断章 最弱
そこは荒れ果てた荒野だった。植物はなにも生えておらず、動物が住んでいる気配もなかった。ただひゅるるると寂しそうに風が吹いているだけだった。
そんな場所に、コウとフシギは立っていた。
二人の目の前には、たくさんの兵士と、黒装束を身に纏った一人の男がいた。彼らはみんな、薄ら笑いを浮かべて二人をみていた。
「ここで会ったが百年目! 覚悟しろ!」
一人の兵士が突然叫び出した。そしてまわりの兵士がそれに続く。士気は上々だった。
「コウさん。今あなたの戦闘力は一しかありません」
「そうなのか」
「対するボスである黒装束の男、人呼んで魔王の戦闘力は一万です。さて、コウさんならどうしますか?」
「覆す」
「覆せません」
「……わからないな」
「そんな簡単なこともわからないんですか。しかたないですねぇ。私が教えてあげましょう」
コウはむすっとした顔をしたが、フシギはおかまいなしに言った。
「戦闘力を上げればいいんですよ」
「どうやって?」
「ほら、よく見てくださいよコウさん。あそこにたくさん戦闘力を向上させる人たちがいるではありませんか」
「そういうことか」
「やること、わかりました?」
「あぁ」
コウは刀を引き抜いた。そしてかまえる。
「この人数でやる気だぜあいつ! おっしゃ野郎ども! 行くぞぉ!」
掛け声とともに兵士たちは剣を振り上げ、土煙を立てながらコウに突っ込んでいく。
魔王はただそれを見学しているだけだった。
一人の兵士が崩れ落ちた。
コウの戦闘力が二になった。
「くっそぉ舐めんなよぉ!」
一人の兵士が唾を吐きながら剣を振る。
コウはそれを軽くいなして、後ろから迫っていた兵士を振り向きざまに斬る。
斬られた兵士が崩れるようにコウの方へ倒れてきたので、それをかわして後ろから背中をぽんと押し、斬りかかってこようとした兵士の盾にする。
斬りかかってこようとした兵士は驚き、斬るのをためらった。
コウはその一瞬の動揺を見抜き、その兵士を斬った。
「卑怯だぞ勇者のくせに!」
一人の兵士が吠えた。そして折り重なった死体に飛び乗ると、跳んでコウの頭を斬らんとした。
「卑怯なのはお前たちだ」
コウは跳んできた兵士をいなすと、簡単に斬り伏せた。
「やるねぇ勇者! おもしれぇ」
コウの前に現れたのは、右手に剣を、左手に盾を持った目つきの悪い青年だった。おまけにウニを連想させるような刺々しい頭をしている。寝るとき枕を貫きそうだ。
「俺の名前はクリだ」
「俺はコウだ」
自己紹介を交わしたあと、戦闘態勢に入る。
「くそども手出したら仲間でも殺す。いいな」
まわりの兵士を脅したあと、飛びつくようにクリはコウに迫った。
コウは予想以上にスピードに戸惑いながら、激しい剣戟を繰り広げていく。
「こんなもんかい勇者ってのはよぉ!」
クリは舌を出して、目つきを一層悪くさせてコウを挑発した。
コウはなにも言わず、ただ苦い表情を浮かべて剣を捌いていた。
「まだまだ俺はこんなもんじゃねぇぞぉ!」
「それは俺も同じだ」
コウは猛攻をいなすと、クリの左手にまわった。
「く――!」
クリはそれだけで顔をしかめた。
「盾は持ってるだけじゃ意味はない」
コウは盾ごとクリを斬った。
クリはあっけなくその場に倒れた。コウの戦闘力が上がった。
「次は俺だ」
槍を持った男が、コウの前に現れた。陰湿そうな笑みを浮かべて、見ているだけでうっとうしくなるような髪を上に持ち上げた。
――その隙に、コウは飛びこんだ。
「うおぁ!」
一気に間合いを詰められ、槍の男は成す術もなく斬り倒された。
「戦いに髪は邪魔だろ」
