第9話 少女は自分たちの運命を知ると、居場所を失う
少女は自分たちの運命を知ると、居場所を失う
ルミナもユノも、パーティーに来ていた。第五階層に暮らすのは一般市民であるけれど、〝一般〟とは、ごくふつうの……というわけではなく、ほぼ奴隷並みの扱いをうける作業員とちがい、権利を約束された市民とを分ける意味でつけられるものだ。つまりルミナやユノの感覚からすれば〝セレブ〟に近い。それは元の世界でも、選挙などと言っても大した権利を行使できない市民と、政治家とも付き合い、政策にも口出しできる経営者階層とでは、やはり差があるものだからだ。
第五階層には大きなホールがあり、コンサートを開いたり、こうしたダンスパーティーの会場になったりする。外に出て、思いっきり体を動かすことができない地下世界でもあるので、ダンスであっても立派な運動だ。こうした集会は定期的に開かれているのだそうだ。
中は広く、絢爛豪華な装いをした老若男女が集まり、ダンスに興じている。食事も豪華で、立食形式であるため、それほど食を重視したパーティーではないはずでも、ルミナやユノが見たこともない料理がならぶ。それは、地上階で育てている野菜や果物ばかりでなく、肉も貴重であるここでは、料理も工夫しないと、人々を満足させることも難しいのだ。
しかも給仕するのは、アンドロイドたちである。美女であり、細やかなサービスにも対応できる。お尻を触られても、嫌な顔一つせずに、そっと手を追いやるようにして笑顔で拒絶するのも、場の雰囲気を崩さないのに必須の機能でもあって……。そうした諸々のこともふくめ、アンドロイドが給仕するのは最適なのだろう。その中にキメリエスの姿をみつけ、ルミナも思わず声をかけた。
「キメリエスさんも、このパーティーに?」
「私はバイトです。家政婦の派遣会社は、こうしたパーティーのスタッフ派遣も請け負っているのですよ」
身分差もあって、作業員階層には任せられないし、何より礼儀作法を弁えていないと対応もできない。こういうときに、アンドロイドが活躍するのだそうだ。彼女たちは身分差なども関係なく、必要最低限の稼ぎさえあれば事足りる。つまりそこそこの金額で、最適なサービスをうけられるのだから、アンドロイドを給仕役として雇いたくなって当然だ。
ルミナとユノは、ずっと二人でいることもあって、話しかけてくる者もいない。ユノはルミナの影に隠れがちだし、ルミナも見ず知らずの人に話しかけられるほどの大胆さはもち合わせていない。顔見知りが集まっていることもあって、余計に輪に入りづらくもあった。
でも、別にここで生活するからといって、すぐに親しくなる必要もない。ゆっくりと親しくなっていけばいいのであって、特に年齢層も高めで、友達というレベルの相手でもないここで、あえて知り合いをつくる必要も感じなかった。パーティーの雰囲気さえ楽しめればいい……そんな気分であった。
しかし縁もたけなわとなったころ、急にライトが落ちて、辺りが暗く、ムーディーな雰囲気となった。チークタイムでもはじまるのかしら……? 二人も辺りを見回していると、急にまぶしい光に包まれる。そう、彼女たちにスポットライトが当たっているのだ。
そのときお世話になっている屋敷の主、マラコーダがマイクを握って、観衆に向けて声をかけているのがみえた。
「みなさん、こちらの女性たちは、海の道からいらっしゃったゲストです。どうですか、みなさん?」
プロレスラーのマイクパフォーマンスかしら……?ナゾの問いかけに、スポットライトが当たってよく見えないが、方々から声が聞こえてきた。
「俺は三十万ゴールドだすぞ!」「私は五十万Gだ!」「二人一緒なら百万ゴールドだそう!」
まるで、自分たちが競りにかけられているような、金額を叫ぶ声がとびかう。二人とも驚いて声もだせない。ちょうど通りかかったキメリエスに「ど、どういうことですか?」と尋ねた。
