果物を育てるプラントにいるけれど、そこから自由に王都へ入っていけるのだ。それは外部への守りが手薄、ということも示していた。

「まず、ここは外部から侵入してくる、という頭がない。高放射線量の地上を歩いて入りこむ者などいない、と考えているのさ。二つめは、アンドロイドがここを監視している、と思い込んでいる。歩兵部隊のアンドロイドは、360度監視するカメラを搭載し、地上も彼らが監視している。監視するよう、命令されているから、そうしていると考えている。

 逆に言えば、オレたちがこうして動きまわっていられるのは、アンドロイドがオレたちを見つけていないから、ともいえる」

「そのうち、歩兵連隊にも指令がいって、周辺の警戒、警備体制をととのええくるでしょうね」これはグラシャが応じた。

「でも、不思議じゃないですか? ここは収穫もするんですよね? アンドロイドが収穫するのでは? でも、私たちがここに来てからしばらく経ちますけれど、ここで一度もアンドロイドをみたことありませんよね?」

 水も、肥料も管理されているここでは、日々の管理は不要だ。収穫だけは人手……アンドロイド手が必要なはずで、ここに来てもう四日になるけれど、その間に一度もアンドロイドがここに来たことはなかった。

 ルミナの問に、服をきたカイムも首を傾げつつ「人間に生鮮食品を提供するには、四日は空きすぎだ」

「ここに作業員はこないんですか?」

「放射線を気にしているんだよ。地下にいる奴らは、地上には上がってこない。あの非常階段もそうだ。地上とつながっているから、基本は近づかない。そういうところはアンドロイド任せだよ。だが、そのアンドロイドも来ない、というのはあり得ない話だ」

「どういうこと……ですか?」

「もしかすると、オレたちは泳がされているだけ……かもしれない」

「誰に……?」

 不安そうにするユノに、カイムも肩をすくめた。

「さぁね。でも、そう考えた方がスッキリするだろ? これは……服なんて着ている場合じゃなかったな」

「服は着て下さい! というか、服を着ずに何かをしようとしないで下さい!」

 ユノは、ツッコミを覚えた。


 四人は第一階層へと下りてきた。ここは王都でもアンドロイドの製造と、貯蔵をするための場所であり、これまでは用がないとして、立ち入ろうとすらしていなかった場所だ。

「王都にいる王は、巨大な電子サーバだった。だが、何のためにそれを動かしているのか? 誰がそれに入力を与え、出力をうけとっているのか? それが分からなかった。貴族ではないらしい。そうなると、考えられる可能性は一つしかない」

「それが、ここ……?」

「第一、第二階層はアンドロイドたちに与えられた、いわば聖域だ。歩兵連隊も、王都にいる間は、この階層に居留する。そうして必要があれば呼びだされ、任務に従事するだけの存在……。そう思われていたが、事実は違うのかもしれない」

「でも、グラシャさんも知らないんですよね?」

 同じアンドロイドのグラシャは、小さく首を横にふる。

「私たちは、ここでつくられる汎用機とはちがいますから。旧世界で残された、旧式の技術と素材をつかって、私たちラブドールはつくられます。だから大量生産ができないんです」

 グラシャはどこで造られたのだろう……とルミナもユノも気になったけれど、今は本質ではないので、その質問はできなかった。

 何より、地下一階へと入る金属製のドアにはカギがかけられていて、話をしている場合でもなかった。

 これまでこの上下をつなぐ階段と、それぞれの階層を隔てるドアが施錠されていることなんてなかった。

「ここは地下六階までを商業施設として利用していた。地下六階に地下鉄が止まることでも分かる通り、駅ビルとして建造されたのさ。そして、そのお陰で地下六階までの配置図も、そこかしこに掲示されていた。つまりどうやって下りるか、出入り口も示されていた」

 カイムはそういって、地上へともどる。そこは、今では植物プラントとして工場になっているけれど、そこから地下へとつながるエスカレータもあるそうだ。

「ただし、放射性物質の流入に怯えた人々が、地上と通じるところに封をしてしまっているから、ほとんどその通路は残っていない」

 丹念に調べていくも、徹底的に封をされたようで、コンクリートで固めた場所すらあった。

「でも、アンドロイドは行き来しているんですよね?」

「それこそ、あの非常階段をつかっているんだろ。自分たちだけは入り口に鍵をかけるほど厳重な管理をし、人のいる階層はアンドロイドの行き来に邪魔だから、カギをかけさせない、というところか……」

 カイムも首を傾げる。そうだとすると、アンドロイドは明確な意思をもって、それをしていることになるが……。

「とにかく、地下に下りる道は後一つだ……」

 カイムが向かったのは、エレベーターだった。近くにあったバールを使って、その金属製のドアをこじ開けた。中は真っ暗で、上から下まで延々と闇がつづく。

「こ、ここを下りるんですか?」

 ルミナもユノも渋っていると、カイムが「降りるのはオレだけだ。その方が、何かあっても対処できる」

「あの……カイムさんのスキルって?」

「他人のスキルを詮索するな。相手のスキルを知るってことは、マウントをとるってことだ。戦うのか、従わせるのか、そういう気がないなら、知るべきことじゃない。また知ったところで、知っていないようにふるまってあげるのが、自分が生き残る道でもある」

「でも、危ない目にも……」

「変態だから、ちょっとした危険にも喜びを感じてしまうんですよね」

 グラシャのチャチャに、カイムは自分の体にロープを結びながら「違うからね。何で少しMっぽい感じにしているんだよ。誰も好き好んで、危険なことをするわけじゃないから。ロープを結んでいるのも、性的興味でこんなことをしているわけじゃないからね!」

 カイムはエレベーターホールの空間を、背中にバールを担いで、ゆっくりと下りていく。

「何かあったら、すぐ呼んで下さい。私も駆けつけますから」

 グラシャが心配そうに声をかけると、カイムは軽く手を挙げて応じた。一フロア分下りると、そこにあるドアを、バールをつかってこじ開ける。錆びついているので、中々に大変でもあるけれど、体一人分のすき間が開く。そこに滑りこませ、何とか這いだすことに成功した。

「こ、これは……」カイムも呆然と、それ以上の言葉を失っていた。

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