第105話 魚谷くん水持ってない? 間接キスしましょうよ。

「へぇ~。すごいわね……」


 俺の机の上で、当たり前のように正座している鳥山さんが、何かの雑誌を読んでいる。


「あらおはよう魚谷くん。……ん? 今日はまゆげの数が平均よりも二本少ないわね。どうかしたの?」

「ははっ。どうもしないよ」

「それは良かったわ」

「あの、毎回言うけどさ。人の机の上に座るのやめてくれない?」

「ちゃんと正座してるでしょう!?」

「座り方の問題じゃないんだって」

「問題で思い出したわ。じゃじゃん! 今日の私は、いつもと少し違うところがあります。それはどこでしょ~か!」


 女の子が出す一番難しいタイプのジャンルのクイズがきてしまったな。 

 しかも相手はクレーマーバケモン女子。きっとまともな答えではないと思う。


「制限時間は999時間よ」

「プロアクションリプレイじゃないんだから」

「さぁ! 好きなだけ私を見つめなさい! くまなく観察するのよ! ほら! 毛穴とかもしっかり……って、毛穴なんて無いわよ! 私は女の子なのよ!?」


 自分でクレームを産み出す最強生物。それが鳥山さんだ。 

 朝から強さを見せてくれた。


「ごめん。わからないから。正解を教えてもらえるかな」

「正解は……。じゃん! ブラがいつもよりダサい、でした!」

 

 ……そう言って、露骨に胸元をはだけさせてきた。


「やめてくれない? そういうの」

「ちょっとちょっと……。女の子がブラ見せてるのよ? なんでそんな冷めた目をしているのよ。意味が分からないわ。鼻血くらい出しなさいよ」

「早くしまってくれない?」

「ふふっ。あ~わかったわ。照れてるんでしょ? 女の子のブラジャー見て、どうしていいかわからなくなっているのね? 可愛いんだから! ほら、遠慮しないで見なさい? ほらほらほら!」

「その……。普段の鳥山さんのブラを知らないから、クイズになってないと思うんだけど」

「冷静にクイズの脆弱性を見破るんじゃないわよ。つまらない男ね」


 ようやくブラをしまってくれた。危ない危ない。偉い人に怒られたらどうするつもりだよ。


「で、あなたが本当に気になっているのは、この雑誌じゃないかしら」

「いや、どうしてそんな平気で人の机の上に座れるのかなぁってことが気になってるよ」

「実はね、最近流行の映画を特集しているみたいなのよ」

「……」

「魚谷くんは、鬼〇の刃って知ってる?」

「あぁうん……。知ってますけど」

「流行ってるらしいのよ」

「うん……」

「……」

「……」

「誘いなさいよ!!!」

  

 そういうことか……。


「俺、アニメ見てないからなぁ……」

「私だって見てないわよ! 魚谷くんと薄暗い照明の中でイチャイチャしたいだけだから、映画の内容なんてどうでもいいの!」

「謝った方がいいよ。色んな人に」

「あっ、でも、一応主題歌は歌えるようにしてあるのよね。今ここで歌うわ」

「は?」


 突然、黒服がやって来て、マイクとかの設備を用意し始めた。

 なにこれ。THE FIRST TA〇E?


「これでも私、最近ボイトレのコーチをつけたのよ。格段に歌が上手くなったわ」

「カラオケでやってくれない?」

「魚谷くん。私みたいな金持ちがカラオケに行くわけないじゃない」

「ナチュラル畜生発言が出たね」

「それでは歌います……。聞いてください。一番の〇物」

「違う違う違う」


 アーティストはあってるけども。

 俺がオタクで良かったな。一般人だったら絶対ツッコめなかったぞ。


「(著作権により歌詞を載せることはできません)」

「……おぉ」

「(著作権により歌詞を載せることはできません)」


 ……上手っ。

 クラスメイトが、勝手にスマホで動画を撮り始めている。

  

 確かに……。ボイトレの成果が出ているかもしれないな。


 見事歌いあげた鳥山さんに、盛大な拍手が送られた。

 

「鳥山さん……。すごいじゃん」

「そうでしょ? 私、やればできる美少女なのよ」

「やればできる子って言った方が良いよ」


 黒服たちが、すぐに設備を回収していく。

 ちなみに俺は、これをチャンスと見て、しっかりと机の上に教科書などを広げていた。

 これで、もう座られることは……。


「ふぅ疲れた。魚谷くん水持ってない? 間接キスしましょうよ」


 ……何のためらいも無く、俺の教科書やノートの上に座った。


「鳥山さん。わざとやってる?」

「何が?」

「いや、俺の教科書とノート」

「あぁ。それなら新しいのを買ってあげるわよ」


 すごい。

 倫理観が欠如してる。今さらだけど。


「そんなことはどうでもいいから、魚谷くんが口移しで私に水を飲ませなさいよ」

「……帰ろうかな」

「どうして?」

「精神的に疲弊したから」

「それは大変! 今すぐハグしてあげるわ! そしたら癒されるでしょう?」

「逆効果だよ……」

「あっ、それもそうね。私みたいな美少女に抱き着かれたら、魚谷くん興奮しちゃって、心臓バクバクで疲れちゃうわよね?」

「それでいいよもう」


 季節はいよいよ、十二月。

 ……高校二年生の俺に、もしサンタが来るのであれば、平和な暮らしをプレゼントしてもらいたい。


「ところで魚谷くん。私、ブラはとびきりダサいものを付けている代わりに、パンティはドエロなものをチョイスしてるの。バランスが取れているでしょう? ランジェリーバランスって言うのよこれ」

「奇妙な造語を産み出さないでもらえる?」


 本当に帰りたいです……。

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