第101話 兄さん。今日だけ、弟になってくれませんか?

「兄さん! 一緒にこれに行きませんか?」


 休日の朝、リビングでテレビを見ていたところ、加恋が一枚のチラシを持ってやって来た。


「なにそれ」

「このスイーツ店、今日だけ、兄妹割引をやっているそうなんですよ!」

「ふ~ん」

「それは名案ね!」


 当たり前のように、椅子に座って朝ごはんを食べている鳥山さんが、立ち上がり、こちらへやってきた。


 もはや、家にいることに関しては、ツッコむことすら許されない自然さだ。


「だったら、私も魚谷くんの妹をやることにするわ!」

「……え?」

「え?」


 加恋が、鳥山さんを睨みつけた。


「な、なにかしら。加恋ちゃん」

「妹は私だけで十分では?」

「魚谷くん! 加恋ちゃんがすごく怖い顔してるわよ!?」

「ははっ」


 いいぞ加恋。そのまま鳥山さんを倒してくれ。


「これはあれね? 嫁姑対決の始まりってことね?」

「望むところですよ。どっちが本当の妹か、思い知らせてやるんですから!」


 あれ~……。


 なんか、おかしな方向に、話が逸れちゃってますけど?


「じゃあ……。俺は部屋に戻るから、二人は勝手にやっててくれ」

「何を言ってるんですか? 兄さんは審判ですよ」

「そうよ魚谷くん。私のぶりっぶりな妹、見たくないの?」

「見たくないよ」

「見なさいよ!」


 あれかな。二人は、俺の休日破壊委員会とかの、会員だったりするのかな。


 二人分の圧に耐え切れなかった俺は、静かにソファーに座り直した。


「じゃあ、鳥山さんには、クイズを出します! 妹でしか知りえないようなことですよ!」

「わかったわ! お兄ちゃん! 私頑張るわね!」

「はい」

「ちょっとちょっと! 妹がせっかく頑張ろうっていうのに、その雑な対応は何!? もっと愛しなさいよ!」

「そうですよ兄さん! 兄さんは妹に対して冷たいです! 妹だって女の子なんですよ!?」


 対決を装った、俺の愚痴大会が始まってしまった。


 二人で延々と愚痴を言い合っていた方がいいんじゃない? もう。


「じゃあ一問目! 兄さんが小学校五年生の時見たホラー映画で、怖くて一人でトイレに行けなくなった作品のタイトルはなんでしょう!」

「十八日の木曜日!」

「正解!」


 ……なんで知ってるんだよ。

 ちなみに、トイレに行けなくなったのは、俺じゃなくて、加恋の方だ。


「二問目! 兄さんが小学校二年生の時に、ハマっていたテレビ番組があります! それはなんでしょう!」

「ビリビリ戦隊ボルトレンジャー!」

「正解!」

「中でも一番好きなキャラクターは?」

「ピンクレンジャーの姉!」

「正解!」

「待った。一旦止まってくれるかな」


 二人の間に割って入った。


「鳥山さん。これはさすがに、即答できるレベルじゃないと思うよ」

「そうよね。ピンクレンジャーの姉は、たった一話しか登場してないもの。だけど魚谷くんは、妙に惚れこんでしまって、姉が欲しいと親にねだったのよね。それを聞いた加恋ちゃんが、泣いてしまったと。そういうストーリーだったはずだわ」

「怖いって。誰から聞いたの?」

「魚谷くん。あなたのことを大好き博士である私からすれば、この程度の考察、なんてことないのよ」


 鳥山さんが、ドヤ顔でそう言った。


 無理があるでしょ。ピンクレンジャーの姉って。マニアックすぎて、自分でも恥ずかしいくらいなのに。


「そ、そのストーリーは間違ってますよ! 私は泣いてなんかいません! 怒ったんです!」

「ちなみにさっきのホラー映画の件も、泣いたのは魚谷くんではなく、加恋ちゃんよね?」

「……っ」


 すごい。加恋が、追い詰められた犯人みたいな顔してる。


「兄さん! なんとか言ってください! このままだと、妹の座を奪われてしまいますよ!」

「加恋、一旦冷静になったほうがいいぞ」

「魚谷お兄ちゃん!」

「いやぁぁああ!!!」

「はい。もう中止中止」


 加恋がパニック状態になってしまったので、対決は終わらせてもらった。


 普段は冷静なくせに、スイッチが入ると、一気にポンコツになるんだよなぁ。加恋って。


 世間では、ギャップ萌えとか言いそうだけど、実の妹がそんな感じだと普通に心配になってしまう。


「鳥山さん。この通り、加恋は妹に誇りを持っているみたいだから、安易に妹になるとか、そういうことは言わないであげてくれるかな」

「そうね。じゃあお姉ちゃんでいいわよ」

「あっさりしてるな」

「加恋ちゃんは、私の妹でもあるから……。ほら加恋ちゃん。元気出して? あなたのお姉ちゃんよ? ばぶぅ~」


 なんだその励まし方は。

 加恋が、若干引いた様子で、鳥山さんを見ている。


 変な空気感が嫌だったので、こっそり部屋に戻ろうとしたところ、さっきのチラシが置いてあり、目に入った。


「あれ。加恋。この兄妹割引って、兄と妹じゃなくて、姉がいないとダメって書いてあるぞ」

「……え?」


 俺は加恋に、チラシを見せた。


「本当だ……。どうして?」

「私の予想だけれど、おそらく兄という存在は、基本的に妹に奢ることになるから、割引という概念があると、それ有り気で奢ったみたいになって、兄としての尊厳を損ねることになるから、姉限定にしているんじゃないかしら」

「なんだその、昭和みたいな発想……」


 理由はともあれ、俺と加恋では、割引は発生しない。


「……兄さん。今日だけ、弟になってくれませんか?」

「妹としての誇りはどうしたんだよ」

「加恋ちゃん!? 魚谷くんの姉は私よ!?」

「違うからね」


 結局、二回戦が始まってしまったのだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る