「この階層では、女性は競売によって、嫁ぎ先が決められるのですよ。少しでもお金をもった家に行くのが、女性にとって幸せになる道だと信じられているので」
その話は驚愕でもあった。市民の権利はみとめられる、といったところで、女性の権利はみとめられないのか……。周りが興奮して自分たちを値踏みする中、二人はただただ、呆然とするばかりだった。
「ど、どうしよう⁈ 私たち、売られちゃう!」
ルミナは慌てるも、ユノは「こんなことだと思った……」
「だって、どう考えてもおかしいでしょ。私たちのことを、商品としか見ていないから、こんないい暮らしをさせてくれているんでしょ。そうじゃなかったら、おかしいもの……」
二人は屋敷にもどっていた。あくまで今日は顔見世で、本番の競売になるともっと大勢の人が参加して、まるでショーのように様々な衣装に着替えさせられ、値踏みされながら、値がつり上がっていくのだそうだ。そのお金はマラコーダの手元に入るわけではなく、税金もないこの世界で、行政を回したり、公共のために使われたりするのだそうだ。それがこの世界、一般市民の常識であり、慣習であり、当たり前のイベントとしてそこにあった。
ユノは冷静に、そして小さくため息をついた。
「きれいなドレス、おいしい食事、安寧を約束された生活……。私たち女の子はお金で買われるから、そういうことができる、ということでしょ」
一般市民の仲間に入る、とはそういうことなの……。ルミナも愕然とするけれど、多分そういうことをユノは気付いていた。だからダンスパーティーにも消極的だったとしたら、浮かれていた自分はバカだ……。
「逃げよう、ここから!」
「逃げてどうするの? 私たち、この世界で行く場所もない。どこにも行く当てなんかない。それこそ、また根無し草にもどる?」
ユノの中に、諦観が流れているのか……。その目は何の感情も映しておらず、自分たちの運命を知った後だけに、もうもどれないとでも考えているようだ。
「も、もう一度、カイムさんたちに会おう」
「会ってどうするの? また彼と一緒にいる?」
「…………。お金でやりとりされるよりいいよ。逃げよう」
ルミナとユノは、一先ずここから逃げることにした。その日の夜は、ダンスパーティーをやっていたこともあって、きっと監視もゆるいはずだ。ここは階層をまたいだ移動もそれほど難しくはない。ただ、それをする住民がほとんどいない……ということが引っかかっていた。
ドレスなどは置いて、自分たちの荷物だけをもって、マラコーダの屋敷をでた。同じような二階建ての建物が並ぶ中を、昨日、キメリエスに連れられてきた道を、逆に辿っていく。しばらくすすんでいくと、急に背後から声をかけられ、驚いてふり返ると、住民らしき男性が立っている。
「君たちは……、見たことない顔だねぇ?」
ちょっと小太りで、眠たそうな顔をしているけれど、パーティーでは見なかった顔だ。夜中、ちょっと外出しているだけなのかもしれないが、今の彼女たちにとっては厄介な相手だ。
ユノが前に出て、相手の前でゆっくりと手を振った。
「あれぇ? 確かに女の子たちがいたはずなんだけど……」
男は目の前にいるユノたちを見失ったようで、きょろきょろしている。
ユノは強烈な頭痛に襲われ、そこに跪いてしまう。ルミナがそんなユノを抱えて、男の前から逃げるように立ち去った。
距離をとってから「大丈夫?」と声をかけると、ユノも「うん……、大丈夫」と答えたけれど、かなりしんどいようだ。とても大丈夫なようには見えない。
ユノに与えられた特殊スキルは、人の目を騙すものだった。今はそれをつかって、二人のことを見えなくしたのだけれど、力をつかった反動として頭痛がしているようなのだ。
「霊性も少ないし、これじゃあ何度もつかえない……」ユノも弱気になったのか、そうつぶやく。しかしここから逃げるためには、ユノのこの特殊スキルを頼みにするしかないのも事実だ。
