第10話 覚悟を決めた少女と、覚悟せざるを得ない女性と

   覚悟を決めた少女と、覚悟せざるを得ない女性と


「何だ、出戻ってきたのか?」

 カイムは冷たくそう言い放つ。ユノはまだ意識を失っており、グラシャに背負われているし、ルミナも憔悴しきっている。そんな二人に、冷たい言葉をかけてくるなんて……。ルミナもキッと睨みつける。

「カイムさんは知っていたんじゃないんですか? 一般市民のいる第五階層では、女の子は売られる運命だって」

「知っているさ。当然だろ。大体、自由恋愛なんて言って、好きな相手と結婚するのが当たり前、とか考えているのかもしれないが、そんなの戦後のごくわずかな間だけのことだ。ほとんどの時代、自由意志なんてなかった。ここは、再びそういう時代にもどっただけさ」

 今は地上の、果樹などが周りに生えているところで、野宿をしている。ビルの中なので、天井からはLEDの明かりに照らされ、夜には暗くなるなど、外と同じような環境が準備されている。唯一異なるのが外は氷期であり、限りなく寒いけれど、ここは温帯のような気候が保たれていることだ。

「お見合いができればまだマシで、会ったこともない相手と、家同士の取り決めで結婚……なんて日常茶飯事さ。ここも家を重視するから、女性は多く囲っておく。囲う財力のある者が、より子孫を残す」

 ルミナもぐっと唇を噛む。確かに、そんな時代が長くつづいてきたことは、歴史として知っている。温故知新なら、少なくとも新しくなった方に、もう少し工夫もしておいて欲しいものだ。

「でも、ここは名字を名乗らないって。家を重視するのに、どうして名字をつかわないんですか?」

「軽々しく明かすものではないからだよ。逆にいえば、家柄が低いと足元をみられ、不利益があるっていうのもある」

「貴族なら分かりますけど、一般市民ですよ」

「同じだよ。上級貴族は家柄によって格が決まってしまう。下級貴族なら、家というより子孫を多く残し、ふたたび貴族になれる者を輩出しようとする。そのため、お金を稼いで女性を多く囲おうとする。一般市民は、家により就ける職も変わるように、世襲が基本のこの世界では、やっぱり家が重視されるんだよ。家が関係ないのは作業員のいる第四階層だが、そこでは女の子が毎日、何人もの男と相手する。それぐらい女性が少なく、また女性はそうやって稼ぐのが一般的さ。誰か分からない相手の子供を身ごもったら、その間だけは性の奉仕をするお仕事もお休みして、子供が生まれても自分で育でることもなく、施設に預けて終わり。子供たちは集団で育てられ、男は作業員となり、女は性奴隷として生きる。あそこはそういうところだ」

「女性が……自分らしく生きられる場所はない、と……?」

「だから、一般市民のあそこなら、とりあえず安住はできるだろ? 好きな相手とは結婚できない、ということはあっても、一番幸せに暮らせるところだよ。お金で買われたからといって、不幸になるかどうかは運次第。むしろ、それで幸せに暮らせる者の方が多いんだから」

「それって……、納得できません!」

「オマエが何を幸せに感じるか? なんて知ったことじゃない。自由恋愛で、大好きな相手と一緒になって……。そんな世界をお望みなら、改めて言っておく。諦めろ。ここはそんな世界じゃない」

 ルミナも泣きたい気分だったけれど、こうして強く否定されると、怒りの方が強く湧いた。ただ、逃げてきた身分であり、カイムをひっぱたくこともできないのがもどかしかった。


「また、あんな冷たい言い方をして……」

 ルミナも疲れているのか、眠ってしまった。時間は夜、パーティーがあったその日の夜であり、カイムとグラシャの二人が起きているのは、彼らにとって夜が動きやすいためでもあった。

