第102話 もっと健康的な体つきにならないと。安心して私の赤ちゃんを身ごもれないじゃない。

「ついに見つけてしまったわ……」

「何を?」


 昼休み、一緒に食事をしていると、急に鳥山さんが呟いた。


「魚谷くんに、足りないものよ」

「へぇ……」

「ちなみに、魚谷くん自身は、ここが足りていないなぁとか、思い当たるところはあるかしら?」

「ん~……。自由な時間が足りてない」

「そういう話をしてるんじゃないわよ。人間的に足りないものは無いかっていう話! そもそも私たち夫婦なんだから、個人での自由時間は減るに決まってるじゃない! 違う!?」

「そうですね……」


 面倒なので、適当に流した。


 しかし、急に足りないものと言われても、そうすぐには思いつかない。


「あのね魚谷くん。自分の足りてないものを自覚できない人なんて、成長しないわよ?」

「そうだね……。頑張るよ」

「どうせ口だけね。魚谷くんって、口だけ男だから」

「口裂け女みたいに言わないでくれる?」

「ツッコミレベル2ね。雑魚よ」


 なんかダメだしをくらったんですけど……。


 確かに、弱いツッコミではあったけどさ。


「じゃあもう。はい。発表します。魚谷くんに足りないものは~。でんっでけでけでけでけでけでけ~じゃん! 筋肉です!」


 筋肉だった。


「……筋肉?」

「そうよ魚谷くん。もっと健康的な体つきにならないと。安心して私の赤ちゃんを身ごもれないじゃない」

「え?」

「あっ……。間違えたわ。今のは気にしないで」

「気にするって。なにそれ」

「気にするなって言ってるじゃない!!! 乙女には色々秘密があるのよ!!!」


 乙女って感じの発想じゃなかったと思うんですけど……。


 でも怖いから、触れないでおく。


「俺、結構筋肉質な方だと、自分では思ってるんだけどな……」


 なんとなく、筋トレっぽいことは続けているし。


 しかし、鳥山さんは、俺がそう言うと、鼻で笑った。


「へんっ。何が筋肉質よ。このヒョロガリが」

「めちゃくちゃ辛辣じゃん」

「あのね魚谷くん。筋肉があるっていうのは、こういうことを言うのよ!」


 そう言って、鳥山さんが見せてきたのは……。アーノ〇ド・シュ〇ルツネッガーの画像だった。


「いや、これは無理あるって」

「無理じゃないわよ! 私、ムキムキの魚谷くんが見たいの! お願い!」

「何年かかるかわからないって。俺、そんなにご飯食べられないし」

「薬を打つという手段もあるわよ?」

「……」

「じょ、冗談よ」


 ものすごく迫真顔だったけど。


「筋肉が見たいなら、他の男性と結婚したら?」

「あなた恐ろしいこと言うのね。この世界に、魚谷くん以外の人間の雄はいないのよ?」

「モラルの欠片も無いこと言うね……」

「そして! 魚谷くんにとっても、結婚して交尾して赤ちゃん産める女の子は私だけ! 子孫繁栄のために、私と結婚するしかないのよ!」

「あのさ、みんなご飯食べてるから、あんまり生々しい話しないでくれる?」

「何言ってるのよ。どうせ高校生なんて、頭の中エロエロのムラムラでいっぱいでしょう?」


 JKのセリフとは思えないほど、最低の表現だ。


「少なくとも私はそうです! 魚谷くんとイチャイチャしたいわ! あ~したい! したいで~~~~~す!!!」


 鳥山さんが、いきなり窓を開けて、大声で叫び始めた。


「鳥山さん。ネットに学校の悪口書かれるから、やめようね」

「大丈夫よ。私、魚谷くんのことが好きだから」

「会話しませんか?」

「してるじゃない! これぞ高校生カップルの昼休みの過ごし方って感じよね!」


 どこが……?


 鳥山さんの中のカップル像は、一体どうなっているのだろう。


「って、話が逸れまくってるじゃない。今日は魚谷くんに、筋肉を付けてほしいっていう話をしてたのに!」

「だから、難しいって。無理して体調崩すのも嫌だしさ」

「待って。魚谷くんが体調を崩したら、私が付きっきりで看病するしかないわよね? うわ最高のシチュエーションじゃない! さっさと体調崩しなさいよ!!!」

「……仮にそうなったとして、加恋がいるからさ」

「その間だけ、加恋ちゃんにはビジホ生活をしてもらうわ」

「中学三年生に何させようとしてるんだよ」

「また話が逸れてる! これを見なさい!」


 鳥山さんが、バカでかい弁当箱を、机の上に出した。


 でかいじゃなくて、バカでかい。


 というか、弁当箱なのか? これは……。クーラーボックスくらいあるけど。


「ここにね。食べると筋肉がつく、素晴らしい食材を入れておいたのよ」


 そう言いながら、鳥山さんが蓋を開けると……。


 ……そこには、鳥のささみが、ぎっしぎしになるまで入っていた。


「さぁ、全部食べてちょうだい」

「死んじゃうって」

「大丈夫よ。死んだらオブジェにして部屋に飾ってあげるから」

「サイコパスかな?」

「今日から、地獄の食トレが始まるわよ! ほら食べなさい!」

「いや、あんまり俺、ささみ好きじゃないんだよね」

「何よそれ。じゃあ、私とささみ、どっちが食べたいの?」

「それはささみだけどさ」

「ささみって、なんだか女の名前みたいでムカついてきたわね……」

「どうかしてると思うよ」


 腐らせるのはもったいないので、一キロ分くらいだけ分けてもらった。


 ……加恋に、なんとか調理してもらおう。

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