コウの戦闘力が上がった。
続いて現れたのは、大剣を持ったふくよかな男だった。戦闘もしていないのに大量の汗をかいていた。
「あー銭湯いきてー」
「なら行け」
コウはふくよかな男を斬ったが、脂肪のせいで致命傷にはならなかった。
「いてぇじゃねぇかちびぃ!」
「身長は変わらないがな」
コウは大剣を刀で止めた。しかも右手しか使っていない。
「なにぃ!」
「そこをどけ」
コウはふくよかな男の大剣を弾き飛ばすと、今度こそ致命傷を入れた。
「まったく何をしているんだ。こんなちびに。俺が相手になってやろう。よろしくな、坊主」
コウの前に立ちふさがったのは中年の男だった。だが、彼は人間ではないのかもしれない。なぜなら彼の背は三メートルくらいあったのだから。しかもよくよくみると、彼の体は紫がかっていた。
「お前は人間か?」
「俺は巨人と人間のハーフ。ミッドだ。よろしくな」
「コウだ」
ミッドは手にガントレットを付けていた。それを両手でかちあわせると、まっすぐコウに振り下ろした。
コウは間一髪で避けた。地面には抉り取るような痕が残り、コウは身を震わせた。
「すごい力だな」
「そうだろう。俺は兵士になってから一度も腕相撲で負けたことがないんだ」
「どうでもいいな」
「まぁそう言うなよ」
ミッドは腕をしならせ、横に振った。コウは体を後ろに逸らして避けたが、風圧で余計に体が仰け反ってしまう。その瞬間、ミッドはすばやくコウの懐にもぐり、拳を胸に叩きつけた。
「がはっ!」
コウは激しく地面を転がった。そして血をぶちまける。
「たわいもない」
「まだまだこれからだ」
コウは口元から垂れた血を拭うと、ふと周りの兵士を見た。彼らはこの戦いを薄ら笑みを浮かべながら観戦していた。
コウは気づいた。
「あぁ?」
一人の兵士に近づき、その体を刀で叩き斬った。そして横にいる兵士も。
「なんだ?」
ミッドが首をかしげた。
コウはあたりにいる兵士を片っ端から斬り伏せていく。中には食い下がる者もいたが、すぐに倒れていった。
「これでいい」
コウは言うと、ミッドの前に再び立った。返り血を浴びて体が真っ赤になっていた。
「なにしてたんだ、お前?」
「肩慣らしだ」
そう言って刀をかまえ、突っ込んだ。
「うん――!?」
ミッドはコウが予想以上のスピードで突っ込んできたので、防御の姿勢が取れず、体に深々と傷を負った。
「硬いな」
「まぁ、巨人だからな。人間よりはかてぇさ」
「そうか」
コウはもう一度刀をかまえ直した。
「さっきは油断しちまったが、今度は逃がさねぇぜ」
「どうかな」
コウは一歩踏みしめた――と思ったそのときにはもう、コウはミッドの目の前にいた。
「これでもっと強くなれる」
コウはミッドを斬り伏せた。ミッドは愕然としたまま地面に倒れた。
「おいおいどうなってんだよあいつ! どんどん強くなってねぇか!」
一人の兵士が叫んだ。他の兵士もそれに同調した。
「次」
コウは近場にいた兵士を斬った。戦闘力が少し上がった。
「次」
兵士を斬った。戦闘力がほんの少し上がった。
「おいこいつが暴走する前に止めろ! 人海戦術を使えば勝てる! 俺たちにはまだまだ兵士がいるんだからな!」
兵士はその言葉で息を吹き返した。そして恐ろしい人数でコウを囲み、攻め立てる。
「たしかにまだまだ兵士がいる。だがそれは好都合だ。俺はあの魔王を倒さなければならない」
コウは無我夢中で兵士を斬り倒した。もう、何人斬ったかわからないくらいに斬った。そしてどんどん血にまみれた。
気づけばもう、そこに兵士はいなくなっていた。
