第106話 頭蓋骨が骨折したので、パンツを巻かないと。

「おはようございます兄さん」

「おは……」


 リビングに向かうと、我が妹の加恋が……。

 ……俺のパンツを、頭から被っていた。


「加恋どうした? 病院行くか?」

「いえ。今日は成績に大きく影響を及ぼす小テストがあるので、休むわけにはいきません」

「あっ……。はい」

「おはよう魚谷くん」


 当然のように、我が家の食卓で朝食を食べている鳥山さん。

 同じように、頭から俺のパンツを被っている。


「鳥山さん。精神的苦痛がすごいんだけど」

「あらそれは大変ね。抱きしめてベロチューしてあげるわ。こっちにおいで?」

「兄さん。冷めないうちに食べちゃってくださいね」

「あぁうん」

「ちょっと。スルーしないでちょうだいよ」


 もっと重大なことがスルーされ続けてるんだけど。

 

 席に座り、白飯を食べようかと思ったところで、視界の端に、奇妙なものが映った。

 本来そこには、手を拭くためのおしぼりが置いてあるはずなのだが。

 

 ……湿った俺のパンツが置かれていた。


「加恋。あのさ――」

「塩加減がいつもと違うのは、手が滑ったからなんです。ごめんなさい」

「そうじゃなくて」

「あっ、鮭フレーク切らしてますね」

「パンツ」

「魚谷くん。ベロチューを……」

「なんでパンツ被ってんだよ二人とも」


 俺が尋ねると、二人の目からハイライトが消えた。


「……聞いてしまいましたね」


 加恋がため息をついた。


「魚谷くんを洗脳するのは、やっぱり難しいみたい」


 続いて、鳥山さんもため息。


「パンツを日常に溶け込ませれば、勝手に被っても文句を言われないようになるかなぁ~って。私が考えたのよ」

「そうですか……。あの、うちの妹を巻き込むの、辞めてもらっていいかな」

「大丈夫ですよ兄さん。私の被っているパンツは、洗ったものです」

「そういう話はしてないからな」


 えっ、じゃあ、鳥山さんが被っているのは?

 

 俺の視線に気が付いた鳥山さんは、不敵な笑みを浮かべた。あっ、怖いからもう大丈夫です何も言わないで。


「逆にどうやったら、魚谷くんを洗脳できるのかしら。拷問で使うような洗脳器具は二千万くらいで購入済みなんだけれど、それだと少し味気ないものね」

「拷問で使うような洗脳器具ってなに?」

「兄さんは現実主義者ですから、やはり難しいかと思われます」

「違う。現実主義者じゃなくて、この場で唯一の常識人なんだよ」

「パンツ追加お願いします!」

「はいよ! パンツ追加!」


 鳥山さんの掛け声で、加恋が洗面所に向かった。

 そして、パンツを持って戻ってくる。


「ありがとう加恋ちゃん」

「いえいえ。新鮮なパンツが入ったので。是非常連さんにと思いまして」


 すごい低俗なおままごとが始まったんですけど。


「良い匂い……。食が進むわ。やっぱ朝はこれよ」


 俺のパンツの匂いを嗅ぎながら……。白飯をかきこむ鳥山さん。


「加恋ちゃんもどう? 少しなら嗅いで良いわよ?」

「いえ。私は直接嗅ぎますので……」

「加恋?」

 

 あれ、君そんなキャラクターだった? 

 昔はもう少し真面目な女の子だった気がするんだけど。


 俺の下半身に向かってきた加恋を、慌てて止めた。


「兄さんどうしました?」

「やめろそのキョトンとした表情」

「魚谷くん……。兄妹喧嘩なんてやめなさいよ。兄なんだから、大人しく履いてるパンツの匂いくらい嗅がせてあげなさい」


 とりあえず、一旦食事を中断して、逃げることにした。


 しかし、加恋が後ろからついてくる。


「私は自分に正直になることを決めたんです。兄さん……私、兄さんを尊敬してます。兄としても、もちろんですが、人としても兄さんほど素晴らしい方はいないと思ってるんです?」

「薄っぺらい賞賛だな」

「だからパンツを嗅がせろ」

「おい」

 

 加恋の額に、デコピンをくらわせた。


「痛いです。頭蓋骨が骨折したので、パンツを巻かないと」


 ……明らかにおかしい。

 加恋は、絶対こんな性格じゃないはず。


 まさか、これは――。


 ◇


「兄さん……。いつまで寝てるんですか」


 ゆっくりと目を開けると……。

 加恋が、俺の顔を覗き込んでいた。


 良かった……。夢か。


「随分うなされてましたけど。どうしました?」

「いや……。加恋がバケモノになる夢を見てさ……」

「私がバケモノに?」

「そうそう。パンツのバケモノ」

「それは恐ろしい話ですね。朝ごはんできてますから。休日だからって、いつまでも寝ていたら、ダメ人間になってしまうんですからね?」


 あぁこれこれ。加恋は真面目な人間なんだから。

 間違っても、頭蓋骨が骨折したからパンツを巻けだなんて、クレイジーなこと言う子じゃないんだよ。


 俺はホッとした気持ちで、リビングへと向かった。


 ◇


「ありがとう加恋ちゃん。おほぉ……。これが魚谷くんの寝起きパンツね?」


「そうです。……さすがに、パンツを履き替えさせた瞬間に起きた時は、終わったかと思いましたよ」


「いつも危険な目に遭わせてしまってごめんなさいね? もちろんお礼は弾むから、今後もよろしくお願いするわ」


「えぇ……」


「ところで加恋ちゃん。あなた、このパンツ嗅いだ?」


「いえ。バレそうだったので、そんな時間は……」


「嗅いでみなさいよ。最高なのこれ。キマるわよ?」


「……いえ。私は大丈夫です」


「あら。やっぱり売人は意思が違うわね」


「ありがとうございます」


「……吸いたくなったら、いつでもいらっしゃい」


「……はい」

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