第94話 普段から教室で、全裸で過ごすのもいいかもしれないわね。

「迷走してると思うわ。自分でも」


 朝、教室に向かうと、机が一つもなかった。


 その代わり、教室の中央に、こたつが設置されている。


 こたつを見ろしながら、鳥山さんがため息をついた。


「魚谷くんを脱がせてやろうと思ってね。夏場だけど、こたつを用意したわ。だけど、故障していたのよ。計画おじゃん。そもそもこの計画ってなに? 成功するわけないじゃない。なんて、冷静に反省しているところよ」


 ご丁寧に、説明してくれた。


「じゃあ、あの、そのこたつを撤去してもらって。机と椅子はどこに?」

「体育館よ。今日はみんな、体育館で授業を受けてもらうから」

「すごいね」


 自分勝手の極みだと思う。


「魚谷くん。脱いでちょうだい」

「嫌だよ……」

「もちろん、そう言うと思って……。今日は私、きちんと理論武装をしてきたわ」

「そうですか……」

「まず、あなたが服を脱ぎたくない理由って、なに?」

「……恥ずかしいからでしょ」

「そうよね?」


 鳥山さんが、黒板に、恥ずかしいから。と書いた。


「じゃあ、どうして恥ずかしいの?」

「どうしてって……。そういうもんだから」

「今日は曖昧な意見は通用しないわ。きちんと話し合いましょう?」


 普段、一切話し合いという意識が無いくせに。


 都合の良い人だと思う。


「恥ずかしいっていう感情は、理屈で説明するのは難しいでしょ。本能的なもんなんだから」

「でも、海外に、裸族っているじゃない。この恥ずかしさは、人間に元から備わっているものではないと思うのよ」

「はぁ」

「だいたい、魚谷くんだって、プールや海に行くでしょう? その時、水着を着ていて、恥ずかしい?」

「いや、俺、あんまり行かないんだよ」

「クソ陰キャじゃない」


 うわっ、シンプルすぎる悪口が飛んできた。


 ……確認だけど、この人、俺のこと好きなんだよね?


「困るのよ。結婚したら、新婚旅行はハワイの可能性があるでしょう? ハワイと言ったらビーチよね? その時に、服を脱げないなんて言われたら、めちゃくちゃ萎えてしまうもの」

「結婚しないよ」

「じゃあ、結婚してなくても、新婚旅行で、ハワイに行った場合の可能性を考えてちょうだい」

「矛盾してるよ」


 そもそも、俺の同意が無いのに、勝手にハワイに連れて行ったら、それはもう旅行じゃなくて、拉致だから。


「話を戻すわよ。その恥ずかしいという思考は人に見られているから……。それが一番、大きいのよね?」

「そうだね」

「じゃあ、人に見られていないのと同じ状況になったら……。あなたは、堂々と服を脱ぐことができるってことよね」

「まぁ」

「それなら、目隠しをすればいいわ」

「え?」

「ついでに、耳栓もするの」

「うん」

「そうすると、あなたは、自分自身が、どこにいるのか把握できなくなるでしょう? よって、人に見られているという意識がなくなって、服を脱ぐことができるのよ! 証明終了!」


 QED! と、鳥山さんが、黒板に大きな文字で書いた。


 そのせいで、チョークが真っ二つに折れてしまった。もったいない……。


「あのさ、それって、例えばハワイだとするなら、目隠しをして、耳栓を付けた俺が、ビーチに存在するってことだよね?」

「そうね」

「何かのドッキリが始まると思われるよ」

「じゃあそこで、実は妊娠してました~! 的なサプライズを披露すれば、新婚旅行としては完璧な流れになるわよね」

「ならないって」

「なんでよ! あ、そうか。新婚旅行って、子供を作るためにするようなものだものね……。しまったわ私ったら。ドジっ子がでちゃったみたい」


 下品なドジっ子だな……。


「そもそも、そこまでして人前で脱ぐメリットが、俺に全くないんだけど」

「そうよ? 私があなたを脱がせたいだけだもの。あなたのメリットなんてどうだっていいわ」

「急にめちゃくちゃなこと言い出すじゃん」

「あるいは、普段から教室で、全裸で過ごすのもいいかもしれないわね。だんだんと羞恥心を失くしていくのよ」

「すごい虐めだと思うけど」

「はぁ……。文句ばっかりね! 男の子なんだから、躊躇わず脱ぎなさいよ! 脱いでなんぼでしょうが!」


 グラビアアイドルにモラハラする、最低のディレクターみたいな圧を感じる。


「もういい? とりあえず、こたつを片付けたらどうだろう」

「片づけたら、服を脱いでくれる?」

「交換条件が破綻してるよ」

「じゃあどっちがいいのよ! 今ここで、服を脱ぐのか! 家に帰って、加恋ちゃんに盗撮されるのか!」

「すぐ加恋を使う……」

「使ってないわ。加恋ちゃんだって、撮影の技術が、どんどん向上しているもの。魚谷くんの盗撮専門のカメラマンとして、世界にその名を轟かせる日も、遠くないわ」


 人の妹に、どんな不名誉な肩書をつけようとしてるんだ。この人は。


 今日は、しっかりと警戒しておこう。


「こうなってくると、もう、最終手段を使うしかないわよ?」

「ちなみに、なんですか?」

「私が魚谷くんの服になるのよ」

「……は?」

「だから、まず魚谷くんが全裸になるでしょう? そしたら私が抱き着いて、魚谷くんの見えたらいけない部分をしっかりと隠す。どうかしら」

「それ、鳥山さんは、俺の裸、見えなくない?」

「そうじゃない!!!! また計画が、おじゃんになってしまったわ!!!!! あ~今日は何もうまくいかない! 最低の一日! でも、こんな日でも、魚谷くんの腹斜筋を見れば、一気に回復するの。さぁ、腹斜筋を見せて?」

「無理ですよ……」

「ケチ!!! いいじゃない腹斜筋くらい! 腹斜筋よ!? ねぇ! 腹斜筋!」


 結局、俺が教室から逃げ出し、鳥山さんが追いかけてくるという、いつもの展開になってしまった。


 ……多分、卒業まで続くんだろうなぁ。こんなことが。

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