第11話 変態と呼ばれて喜ぶか、喜ばないかは本人次第

   変態とよばれて喜ぶか、喜ばないかは本人次第


 上級貴族が居を構える第八階層に、顔をほとんど覆うほどのツバ広のハットをかぶった、一人の貴婦人が歩いていた。

 彼女はまっすぐにある屋敷に向かう。第七階層もそうだけれど、上級貴族の居留するここは天井が高く、二階建てなら余裕で建造できる。しかも聖十二貴族の家々は、一つ一つが大きな庭も備えており、敷居がないため道を歩いているだけなのに、まるで緑の多い公園を歩いているような、そんな開放的な気分になれる。LEDのライドにより、芝生や木々もたくさん生えるなど、地下ということを思わせなかいほど、快適な空間が広がっていた。

 貴婦人はある屋敷までくると、躊躇うことなくベルを押した。出てくるのはアンドロイドのメイドであり、彼女たちは定型の、与えられた仕事をこなす。貴婦人は軽く手を挙げただけで、特に用件を告げることもなく、づかづかと屋敷へと入っていく。戸惑うアンドロイドのメイドを尻目に、貴婦人はまっすぐにすすむと、やがて一つの部屋のドアを開けた。

「おぉ、グラシャではないか。息災か?」

 部屋の主は車椅子に乗っており、背後には秘書らしき、アンドロイドの女性が立っている。

「ハゲンティ閣下、オリアス、お久しぶりです。交換してもらった肩のパーツも具合がいいです。やはり戦闘をこなすには、出力の高い方がありがたいので」

 グラシャはそういって、肩を回してみせる。

「グラシャは相変わらず、戦っているの?」

 これはオリアスが尋ねてきた。彼女は車椅子に乗っているハゲンティの身の回りの世話をするアンドロイドだが、カイムと会ったときは一言もしゃべらなかった。それは主人であるハゲンティから「他の男と会話はするな」と厳命されているからで、同じアンドロイドのグラシャに対しては、そうした禁則事項が適用されないことが影響する。

「カイム様は相変わらずだから……。でも、そんなところがいいんだけど❤」

 のろけ……。グラシャがそういってはにかむのを、ハゲンティと呼ばれた頭髪の薄くなった、車椅子の男が冷静にみつめる。

「カイムの奴は、何か考えがあってのことだろう? だから、グラシャを送りこんできた……」

「その通りです。ハゲンティ閣下。第八階層から、第九階層に下りられないよう、壁をつくった、その経緯を知りたいそうです」

「知ってどうする?」

「カイム様は、ミドラーシュとして知りたいのだ、と……」

「同じSpL9801VMの愛好家として、協力するには吝かでない。だが、そこは世界の本質に影響する。王のことを知れば、もう後もどりできんぞ」

「カイム様は、だいぶその本質に近づいていると思います。ただ、それを知った後でどうするか? どうすべきか? までは考えていないようです」

「出たとこ勝負は危険よ、グラシャ」

「それは分かっているけれど、カイム様にとって、それを知る前に何かを決めてしまうことは、それを見るときすでに色をつけてみることになる、と……。つまり滅ぼした方がいい、という結論をもってそれをみれば、そういう結論になるよう理屈を捻じ曲げてしまう、といってしました。だから決断はそのときにすればいい。事情を知った上ですればいい、と……」

「まったく……。それだけの考える頭があれば、長いものに巻かれた方が、よほど安寧に生きられるし、具合がいいと気づけそうなものだが……」

「ヤンチャですから。カイム様は」

「ヤンチャの一言で命をかけられたら、見守る側としては大変なんだが……」

「カイム様は、この世界を滅ぼそう……とはしないはずですよ。ただ、もう少しよりよく変えたいと、変えるために動いているんだと、私はそう信じています」

 ハゲンティは深くため息をつく。といっても、首から下の力はそれほど入らないので、それに気づく人は少ないかもしれない。いつも彼の後ろにいて、お世話をするアンドロイドのオリアスだけが、それに気づく。

「まったく……。グラシャにこんな想われているなんて、羨ましい限りだよ。だが、残念ながら私も第九階層をとざした理由は知らん。獰猛な戦争の前、ということではあるらしいが……」

「戦争の前?」

「この施設は、戦争の前につくられた。あの施設は、地下深くにあったため、獰猛な戦争の惨禍を免れ、また高放射線量という状況下にも耐えられた。だから旧世界の技術が多くつかわれていても、動き続けられている、という話は聞く」

 ハゲンティも第九階層について、詳細は知らないようだ。ただ、閉ざされた世界に何かあるので、何らかの機械であることは理解しているらしい。

「第九階層のことは、誰も知らないんですか?」

「私は知らん。貴族の中でも、あの中のことを知っている者はおらんのでは? 何しろ貴族制度ができたのは、獰猛な戦争の後。その前に閉ざされた、第九階層については知りようもない」

 この世界で人の寿命は短く、五十歳も生きれば長生きの方で、そうなると獰猛な戦争についても、体験している人は少ない。それ以前のこととなると、口承で伝わっている以外のことを知る人はいない。

