第89話 思春期の男の子なんだから、大人しくおっぱいには負けておきなさい!
「違うわね……」
廊下で、鳥山さんが、粘土をいじっている。
「あら魚谷くん。おはよう」
……ノールックで、挨拶してきたんだけど。
「無視しないでよ。おはよう魚谷くん」
「おはよう……」
大げさに、デカい机を廊下に置き、かなり通行の邪魔になっている。
それを気にもせず、粘土とにらめっこしている鳥山さん。
「待ちなさい」
教室に入ろうとしたら、呼び止められた。
毎度毎度、やっぱり逃げることはできないらしい。
「なに?」
「粘土で、魚谷くんを作ろうと思っているのよ」
「小学生じゃん……」
「あっ、違うわよ。これを見て?」
鳥山さんが、カバンから、小さな箱を、いくつか取り出した。
「まずこれが、爪ね」
「爪?」
開かれた箱には……。
……爪が、たくさん入っていた。
ホラーかな?
「次に、こっちが髪の毛」
「ああもういいよ。開けなくて」
「なんでよ。見ないと作れないじゃない」
「本当に狂気を感じるから、やめてくれない?」
「何が狂気よ! あなたが全然振り向いてくれないから、もう作ってしまおうと思っただけじゃない!」
「いや、魚谷ロボとかいたじゃん」
「あんなのゴミよ」
酷い言い方だ。
「ほら。これが魚谷くんのまつげ。体液。皮膚。それから」
「ごめん鳥山さん。今回ばかりは本当に気持ち悪い」
「……女の子に対して、気持ち悪いは酷いくないかしら? 泣いちゃうわよ? え~んえ~ん」
「せめて、一人でやってよ。自分のその……。そういう汚いもの、見たくないからさ」
「ダメよ。魚谷くんを見ながらじゃないと、うまく作れないんだから」
「……あの、もしかしなくても、粘土とそれで、俺を作るつもりなの?」
「そうよ?」
なんでそんな、純粋な表情ができるんだろう。
言ってることは、末期のヤンデレと変わらないのに。
「そもそも、粘土の時点でうまくいかないのよね。どう頑張っても、魚谷くんのかっこいい腹斜筋がつくれないの。あのカーブは、こんな柔らかい粘土では作れないのかもしれないわね。と、いうわけで、参考までに、腹斜筋を見せなさい」
「嫌です」
「いいじゃない腹斜筋くらい……。どうしてそんなこともできないの?」
鳥山さんが、ため息をついた。
「わかったわ。じゃあ、代わりに私のおっぱいを見せてあげる。どう?」
「勘弁してください」
「もちろん両方よ!?」
「数の問題じゃないって」
「なんでよ! 思春期の男の子なんだから、大人しくおっぱいには負けておきなさい!」
下品すぎる怒りだった。
「それとも何? おっぱいじゃなくて、実は脇とかの方が好きなタイプなのかしら。いいわよ? 私、魚谷くんがどんな要求をしてきても、絶対に引くことなんてないんだから。その代わり、腹斜筋を見せてちょうだい」
「そろそろ授業始まるからさ……」
「あんぽんたんなのね。さっさと私に協力して、私の作り出した魚谷くんを、授業に参加させればいいじゃない。そしたら魚谷くんは、毎日毎日、私と授業をサボりまくって、イチャイチャラブラブうふふのふ~ん!」
鳥山さんの目が、ハートマークになっている。
どうやら、妄想の世界に突入したらしい。
「あっ、猫居さん!」
遠くにいた猫居が、鳥山さんに見つかってしまった。
「……なにぃ」
呆れた様子の猫居が、嫌々こちらにやってきた。
「あなたならわかるわよね? 一家に一人、魚谷くん」
「何を言っとんの」
猫居がいると、ツッコミをしなくていいので、本当に楽だ。
これから毎日、一緒に過ごそうかな……。
「ちょっと魚谷くん。今あなた、猫居さんとエッチなことをする妄想をしたでしょう?」
「はぁ……?」
「あ、あんた。そんなこと考えとったの?」
「猫居。鳥山さんの言うことだぞ」
「魚谷くん。そんな言い方って無いんじゃないかしら」
「……そんで、この机の上に乗っとる、キモいのはなんなの」
「これはね。魚谷くんの素材」
全てを理解した猫居の表情が青ざめた。
「気持ち悪……」
「あなただって、一度は思ったことあるでしょう!? 自分で魚谷くんを作ろうと思ったことが!」
「ないわ……。だいたいそういうのって、粘土とかじゃなくて、ぬいぐるみでやらん?」
「ぬいぐるみ?」
「人くらいのサイズのぬいぐるみを買って、それにこいつの名前を付けて呼んだったらええが」
「……え?」
変な空気が流れた。
猫居は、まだその正体に、気が付いていない。
「……なに? ウチ、変なこと言った?」
「……猫居さん。そんな発想が、スムーズに出てくるってことは、あなたまさか」
「あっ……。ち、違う! ウチはそんなことしとらん!」
「本当かしら……」
「しとらんからね!」
「わ、わかったって」
猫居が、ぴょんぴょん跳ねながら、抗議してくる。
……まぁ、猫居も結構、メルヘンなところあるしな。
そういうことをしたい相手がいるってことだと思う。
「でもね猫居さん。その案はナイスかもしれないわ。私の家にある大きな熊のぬいぐるみを……。今日から魚谷くんと呼ぶことにするわね」
「す、好きにしやぁ」
猫居は、気まずそうな表情をしながら、行ってしまった。
「じゃあ、解決したし、それはもう捨ててもらってもいいかな」
「何言ってるのよ。もったいないから、スタッフで美味しくいただいておくわ」
「……」
今日も、最悪の一日になりそうだ……。
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