誰とも会わないよう、祈りながら階層をまたいで移動できる、地下をつなぐ階段のところに来た。非常口のような重く、大きなその扉を開ければ、後は階段をつかって地上へ向かうだけだ。
「行けませんねぇ、逃げるなんて」
その声に驚いてふり返ると、先ほどの小太りの男が立っている。その目は怪しく、二人のことを舌なめずりして眺める。どうやら、ユノの能力ではそう長く、相手の目を欺けないようだ。
「私はマレブランケの一人、チリアット。この世界の秩序を守るため、階層を違えることは赦さない」
マレブランケ……、カイムが以前話してくれたこともあるが、彼らが監視役としてこの世界の秩序を守る。つまり管理者――。人の管理、この世界の管理、秩序の管理を担っている役割の者たちであり、秘密警察だ。
この世界には電話がない。もし慌てて追いかけてきたのなら、他の誰にも知られていないはずだ。頭痛でまだ調子が悪そうなユノに頼るわけにはいかない。ルミナも特殊スキルをもつ。ただそれは、特殊な条件下でつかえるものだ。彼女はタオルをとりだすと、それに気を篭める。すると鋭く、長く、一本の刀へと変化した。そう、戦闘用のスキルを彼女はもっているのだ。
「ほう、特殊スキルもち……。やはり、あなたたちは転生者ですねぇ?」
チリアットと名乗った小太りの男はニヤッと笑った。「転生者は、殺しても構わないんですよぉ。もっとも、私たちに協力してくれるなら別ですが……」
「協力? 私たちをお金で買って、妻にするつもりでしょ?」
「いいえぇ。転生者なら、別の使い道がありますから」
使い道……。やはり道具として利用されるのだ。ルミナは覚悟を決めた。でも、私に人を殺せるの……? ルミナにとって、その点だけが気がかりだった。私だって戦える、でもそれは〝トドメをさす〟ことではない。相手を殺してしまうこととの間にははるかに高いハードルもあって、その一線を超えることを未だに躊躇し、決断できずにいる。
転生したとき、一緒に転生してきた彼らが、ウォータベアに喰われて死ぬのは、冷静にうけとめられた。何しろ私たちを害しようとした相手なのだ。むしろ、ざまあみろ、とさえ思った。でも今度はちがう。相手は、こちらを害しようとする相手ではあっても、私たちが逃げだそうとしている、といった負い目がある。私たちが逃げようとさえしなければ、彼は何もしてこないはずなのだ。そう考えると手が震えてくる。自分が悪いことをして、さらにその相手を害するという、二重三重に罪悪感をもってしまうのだ。
チリアットはゆっくりと着ていたTシャツを脱ぐ。蓄えられた皮下脂肪をみせびらかすように、大きく波打たせるように、両手でTシャツを上下に振るうと、その胸の辺りに描かれていた2頭のトラ、アニメチックなそれが現実の生き物となって飛びだしてきた。
「ふふふ。悪いけど、ボクも特殊スキルもちなんだ」
ルミナはそのトラと対峙し、別の意味で手が震えるのを感じていた。
列車が静かに駅に到着する。地下鉄は下級貴族のいる第六階層へ到着する。ここでは騎士や兵士の移動手段として地下鉄を利用するが、下級貴族が、上級貴族のいる第七、八階層に行くことはできない。そこで上級貴族が、上の下級貴族のいる階層に上がって乗るのだ。
わずかな兵士とともに降りてきたのは、王都第四機動部隊、騎兵隊長のハルパスである。彼は紫色の鎧を着ており、これは聖十二貴族ごと、特徴的な色をもつことから鎧にも反映されるものだ。
彼はすぐに地下へと向かう。第七階層には機動部隊の本部があり、ハルパスもそこに入っていった。
地下と言っても、高さをもたせてあるので、建物も複数階をもつものがある。この機動部隊本部も、三階建ての大きな建物だ。
その最上階にいたると、そこには大きな部屋があった。ハルパスはそこに入ると、敬礼してその人物の前に立った。