 ハゲンティも下半身が不自由となり、老けてみえるけれど、まだ四十代で、戦争後の世代である。

「突然訪ねてきたのは、レライエの件かと思ったが……」

「レライエさん? どうされたのですか?」

「ハツォルの街での一件で、有罪判決をうけて、今は屋敷に蟄居中だよ。軍の処分についてなら、私の一存である程度はお目こぼしもできるが、裁判の結果ではどうしようもない。しかも、シメオン家の執事となっていた、副隊長のロノウェが、シメオン家の養子として父親にみとめられていたと主張し、それも裁判でみとめられた。つまり彼女は、軍の立場と、シメオン家での立場、両方を一気に失ってしまったことになるのだよ。それを咎めに来たのだと思ったが……」


「そんなことになっているのか?」

 カイムも、グラシャの報告に驚くが、すぐにニヤッと笑って「あの男らしい」と、恐らくロノウェのことを思い浮かべたようで、悪い顔をした。

「いいんですか? レライエさんが困ったことになっていますけど……」

「何でオレが……。ま、恩を売っておくのもアリか……」

「恩……またそんなことを言って……。どうせ助ける気満々なんですよね? むしろ助けたくて助けたくて、仕方ないくせに」

「そんな性癖、ないからね! 他人を助けたくて仕方ないって、そんな他者愛の強い奴が、こんなところに隠れ住んでいないから。この世界を牛耳っている貴族社会に、ぎゃふんと言わせたいだけさ。そうすれば、この世界が抱えている歪に気づく奴も増えるだろう」

 それにはルミナが鋭く反応する。

「女性はモノで、売り買いされるのも、歪みって奴ですか?」

「おいおい、オレに怒るなよ。貴族社会がひずんでいるから、一般市民の階層でも歪みに気づけない。話を聞く限り、明らかに女性は家に居て、子育てしていればいいんだ……という貴族社会の意識が影響した判決だろう。未だにそういった権威主義から脱却できていないんだ」

「騎士に女性はいないんですか?」

 ユノの問いに、グラシャが応じた。「いますよ。少ないですけど……」

「この世界で、騎士は戦わない。歩兵部隊の兵士はアンドロイドで、騎兵部隊も騎馬にまたがっているのは下級貴族だ。つまり騎士そのものは女性であっても、全然構わない。いわゆる統率ができればいい。ただし、それが女性にはない、もしくは女性にはふさわしくない、と考えている輩も多い。だから女性蔑視の風潮もあって、騎士に女性はつこうとしないのさ。レライエは一人娘だから、家を継ぐとなったら彼女しかいない。だから仕方なく、本人はなりたくもなかった騎士になって、家名を守るために頑張っている。

 だが、それを気に食わない奴も多い。ロノウェは、聖十二貴族の中ではかなり下と位置付けられた家系で、出世の道も断たれていた。そこであの家あ、跡継ぎでない次男、三男を方々の、上の地位の家に手伝いを名目として送りだし、そこの家に取り入ろうとしてきた。要するに、その家の娘をたぶらかして、後々はその家を継げ……ということだ。ただレライエは生粋のお嬢様で、自分は他家に嫁ぐもの、と固く信じていたために身もちも固く、上手くいかなかった。

 そこで、今回の件を利用して、家ごと乗っ取ろうといているのだろう。否……今回の件を仕組んだ張本人かもしれない」

「助けましょう。そのレライエさんを!」

 急にやる気をみせたのは、ルミナだ。女性が虐げられるのを赦せないのかもしれない。もし現代にのこっていたら、もしかしたらフェミニズムを訴える活動でもしていたのかもしれない。もっとも、この世界がそうやって酷い状況にあるからこそ、特に意識している、というのが本当か……。

「助けるって言っても、家から連れだして終わり、なんて話じゃない。あいつもそんなことは望んでいないだろう。貴族として、騎士として、その立場を回復してやることが必要なんだぞ」

「…………」沈黙してしまったルミナに代わって、グラシャが声をかける。

「カイム様は、もうその方法を考え付いているのでしょう?」

「ない……ことはない。貴族社会をびっくりさせるような、突拍子もないことをすればいい」

「そうなると、また街を追いだされますね……」

「苦労をかけるな、グラシャ」

「私を助けてくれたときと同じですから。それを苦労なんて言ったら、自分の存在を否定するようなものです。私は、そんなカイム様だから、一緒にいるって決めたのですから」

 カイムとグラシャには、どうやら何らかの共通の出来事があったようで、ルミナとユノも、そんな二人の顔を見比べるばかりだった。


「何で、グラシャさんは彼と一緒にいるんですか? その出会いって……?」

 ユノはそう尋ねてみる。ルミナとグラシャの三人は、こっそりと第八階層に入りこむと、どこかの屋敷の庭にある茂みの中に、身を潜めていた。

「簡単にいえば、命の恩人なんです」

 グラシャはそういって、少し遠い目をした。アンドロイドの記憶媒体はかなり早くデータを引きだせるはずなのに、あえてゆっくりと語りだす。

「アンドロイドの製造は、導電ゴムにケーブルを接続し、それを多層化されたニューロンフィルムにつなぎ、入力をくり返しながら、正しい出力ができるように反復学習を行います。

