第25話 色々とあったけど 4
金髪さんと別れてから、僕は途方もなく街を歩いてから家に戻った。
そして、自室に戻り、制服を着た。
もう現時刻は六限目を終えているあたりだろうけど、それでも構いやしない。
制服を着終えると、僕は散らかった部屋を大まかに整理して、レコードプレイヤーとレコードやCDをすべて妹の部屋に戻す。
レコードプレイヤーを持ち運ぶ際、妹の部屋にあった写真立てを僕は落とした。木製の写真立てはフレームの部分を下にして落ちたが、ありがたいことに下には絨毯が引かれてあったので、割れることはなかった。
僕は一端、レコードプレイヤーを元の場所に置き終えると、落ちたその写真立てを拾った。
そこで僕は驚いた。
写真立ての裏には『私の好きな理解者』と濃い黒鉛で書かれてあったからだ。
僕は写真立てを反転させ、フレームを見た。
それはただ妹と僕が写っている何の変哲もない写真だった。
僕はその写真を見て、つい微笑んでしまう。
そして、暗がりな部屋の中で、「世の中、ほんと都合悪いよな。これも全部、校長のせいだ」と言った。
部屋の整理を終えると、僕は全力で学校まで走った。
久々の走りとさっき街を歩いた時の疲労が蓄積していき、足はつりそうになったが、それでも走れとスパルタに自分に言い聞かせ、学校まで走りぬいた。
校門辺りは、生徒がぞろぞろと帰路についている。僕は彼らを縫い目のように避けていき、土足のままで東校舎に入り込んだ。そして、カラフルな光が差し込む階段を昇り詰めていき、四階にたどり着くまで一度も止まることはなかった。
四階に着くと、そこにはワックスの匂いはなかった。ただただ、ヒノキの匂いが充満している。
開かれたすべての窓からは体育会系の熱血的な声と温い風が入り込む。
閉じた教室のドアからはいつも以上に騒がしい活動音が響いている。
そのせいで、ちょうど中間点となる廊下がやけにカオスになって、違う世界にでもいるような錯覚に陥った。
最果ての教室に着くと、僕はドアの前で少しだけ躊躇った。それから、色々な考えが僕の頭に過ってきた。
でも、考えれば考えるほど無駄なことであることはわかっていたので、僕はほどほどに緊張しながら、扉をスライドした。
中はいつものような光景だった。
レコードは端に積まれて、コンポはそこらに置かれて、CD群は本棚に詰められ、そして、僕の目前で、背を見せてヘッドフォンを耳に着けている少女。いつもの光景だった。
扉の閉開音を聞くと、少女は少しだけ肩を震わせ、すぐさまにヘッドフォンを耳から外した。それから、ばっと後ろに振り返り、僕の顔を見た。
「灰ちゃん」
色原はその言葉だけを告げると、すぐに椅子から立ち上がり、とてつもない勢いで僕の腹部辺りを抱擁した。
ぐふっ。思わず、声が出る。
「馬鹿」
色原は言う。
「馬鹿馬鹿」
色原はさらに言う。
「馬鹿馬鹿馬鹿」
「馬鹿って、言いすぎじゃないですか……?」
「だって、馬鹿だもん。灰ちゃんの馬鹿」
まぁ、馬鹿ですけど。
「あの日、灰ちゃんがどっか行ったせいで、店のマスターと常連さんに、失恋は辛いよなぁって言われた」
「それはごめん」
「灰ちゃんがいなかったせいで、部室の掃除進まなかった。そのせいで、あたし怒られた」
「ほんとごめん」
「今日、返ってきた実力テストの結果、英語が一番良かった」
「それはすごいな」
「灰ちゃんとレコード巡りしたかった」
「後で行こう」
「言い出せなかったけど、オープンキャンパスだけじゃなくて、プールとか祭りとか一緒に行きたかった」
「まだやってると思うから、そのうち行こう」
「メールで告白されるのはやだ」
「後で、直接言うよ」
「もう、どこにも行かないで」
「どこにも行かないよ」
「……わかった」
色原は掠れた声でそう言うと、僕のもとから離れた。
それから、少しだけ涙ぐみながらも「灰ちゃん、お帰りなさい」と言ってくれた。
だから、僕は無性に嬉しくなって、「ただいま」と言った。
「ねぇ、お願いがあるんだけどいいかな?」
僕は色原と面に向き合う。
色原は僕を一度見てから、こくりと頷いた。
そういえば。僕はこれから告げるたった一つの言葉のために、やけに時間がかかったなと思った。でも、その時間は決して、無駄ではなかった。そこに濃い密度も深い経験もないけど、何もかも無駄ではなかったのだ。
少しどぎまぎしながらも、僕は言う。
「一緒に進路を考えてほしいんだ」
色原はいつものように微笑んだ。
「いいよ、墓場までのプランを考えてあげる!」
こうして、僕の夏は終わりを告げた。
サマーロマンスはどこに 人新 @denpa322
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