「夢見ていたって、裏切られるだけだろ。そういう現実を踏まえて、自分がどう生きるかを考えるしかない」

「カイム様も、だからミドラーシュをしているんですものね」

「ミドラーシュ……捜し求める者……。世界のことをよく知ろうとする者……。だから既得権益者からは嫌われ、追いかけ回される。損な役回りだよ。こう生きたかったからしているんじゃない。これが一番、自分の性に合っているだけだ」

 既得権益者、というのはこの世界で今の形を是とする者たちだ。世界が変わってもらっては困るのであり、変化を与える者を排除しようとする。彼らにとって、自分たちの権利を崩されるのが嫌なのだ。それは形がある程度決まってきた社会では概ね起こることであり、政治家の世襲、官僚の子は官僚、などといった形で顕在化する。そういうことが存在するのなら、もうそれは既得権益の固着化が起こった、腐敗社会と思って間違いない。

 この世界でも貴族がいて、一般市民がいて、こうした階層があって、自分たちの権利をにぎって手放さないよう、世界のあり様を変えようとする試みを徹底的につぶしにかかるものだ。

「能力があるからよい地位につけるわけでも、人間的にできたヤツだから、出世するわけでもない。この世界は、折り合いをつけて上手くやった者だけが、安寧を得る。こいつらがそうできるかどうかは、こいつら次第だよ」

「転生者(ヘーレム)にそんなことができるわけないじゃないですか。自由、権利、一度でもそれを手にしたら、手放すのが惜しくなる。いいえ、そういう世界の息吹を浴びて、もう後戻りなんてできませんよ」

「分かっているよ。そんな物分かりのいい奴なら、未練たらたらでこの世界に転生してきたりしない」

 そのとき、気絶していたユノが目を覚ます。彼女は状況に戸惑いながらも、カイムとグラシャの二人がいるところに、近づいてきた。

「私たち……逃げられたんですか?」

「それはまだ分からん。ここは王都だ。お尋ね者となったからには、逃げ続けるしかない。逃げ果せるかどうかは、これからだよ」

「…………。いくつか教えてもらえませんか?」

 ユノは真剣な表情で、そう尋ねてくる。

「私たちの胸を最初にさわってきたのは、もしかしてアンドロイドかどうかを確認するためですか?」

「アンドロイドと、人との大きな差は、目だ。眼球を覗きこめば、レンズかどうかは一目瞭然。ただし目を閉じられたり、顔をまじまじとみられない相手だったり、暗闇だったりすると、次の確認手段は皮膚の柔らかさをみるしかない。脂肪と、その下に乳腺がある乳房が、もっとも触感としての違いを感じやすい」

「じゃあ、スカートを覗いたのも?」

「こんな世界で、パンツ一丁で外を歩いているのはヘーレムぐらいだよ。最終確認ってやつだ」

 ユノは「……はぁ」と軽くため息をつく。

「ただのエッチな人じゃなかった、ということですね」

「俺はただのエッチな奴だ」

「童貞ですけどね」

 グラシャの横槍に、今度はカイムがため息をつくものの、反論はしなかった。

「教えて下さい。カイムさんは、何を求めているんですか? こうして旅をして、その先に何かあるんですか? 安寧を求めず、街にも入らず、危険な外を歩き回って何をしているんですか?」

「オレはミドラーシュだ。この世界の真実を知りたい。獰猛な戦争(アトロシャス・ウォーズ)という、名前だけは知られているが、この世界を壊すことになった戦争が起きた理由、その結末も知りたい。何で他の技術は衰退しているのに、アンドロイドだけがその数を増やしているのか、貴族なんて存在が誕生した理由、人間を選別して、臓器をとるためだけに育てている理由、様々なことがナゾだ。それをナゾのまま、放っておいて、ただ安穏と生きて、何になる? ある日突然、自分たちの信じていた世界が終わってしまうことだってあるだろう。ナゼ世界はこうなっているのか? それを知りたい欲求を優先している。それだけだ」