 例えば味覚の入力だと、これは甘い、辛い、と正しい回答を導くようになるまで、少しずつ、少しずつ何度も繰り返します。ちなみに、人間だと辛いは痛みをそう表現するだけですが、私たちは痛みを触覚へと分類してしまうので、シンプルに辛味として味覚に分類されます。

 そうした反復学習をさせる中で、時おり不良品が生まれます。それが私です」

「不良品? グラシャさんが?」

「ダスイッヒ……つまり自我をもってしまうと、人工知能として致命的な、多くの判断を自ら下すようになります。私のようにラブドールとして開発された機体が、私の判断で相手を拒絶するようになれば、それはもう不良品でしょ? そうした学習の結果、望ましくない形での結論を導くようになった擬似頭脳、中枢コントロールシステムは、廃棄される運命にあるのです」

「自我って……。それって〝人〟ってことじゃないんですか?」

「AIに、人格はみとめられませんから……。あくまで学習の結果として、不都合な判断を下す不良品、なのですよ。

 ニューロンフィルムは絶縁体ですが、多孔状態にあり、電圧を流すとそのホールを抜けることで電気が流れます。それが人間のニューロンと同様、特定の経路をたどって流れるようになると、ある経路を流れたから『甘い』や、こちらの経路を流れたから『辛い』と判断できるようになります。そうした感覚器官用のニューロンフィルムから入力された、複層化された統合ニューロンフィルムで全体の行動を決めることになります。

 人間と異なるのは、ご主人様から命じられたことに対して、最適解としてどう行動するか、を判断すれば、そのシステムは十分なのです。

 しかしダスイッヒを生じてしまうような流れやすい経路ができてしまうと、それを修復することができない。

 ただ自我と称されるように、ただ処分、廃棄して粗編めてニューロンフィルムを作り直し、再利用するのは心苦しかったのでしょう。擬似頭脳をとりだし、電源とも切り離され、完全放電されるまで、工場で放置されます。そうやって私は廃棄されるところでした」

「それって、自然死……ですか?」

「機械的な……という意味ではそうでしょう。ただ、私の感覚でいえば飢餓、餓死に近いです。倉庫の中で、何もみえず、何も感じず、何もできず……、そのまま消えていくのを待つばかりでした。唯一のこった感覚、聴覚だけで、私は世界とコンタクトしていた。薄れいく意識の中で、小さな周りの音だけを聞いていた。それを助けてくれたのが、カイム様なのです」

「どうしてあの男が?」

「アンドロイドのことを知りたくて、製造工場に潜りこんでいたそうです。廃棄の話を知って、そこから私をつれだし、顔と体を与えてくれました。

 ただそれは、私をラブドールとして、体目当てなのだと思っていました。私も、恩義があるので従わざるを得ない……。半ばあきらめの気持ちもあって、そう思っていたのです。しかし彼は、動けるようになった私に『あとは、自由に生きろ』と言ってくれました」

「だから惚れた、と?」

「まぁ、それだけではありませんが……。自我をもった私は、もうアンドロイドではなく、人として生きるべきだ、と……。だから私は、自分の意志で彼についていこうと決めたのです」

 それだけではない……という点が殊の外大きいのかもしれない。ルミナもユノもそう感じた。彼女にとって、命の恩人という以上に、生き方に大きな感銘をうけているから、恐らく根無し草のような流浪の生活をしていても、ついていこうとしているのだろうから……。

「それに、カイム様ってかわいいじゃないですか? すぐに悪ぶって、嫌われるようなことをするくせに、放っておけなくて、誰かのことを助けようとするし。もう素直じゃないところが堪らないですよね」

 そこは、ルミナもユノも理解できなかった。

 そのとき、第八階層に悲鳴、阿鼻叫喚が響きわたる。全裸で、股間には葉っぱ一枚を貼りつけただけのカイムが、街の中を走り回っていたからだった。


「いやっほーい! ミドラーシュが帰ってきたぞぉ~」

 上級貴族が暮らす、この第八階層には警察もない。機動部隊の本部はあるけれど、そこにいる騎士たちは、戦ったこともない連中ばかりだ。鎧をまとってでてきてはみたものの、身軽な恰好で走り回るカイムに翻弄されるばかりで、第八階層に残っているほとんどの動ける者が、彼一人を捕まえるために集まってきた。

 全裸のカイムはそれをみてとると、機動部隊の本部の建物までやってきて、その一階にかかった庇の上に駆け上がった。

 追いつめた、と思った上級貴族たちが、続々と集まってきて、どうやって捕まえようかと、ああでもない、こうでもないと思案をはじめる。

 しかし、まさにそれこそカイムが望んだ状況だ。全裸で、人々が口々に彼を見て、指さして「変態だ」「変態よ」と言い合う様は望んでいないけれど、こうして貴族どもが集まってきて、注目されるのは彼の望むところだった。

「貴族のみなさ~ん! これからこのオレ、ミドラーシュが、愉しいことをはっじめぇるよぉ~」

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