第24話 色々とあったけど 3
僕は病室を出てから、しばらく院内施設の誰もいない芝の上で寝そべっていた。
そして、ここから垣間見える北病棟と空を同時に眺めて、当てのない考えをした。
でも、それには時間がもう少し必要だと思った。
だから、僕は家に帰ってから、母に一週間だけ部屋に引きこもらせてほしいといった。
もちろん、今から一週間と言えば、三日後には学校が始まるので、怪訝な顔でもされると思ったが、母は難なく普通な顔をして、いいよと言った。そして、何か手伝えることがある? と聞いてくれた。
僕は準備をした。まず、色原にあの日の用事をすっぽ抜かしたことを謝り、ずっと色原に救われていたこととずっと好きだったことを正直にメールで打ち込んだ。それから、妹の部屋にあるレコードプレイヤーとレコード、CDを全部、自分の部屋に移した。
後は何もいらなかった。
僕はヘッドフォンを手に取り、ただただ音楽を聴き、時間の流れも感じずに、カーテンから漏れた光を眺め続けた。
そして、深く深く谷底に下っていくように、昔のことと今のことを考え続けた。
カレンダーに六つ目のバツが書かれた日。
薄暗い部屋の中で、僕の携帯の画面は光を灯し、震えた。
僕はヘッドフォンを耳から外し、画面を覗いた。誰だろうか。画面は登録されていない名前で、相手の番号だけが表示されている。
学校側だろうか。そう思ったけど、個人に来るはずはない。それによく見ると、その番号には既視感があった。
だから、僕はその電話に出た。
「はい」
『あっ、もしもし、灰君?』
やっぱり、金髪さんからの電話だった。
『ねぇ、今から、坂井駅に来れるかな?』
僕は一度、迷った。けど、すぐに行けますと答えた。
坂井駅は人が過疎と言うほどに歩いていなかった。それでも、駅員は懸命に働き、ユニセフのビラ配りをする人は汗を流しながら、通りゆく人にビラを渡していた。
僕が改札口前に行くと、そこに金髪さんがいた。金髪さんは真っ黒のスーツケースに座り、駅のダイヤを見て、何かを考えている様子だった。
僕は金髪さんの前に近づき、どうもと声を出すと、金髪さんは立ち上がり、年上らしい笑顔を見せて、「灰君」と言った。
「元気にしてた?」
「まぁ、ぼちぼちですね」
「ふふ、そっか」
金髪さんは口元を抑え、そう言った。
「それで、どうかしたんですか?」
「まぁ、どうかしたって言うわけじゃないんだけどね」
金髪さんは続ける。
「悲しい話とどうでもいい話があるんだけど、どっちが先に聞きたい? もちろん、どっちも聞かないってのもオッケー」
「じゃあ、悲しい話ですね」
僕は躊躇なく言った。
「悲しい話は暁が亡くなったことね。四日前に亡くなったわ。本人が灰ヶ崎君には葬式に来てほしくないってあったから呼んでないの」
「そうですか」
「でもね、墓参りには時々でいいから、来て欲しいって」
僕は頷いた。
「じゃあ、どうでもいい話は?」
「どうでもいい話はね。これから、私、海外でも行こうと思って」
金髪さんはそれほど大きくないスーツケースをバンバンと叩いた。音の響きからして、中は空洞部分が多いのかもしれない。
「でね、多分、灰君と会うのはこれで最後になるから」
「最後になるんですか?」
「うん、きっと最後になる」
金髪さんはそう言うと、微笑んだ。
「なんだか残念です」
僕が素直にそう言うと、金髪さんは「私もだよ。互いのこと、何にも知らないのね」と言った。そして、その後に「そこで、灰君にお願いごと」と僕の顔を見た。
「なんでしょうか」
「暁と私のことをさ。できれば一緒に覚えていて欲しい」
「一緒にですか?」
「うん。一緒に。セットで」
「わかりました」
深く考えないで、僕は「覚えておきます」と答えた。
僕の言葉を聞くと、金髪さんは満足したのか、こくこくと首肯し、スーツケースの取っ手部分を掴んだ。
「じゃあ、そろそろ時間だから、失礼するね」
金髪さんは左手で僕に手を振る。
僕はその姿を見て、聞きたいことが一つ出てきたので、簡潔にして口にした。
「今更で失礼なんですが、名前はなんていうんですか?」
金髪さんは微笑む。
「名前を聞かないほうが、覚えやすいでしょ」
確かにその通りだ。
こうして、僕は改札口に飲み込まれていく金髪さんの背中を見送った。
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