「だから街から出て、危険を承知で外にも行く、と?」

「そういうこと。それに、外にいると偶に転生者も拾うし……な」

 隻眼のカイムは、怪しくニヤリと笑う。覚悟がないとできないことだろうし、彼にはそれがあるのだろう。そして、ユノたちにも今、それを迫られていた。

「……分かりました。私たちも連れて行って下さい」

「何でそうなる?」

「私たちだって、この世界のあり様はおかしいと感じている。私たちが死んでから百年も経っていないのに、何でこの世界はこんなに変わっちゃったのって……。私たちも真実を知りたいんです!」

 決意を篭めた視線でにらまれ、カイムも沈黙する。そんな重苦しい空気を破ったのは、グラシャだった。

「いいじゃありませんか。どうせ、彼女たちが受け入れる場所をさがしていた。移籍先が決まるまで、一緒に行くのもアリですよね」

 カイムも頭を掻く。「関わっちまったもんは仕方ない。落ち着き先が決まるまでは面倒見るってだけなんだが……。これからは、お客さん扱いはなしだ。生き残る術って奴を憶えながら、ついてくるなら構わない」


 上流貴族がいる第七、八階層には、裁判所があった。ただ裁判とは名ばかりで、争い、諍いが起きたときに調停する場であり、裁定が下ったところで強制力があるわけではない。特に、貴族の大半は機動部隊へ所属し、騎士となる。裁定よりも。軍事法廷として下される処分の方が重視され、こちらは形式的な、公開された場での討論会という形でもあった。

 今は、第九機動部隊における歩兵連隊隊長のマルバスと、機動部隊隊長のレライエとの間でおきたトラブルを調停するため、裁判が開かれていた

「シメオン家のレライエは、自らの待遇に不満をもち、ハツォルに要人を呼び寄せようと画策し、わざと悪い風聞を流しました。そこで、ハゲンティ閣下が視察することとなり、歩兵連隊を率いてマルバスの隊が護衛と、街の治安を確認するために向かったのです」

 マルバスの代理弁護人が、朗々と意見書を読み上げる。一通り聞いてから、レライエの側が反論の意見書を読み上げ、それを受けてマルバスの側も……。そうやって互いの一致、落としどころをさぐり、齟齬がでないようにすり合わせていき、それで裁判は終結する。すり合わせができなくとも、裁判は十日ぐらいで終わる。加害者と被害者、という単純な問題ではなく、違いがある、ということが周知されれば、それで裁判としては役割を果たすからだ。

 もう五日目、裁判自体は終盤にさしかかり、双方が意見をまとめにかかるものだけれど、中々そういう機運が生まれない。それは、マルバスの側が対立でも構わないと考えているからで、裁判よりも軍としての処分を求めていることを意味していた。

 そんな中、マルバスの側から新たな問題提起があった。

「ハツォルの街に、ミドラーシュがいた可能性があり、彼女はそれを知って、中央に報告しなかった恐れがあります」

 代理弁護人の発言に、聴衆がざわつく。ミドラーシュ……それは、上級貴族たちにとって忌まわしき名であり、世界の破壊者として認識されていた。その大罪人がいたのに対処しなかった、放置していた、それはちがった意味の問題提起として、聴衆にも受け止められた。

 レライエもすぐに反論文をそこで書いて、代理弁護人にわたす。

「ミドラーシュがいたかどうか? あくまで可能性の話であるし、知り様もない話である。まして、知っていたのに中央に報告しなかった、というのは作り話の上に、さらに重ねられた二重の架空の話である」

 その反論は虚しいばかりだ。恐らく、どれだけ正論を語っても、民衆の間に投げかけられた疑念は、そう簡単にぬぐいされるはずもなかった。中盤を過ぎて、新たな材料をだしてきたことからも、確信犯的であり、彼女を貶める意図がありありと感じられる。

 この裁判が長引いている原因は、マルバスが倒れたときの状況について、レライエの側とかみ合わないからだ。逆にいえば、レライエの評判をおとせば、彼の方が証言の信ぴょう性が増す。そういう戦略に切り替えてきた……というのが今日のことでもあるのだろう。