そこにいるのは長いアゴヒゲをもった男であり、かといってそれほど高齢というわけでもない。まだ壮年らしい鋭さを放つ眼光をもっており、また類まれな肉体をもっていて、椅子にすわって敬礼を返すものの、立って敬礼するハルパスと、ほとんど目線の高さは一緒だ。彼は鎧ではなく、軍服をきているけれど、それも特注で設えられたものだろう。
「ヴァラファール総督、第九機動部隊、歩兵連隊隊長のマルバス、および機動部隊隊長のレライエの報告について、概ね間違いないことを確認してきました」
そう、彼は人間牧場とされる街、ハツォルで起きた事件を調べていた。機動部隊の規律がみだれ、治安が悪化している、との報告をうけて出向いたマルバスが、何者かに襲われた。本人は意識を失っただけで前後の記憶もなく、何があったのかすら憶えていないけれど、魔物と出遭ったというのだ。
しかしレライエと、その下の副隊長であるロノウェは近くにいたけれど、それを見ていない、としており、確認するため調べていたのだ。
第四機動部隊は、表向き一つの部隊として機能しているが、内実は他の部隊について監視、調査をする部門であり、調査部的な位置づけでもあった。
「魔物の件は?」
「正直、よく分かりません。ただ、ハツォルに登録されていない住民がいた、という証言もあり、もしかしたら特殊スキルをもった、怪しい者がいたのかも……」
「ミドラーシュか?」
「はっきりとは分かりませんが、もしかしたらこの街にいた、あの男かも……」
「殺したはずでは?」
「何度かその報告もありましたが、生きているようです」
ヴァラファールはため息をつきつつ「もしかしたら、死なない体をもつ……嫌、死んでも甦るスキルをもった男……か」
「それはあり得ません。死んだらもうスキルを発動できない。死を条件として発動するスキルなんて、それはスキルのあり様としておかしな話です」
「おかしいと言っても、殺したはずなのに、まだ生きているとするなら、そう考えざるを得まい。徹底して追え。いざとなれば身柄を拘束し、拷問にかけても構わん。ミドラーシュ……いざとなれば、地下奥深くへ幽閉だ」
ルミナはタオルを剣として振るうけれど、自らの体より明らかに大きいトラと戦うのだ。まったく敵うはずもない。ユノは一頭のトラを相手に、自らのスキルである目を騙す作用をつかって、何とか防いだけれど、激しい頭痛によりその場に崩れ落ちてしまった。
「起きて! あなただけでも逃げて!」
ルミナが声をかけても、ユノはぴくりとも動かない。意識を失ったようだ。
「ふふふん、逃がすわけないじゃないですかぁ。私はマレブランケですよ」
チリアットは上半身裸のまま、二頭のトラに戦わせているので、自分は余裕そうに鼻歌でも歌いだしそうだ。
「転生者を捕まえるんだ。出世しちゃうかなぁ? 偶々痛めつけられるほどの弱い転生者なんて、ラッキー」
ニヤリと笑ったチリアットに、ルミナも愕然とした。一匹のトラはユノのスキルによって目標を失い、うろうろするばかりだが、一匹でもトラを相手にするのは大変である。いや、殺される可能性だって高い。自分がここで倒れたら、ユノだって……。緊張で汗も滴り落ちるけれど、そのとき少し離れたところから「それはいいですね。採用しましょう」と聞こえてきた。
びっくりする暇もなく、碧髪を翻して、一陣の風が通り過ぎて行った。二頭のトラを一撃で気絶させると、目にも留まらぬスピードでチリアットの背後に回りこみ、股間を思いきり蹴り上げる。チリアットは気を失い、白目を剥いて倒れてしまった。
「ぐ……グラシャさん⁉」
そこには碧髪の美少女アンドロイド、グラシャがまるで何ごともなかったかのように立つ姿があった。まるで散歩の途中に出会ったかのように「ごきげんよう」とだけいって、立ち去ろうとする。
「私たち、逃げてきたんです! 助けて下さい‼」
くるりとふり返ったグラシャは、小さな声で「やっぱり……」と呟くのだった。
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