第88話 もうもうっ! まつげくらいいいじゃない!

「魚谷くん! あなたは退学よ!」

「……えぇ?」


 教室に入った瞬間、なんか退学が決定しました。


「なんで?」

「ここに、証言者がいるわ」


 鳥山さんの隣に……。全身黒タイツで、仮面を被った人が立っている。


 というか……。加恋だろ。どうせ。


「加恋。こないだもその服装してたけど、嫌なら断った方がいいぞ」

「さぁ、証言しなさい」


 俺の発言が、見事スルーされ、鳥山さんのストーリーが始まろうとしている。


「私……。あの人に虐められたんです」


 何を言い出すのかと思えば……。

 で、加恋も、声をちょっと変えるとか、そういう工夫をしたらどうなんだろう。


「よく言ってくれたわ」


 鳥山さんが、加恋の肩を叩いた。


「今の証言の通り、魚谷くんは、生徒を虐めたから、退学なのよ」

「ごめん。全然流れがよめないんだけど」

「いいからさっさと帰りなさい! ほら! 早く!」

「わ、わかったから。押さないでくれ」

「出て行け~!!!!」


 仕方なく、俺は帰宅することにした。


 ☆ ☆ ☆


 校門を出て、しばらくしたところ……。


「待ちなさい! あなた、お困りのようね!」


 鳥山さんが、猛スピードで追いかけてきた。


「……何がしたいの?」

「冤罪よ!」

「え?」

「虐めなんてしてないのに、学校を退学になったでしょう? こんなことは許されてはいけないの!」


 どうしよう。


 今日の鳥山さん、前振りが長い。


「あのさ鳥山さん。今これ、何のシチュエーションをやってるの?」

「ざまぁよ」

「ざまぁ?」

「知らないの? 魚谷くん。今、ラノベ界隈で大人気のシチューションなのよ」

「あぁ……」


 それだったら、知ってますけども。


「じゃあなに。俺が学校を退学にさせられたから、鳥山さんに復讐するストーリーになるの?」

「それは無いわ」

「おかしいこと言ってるね」

「魚谷くん。ざまぁ系において、もっとも重要なキャラクターって、なんだと思う?」

「それはもちろん、復讐される相手でしょ?」

「違いまぁ~す! 不正解だった魚谷くんには、罰ゲームとして、まつげを一本失ってもらいます!」

「ちょっと」


 鳥山さんが、目元に手を伸ばしてきたので、慌てて阻止した。


 すると、頬を膨らませて、手をぶりっこみたいにブンブン振り回し、抗議してきた。


「もうもうっ! まつげくらいいいじゃない! 悪いようにはしないわよ? 私のまつげに植え付けるだけ! いつか私のまつげと、あなたのまつげが子供を作って、あなたのまつげだけで、私のまつげが構成される日に向けての、第一歩を踏み出す貴重な瞬間になるの!}


 途中から聞いてなかったけど、多分おかしなこと言ってたんだと思う。


「で、正解はなんなの」

「もちろん、追放された後に、寄り添ってくれるヒロインに決まってるじゃない!」


 あぁ……。


 確かにそれも、重要かもしれないな。


「そして! 今回は私がその、ヒロインを務めるってわけ!」

「あの、もう帰るからさ……」

「何を言ってるの? 一緒に学校に戻って、復讐しないと!」

「そもそも、復讐される敵役も、ヒロイン役も、鳥山さんが一人でやってたら、意味なくない?」

「じゃあもう、復讐は無しでいいわ。ヒロイン役だけやる! 魚谷くんとイチャイチャラブラブする!」


 めちゃくちゃなこと言ってるな……。


「正直どうでもいいわよ、ざまぁなんて! 私はあなたと手を繋いで、デートしたいだけだもの!」

「だったらなんでこんな長い前振りしたの」

「うるさいわねぇ! 指の骨折るわよ!?」

「怖いって」

「でも魚谷くん。あなたが折った指の数だけ、私の指を折ってもいいのよ? ね? 痛み分けというか……。あなたが感じた痛みを、私も感じたいていうか……」

「すごい気持ち悪いけど……。それだったら、できれば心の痛みを感じてほしいかな」

「心!? そんなの私の方が五億倍傷ついてるに決まってるじゃない!」


 よくそんなこと言えるな。この人。


「あぁもう頭きた! 私が魚谷くんに、ざまぁさせてもらうわ!」

「勘弁してくれよ」

「私、加恋ちゃんと付き合うことにしたから。ね? あなたなんかどうだっていいのよ!」

「……それ、ざまぁなの?」

「よくあるじゃない! 主人公をフッたヒロインが、実は主人公のことが好きだったけど、すでに主人公には新たにヒロイン候補がいて~っていう! ね!?」

「ね!? って言われても……」


 加恋と付き合うって言われたら、なんかまた別のジャンルになってしまいそうなんですけど。


「別にいいよ。加恋と付き合っても」

「だけど! 魚谷くんは、私とイチャイチャする加恋ちゃんを見て、恋心が再びじゅわじゅわじゅわ~っと! 湧き上がってくるわけ! どう!?」

「あの、もうそろそろ帰ってもいいかな」

「そうね。お昼にしましょう。確か冷蔵庫に、豆腐があったはずだから……。麻婆豆腐なんてどうかしら!」

「鳥山さんは学校に戻ってね」

「無理ね。私と校外に出たことが、運の尽きだと思いなさい。しっかり美味しいご飯を食べさせて、食後のデザートまで振る舞っちゃうんだから!」


 鳥山さんが、鼻息を荒くしている。


 ……まぁ、美味しいからなぁ、鳥山さんの料理。


 いやでも、家に入れるってなると、色々問題があるというか。


 って、あれ?


「鳥山さん。なんで冷蔵庫に、豆腐があるってこと、知ってるの?」

「……ん?」

「あっ……。大丈夫です」


 鳥山さんの目のハイライトが消えたので、俺はそこから、何も言えなかった。

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