 レライエがカイムのことを口にださない理由は簡単だ。都合いい、つかえる相手と判断して、実際にそうしてきた。あの男がミドラーシュかもしれない……なんて考えもしなかったけれど、スキルについてよく知り、自分の知らない使い方、スキルでできることなど、色々と教えてもらうことがあった。そういう諸々のことも含め、ミドラーシュと気づけなかったのか? そう問われると、レライエも反論が難しくなってくるからだ。


 レライエの父も、騎士だった。勇猛果敢、優秀な人だったそうで、方々に遠征することも多く、家にはあまりもどって来なかった。ただ、彼女しか子供がいなかったことを気にして、家には妻が多くいた。ここでは一夫多妻もみとめられており、子を生すために、少しでも多くの女性と……というのが、貴族の常識である。それは一般的なことであり、彼女には母が多くいた。

 母親と言っても、ほとんどアンドロイドのメイドが世話をしてくれたため、本当の母親が誰かも知らない。また知る必要もなかった。貴族の世界で、女性は他家とのつながりのため、姻戚関係をむすぶために利用される立場であり、自分もそのように教育された。男の子供が生まれたら、後を継ぐのはその男児なのだ……と信じて疑っていなかった。

 そんな事情が一変したのは、父親の急逝だった。任務中に倒れたらしく、亡骸と対面することさえ叶わなかったけれど、突然の訃報に愕然とした。

 そして、父から生まれたたった一人の子供として、女性であるレライエが後を継ぐことになった。騎士として、機動部隊に従軍することとなったのだ。

 以前から、貴族は子供が生まれにくい。また生まれてもそれが女の子であるケースが多い、とされていた。父親の精子は冷凍保存されており、今でも男子を生む努力は続けられており、Y遺伝子による人工授精が成功し、立派な男子に育ってくれれば彼女はお役御免となる。あくまでつなぎ、シメオン家のもつ地位、名誉を守るためだけに、騎士になっただけだった。

 ロノウェがシメオン家に来たのはかなり前のことだ。ベニヤミン家の出身で、父の部下だったことは聞いているけれど、それ以外はナゾである。昔から顔をマスクで覆い、執事のようなことをしていたのだけれど、レライエは積極的にかかわろうとはしなかった。敵意みたいなものは、子供ながらに薄々と感じていたためだ。

 騎士を継ぐことが決まると、彼を副隊長にする、という条件付きで騎兵部隊の隊長の職を得た。シメオン家の威光もあり、経験もない彼女でも、それなりの地位を与えないと……ということだろう。

 そしてハツォルの街に、赴任を命じられた。分からないのは、治安の乱れという風聞が流された点だ。騎兵はアンドロイドでは務まらない。複雑な制御を必要とする騎乗などは、アンドロイドが苦手な分野であり、いざとなれば騎馬をとばして王都に情報を伝達するため、地方都市には騎兵部隊が赴任することが多い。

 古参の隊員に舐められていたことは否めないが、それでも治安を云々するほど、統率が乱れていたわけではない。やはりロノウェが……。そう疑ってみるも、結局それは自分の監督不足、管理能力不足を語るようなものだ。

 そして、まさに公判の最終盤で、ロノウェが裁判の場に立ったのだ。

「私は、彼女の父親から養子になるよう求められ、シメオン家の家督を継ぐことを約束されていました。しかしお嬢様がその力量を示すなら……と、今日までは副隊長の職をこなしてきたのです。しかしハツォルの街で、私は失望しました。これでは名門であるシメオン家の名を穢すことになる、と……。今ここに、その誓文を提出いたします」

 レライエは驚愕した。初耳だった。ただその誓文は父が書いたもの、事実とみとめられ、レライエは家督をはく奪されると同時に、ハツォルの件ではマルバスの証言が採用される決定が下された。レライエは軍から謹慎を命じられたのだった。

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