「さすがはコウさん。みごと兵士を倒し、戦闘力の向上につなげましたね」
フシギがいつのまにか隣にいた。
「さぁ、あとはあの魔王を倒すだけです。今のコウさんならいけるはずです」
「わかった」
魔王はコウが近づいてきたところでようやく動き出した。
「遅かったなぁ勇者よ。待ちくたびれたぞ」
そこでようやく魔王は黒装束を脱ぎ捨てた。
「我が名はソウル。この世界の魔王よ」
「俺はコウ。勇者だ」
魔王は屈強な肉体をしていた。筋骨隆々とはこのことを指すにちがいない。彼はそんなたくましい体をしていた。
「さぁ、少しは楽しませてくれよ、勇者。あまりにはやく殺されては俺もつまらんからな」
「そうだな」
コウは刀をかまえた。ソウルもまた、剣をかまえた。彼の剣はとても立派で、重そうだった。
「さぁ、これで一思いに冥土へ行くといい!」
ソウルは筋が浮かぶほどに上に力を入れると、剣を力いっぱい振り切った。
すると、その速さが風を生み、大地を抉りながら暴風となってコウに襲いかかってきた。
「ふん」
コウはそれを軽い一振りで消し飛ばした。
「なに!」
ミッドは信じられないようで、もう一度同じ技を放った。
そしてコウはまたしてもそれを一振りで消す――のではなく、それを弾き返した。
「なんだと!」
ミッドは風にあおられ、体が吹き飛び、地面に倒れた。
「魔王。お前は俺が戦闘力が一のときに倒すべきだった。お前は驕ったんだ」
「一だと! そんな戦闘力で一万の俺を倒せるはずがない!」
「それはさっきまでだ。今は違う」
「は? まさか、あの兵士たちによって戦闘力が上がったというのか! いったいお前はいくつなんだ?」
「さぁな。だがこれだけはわかる」
コウは吐き捨てるように言った。
「お前がいままでで一番弱い。最弱だ」
「そ、そんなわけが! ふ、ふざけるな! もう一度最初からだ! 最初から!」
「そんなの、だめに決まってるじゃないですか、魔王さん」
いつのまにか、コウの隣にフシギがいた。
「だってそんなの、つまらないじゃないですか。物語として」
「は、はぁ?」
ソウルはわけがわからないようで、口をぽかんと開けたまま固まった。
「物語を決めるのは魔王でも、勇者でもありません」
フシギは笑って言った。
「物語の紡ぎ人である私だけなのですよ」
コウは魔王を斬った。
魔王は倒れた。
「物語は終わりました。さぁ次の物語を紡いでいきましょう、コウさん」
「あぁ」
コウとフシギの二人しかいない世界は音を立てて崩れ始めた。
そして世界は崩壊した。
無世界に、二人は立っていた。
「なぁ、フシギ。どうしてお前は物語を紡ぐんだ?」
コウはそんなことをきいた。
「私には使命があるんですよ、コウさん」
「使命?」
「はい」
「それはいったいどんなものなんだ?」
「私の使命とは、最高の物語をつくることです。そのために私は生き、こうして物語を紡いでいるんです」
「そうなのか。その最高の物語は完成しそうなのか?」
「どうでしょう。完成しているのかもしれませんし、完成していないのかもしれません」
「どういう意味だ?」
「だってそれは神のみぞ知るものなのですから」
「神? それはだれだ?」
「きっとコウさんにはわかりません。なにせ、私にもわからないのですから」
「そういうものか」
「はい。ですから私は創り続けるしかないのです。それが最高の物語なのかそうではないのかはすべて――」
「神さましだいです」
メタャメタャな世界 よるねむ @yorunemu
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